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ふくざつ心境




 ありえないありえないありえない。

 あーもう本当ありえない。

 何が文化祭終わるまでで良いだ。何が繋ぎだ。いくら公にしないとはいえ、手伝ってりゃそりゃ気付かれる。特に注目の集まってるその中でとなればなおさらだ。

 だからほら見ろ。役員なんてものに祭り上げられてしまった。

 ただでさえ。

 ただでさえ、顔と名前が無駄に売れてしまっていたというのに。これから少しずつ、また気配を消していこうとしていたのに。

 廊下を歩けば常に視線にさらされる。

 何この状況。本当に不愉快極まりない。

「あ、おい見ろよ」
「お、新福会長だ」
「まさにシンデレラストーリーだよな」
「ははっ、言えてる」

 誰が。だ・れ・が・シンデレラだ。噂話なら聞こえないところでしろ。嫉妬も羨望も好奇心も、何も向けるんじゃない。オレは見せ物じゃねぇ。

 これもそれもあれもどれも、全っっっ部あの会長のせいだ。

 いくら断ると言っても涼しげで。反対意見には馬耳東風。あげくが渋々承諾した時のあの勝ち誇った顔。てめぇに説得されたんじゃねぇよと言ってやりたかった。

 何で。何でオレがこんな目に遭わなきゃならないんだ。オレはただ何事もなく平和に過ごしたかっただけなのに。

 猿がやって来てからだって、騒がしくはなったものの我関せずにいたのに。

 無性に壁を殴り付けたい衝動を押さえ、生徒会室の鍵を開く。ポストに入れられていた書類等を、一度自身に割り振られた机に置く。

 換気のため窓を開き、給湯室へ。コーヒーメーカーをセットしてから机に戻る。ポストに入っていた分と職員室から預かってきた分の書類に目を通し、分類していく。

 誰もいない生徒会室。静かな空間。

「………」

 後ろめたさは、あるのだ。

 文化祭の準備期間。前役員のリコール前。会長は過労で倒れたという。

 当たり前だ。他の役員たちは昼も夜も遊び呆けていた。会長が一人で文化祭の準備をしていたのだ。忙しくないわけない。大変じゃないわけない。自分はそれに気付いていた。校内が荒れに荒れていたのも知っていた。

 知っていて、その頃のオレは呑気に猿どもの横で茶をしばいていたのだ。

 関係ない。関係などなかった。誰が苦しもうが悲しもうが、興味も何もなかった。ただただ自分に被害が及ばなければよかった。

 けれど補佐になれと呼び出された。倒れた本人を目の前にしてしまえば、多少なりとも罪悪感は湧く。そこに漬け込まれたとは言わないけれど。

 それがなければ決して首を縦に振らなかった。

「お。副会長。相変わらず早いな」

 ムカつく笑みを浮かべながら会長が入ってきた。

「………ドウモコンニチハ」
「はっ、相変わらずつまらなさそうな面してんな」

 他人の顔にケチつけてんじゃねぇよ。自分はムカつく面してやがるくせに。

「会長。こちらは生徒からの要望書です。設備・備品に関するもの、部活動に関するもの、後、食堂とその他ですね。こちらは今度の聖夜祭に関するものと風紀からは文化祭の時の報告が上がってます」
「わかった。目を通しておく」

 会長に分類し終えた書類を渡す。それから開けていた窓を閉めた。

「そろそろ暖房つけますよ」
「………そうだな」

 チラリと時計を確認した会長の返事を聞き、スイッチを入れる。給湯室に行き出来上がっていたコーヒーをカップに注ぎ会長の机の上に。

 自分の机に戻ると、今度はパソコンを立ち上げる。

 負い目はある。だから補佐を受け入れた。けれどそれだけ。役員、それも副会長なんて冗談じゃない。

 発表の後、辞退しようと舞台袖の会長を追いかけた。そしたらこの野郎、今度は目の前で倒れやがった。

 診断結果は風邪だった。

 体調管理ぐらいきちんとしとけ。いくら忙しくとも身体は資本なのだ。それを蔑ろにするなどバカじゃねぇのか。

 その結果、会長不在の中の文化祭片付けに追いやられ、辞退を申し出るタイミングを見失ったのだ。

 わざとか?わざと風邪をひいたのかと言いたくなる所業だ。

「二人とも来るの早いねぇ。感心しちゃうよ」

 パソコンを叩き壊してしまいたい衝動にかられた瞬間、比良先輩が厭味な笑みを浮かべて入ってきた。僕にはマネできなぁいとかほざきながらクスクスと笑ってる。

「書記。教職員と風紀委員から違反者のリストが届いてる。まとめておけ」
「はぁい。あ、そだ。‘会長サマ’飴ちゃんあげる」

 会長から書類を受け取った比良先輩が、代わりにと飴の包みを一つ渡す。それを横目に給湯室に向かい、コーヒーを用意した。

「あ、ありがとう。‘副会長サマ’。お礼に飴ちゃんあげようか?」
「遠慮します」
「つれないねぇ」

 それを比良先輩の机に運べば、礼を述べられる。けれどこの人から物を貰うなど、冗談じゃない。何が仕込まれているやら。

「好意は受け取っておかないと。可愛いげのない後輩だねぇ」
「なくて結構です」
「ふふっ」

 艶やかに笑んでいるが、この先輩はかなり性質が悪い。元副会長親衛隊の副隊長で、解散させられた後も元隊長の横で色々暗躍していた。

 嫌と言うほどその事を知っているのは、その制裁の対象が自分だったからだ。猿が気にくわないのになぜこちらに火の粉が飛ぶのか。煩わしくて適当にいなしていたら、火に油を注ぐ結果になった。

 そうだ。思い出した。それが原因で会長に目をつけられたらしいのだ。

 疫病神のような比良先輩に一瞥をくれ、自身の机に戻る。

「うわ。にげぇ」
「美味しいでしょう?」
「にげぇよ。何だこりゃ」

 会長の声に視線を向ければ、しかめ面をした会長がいた。どうやら先程比良先輩に渡された飴が、とてつもなく苦かったようだ。受け取らなくて正解だった。

 思い起こせばすべての現況はやはり会長にある。猿がやって来たことではなくて。

 猿も、その周りにいた番犬気取りの駄犬共も確かにうっとうしかった。けれど動物に責任能力はない。責を負うべきはその飼い主だ。

 猿は野生だから仕方がない。だが、一部の駄犬共の飼い主は会長だ。風紀委員の犬や野良もいたが、取り分け厄介だったのは会長のところの犬共だ。

 躾ぐらいきちんとしとけ。

 何で。な・ん・で、その躾不足のせいでオレがこんな目にあわなけりゃなんないんだ。納得できねぇ。

 あーもう本当ありえない。





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あきゅろす。
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