かぜひき看病
「ありえねぇ。マジありえねぇ」
ひきつった顔して見下ろしてくる風紀。オレ様を見下ろしてんじゃねぇよムカつく。つかその顔やめろ。イラつくから。
文句を言ってやろうと口を開くが、吸い込んだ空気で喉が痛む。咳が出そうになるのをどうにか抑え、ベッドの上から風紀を睨み付けてやった。
大体なんでこいつがここにいるんだ。ここはオレの部屋の、それも寝室だぞ。招いてもいねぇのに入ってきてんじゃねぇよ。不法侵入で訴えんぞ。
だからため息なんかつくんじゃねぇよ。不快指数と共に熱が上がったらどうしてくれんだ。オレは今、寝込んでるんだぞ。
「風邪でぶっ倒れるとか。バカだろ」
誰がバカだ誰か。むしろバカは風邪ひかねぇんだよ。バーカ。アーホ。
これ以上こいつに関わってりゃ治るものも治らねぇ。もういないものとして扱おうと瞼を閉じる。
屑どものリコールは問題なく済んだ。多少の反発はあったが大したことのねぇ些細なもんだ。それよりも気がかりだったのはその後の新役員に対する声かけ。
だがこいつは思ったよりもスムーズに済んで正直拍子抜けした。二人の内一人がやけに乗り気で、もう一人の説得までしていたのだ。意外だった。
生徒会と風紀、どっちがどっちに入るかもまぁ妥当な判断だと言える。やっぱ二人まとめてほしかったと思っても仕方がねぇ。適材適所だ。どうせ風紀の下にいようがこっちの役に立つことにかわりはない。
他に目をつけた奴らも滞りなくあるべき場所に収まった。とは言え文化祭までにやることは大量にある。重大な部分は済んでいたとはいえ、雑務は大量にあるのだ。
新人に説明しながらだったが、オレが目をつけた奴らだ。忙しいは忙しいが、無理なほどじゃねぇ。屑どもが仕事放棄していた頃のように、身体に鞭を打つ必要はなかった。むしろ気分は良かった。
今思えば軽くランナーズハイになっていたのだ。
文化祭が大成功を納め、繋ぎの奴らが正式に役員になることが決定した。そして閉会の挨拶を済ませ袖に引っ込んだところでぶっ倒れた。
肩の荷が下りたことで気づかぬ内に張りつめていたものが弛んだのだろう。目を覚ましたのは保健室で、熱は三十八度超えていた。
体調管理できていなかったことが情けなくて目眩がしそうだったが、オレも人の子だ。完璧とはまだ言えない。むしろこの事を糧により成長すれば良いのだ。
幸いにも、文化祭の片付け等でオレでなければならない職務はない。新役員に指示は出してある。わからなければ前年度を参照するか、連絡するようにも伝えてある。不安は何一つなかった。
だからゆっくりと身体を休め、体調回復に努めようとしていたのだ。なのに何故ここに風紀がやって来る。悪化させたいのか。
ふいにビニール袋をあさる音が聞こえ、一体何事かと瞼を開く。ペットボトルを取り出した風紀が、それを額に押し当ててきやがった。
「………つめてぇ」
「差し入れだ」
「あ?風紀。お前見舞いに来たのか?」
頭がふらふらするもののどうにか身を起こし、額に当てられたそれを手にとる。スポーツ飲料水。気がきくじゃねぇかとキャップを捻り、喉を潤した。
「はっ。笑いに来てやったんだよ」
「ならとっとと失せろ。目障りだ」
「やなこった。んな珍しいもんもっと見てくに気まってんだろうが」
「ああ?………あぁ、そうか風紀。お前風邪ひいたことねぇのか。バカだから。仕方ねぇから特別に許してやる。ただし、隅で置物のごとく存在消してろ」
握り締めたペットボトルの冷たさが、掌から熱をとっていく。その感触がずいぶん気持ちよく、目を細めそうになった。
だがそれは悔しいので堪える。代わりに挑発的な眼差しをくれてやれば、風紀は眉をしかめた。が、すぐにニヤリと笑う。
「そりゃどーも。会長サマ。礼に何か作ってやるよ」
「あ?」
「どうせ何も食ってねぇんだろ?何がいい?」
突然何を言い出すんだこいつは。存在消してろつったのが聞こえてねぇのかよ。熱でもあるんじゃねぇのかって熱あるのはオレだが。
一体何を考えてると視線のみで探ってみるがただニヤニヤしているだけ。これ以上頭を動かすのもしんどいし、腹は減っている。
こきつかってほしいと言うならば、そうしてやろう。
「肉」
「あ?」
「肉」
「………」
端的に答えてやれば、風紀の顔は一転。普段ならば笑ってやるとこだが、今は眠いししんどいし腹が減っている。ただその表情を見上げた。
「………雑炊にするか」
「肉」
「わーた。わーたから」
寝てろと肩を押され、ポスンとベッドの上に倒れる。明かりをつけていない室内で、見えた表情が穏やかに感じたのはきっと熱のせいだろう。
手の中に何やらあり、抱き込むように両手で握りしめた。寝返りをうちようやく、自分が寝ていたことを思い出す。
一体何を手にして寝ていたのかと瞼を開けば、それはペットボトルだった。寝る前ほどの冷たさはなく、温くなっている。連鎖的に風紀が押し掛けてきたことを思い出した。
つーかあいつ何か作るとかいってなかったか?どうやって作る気だよ。ここには食材はおろか調理器具すらねぇつーのに。自分のところで作って持ってくる気かよ。確かに味噌汁の冷めない距離ではあるが。土鍋抱えて廊下を歩く風紀とか。やべ。笑える。つか、んな姿見られたら示しがつかねぇじゃねぇか。そんな奴を委員長に据え、あまつ野放しにしてるとか広がったら、風紀委員だけでなく生徒会の威信すら傷つくんだぞ。
ってもまぁんなヘマするわきゃねぇか。
くだらねぇことに頭を使ったからか、また眠くなってきた。さっきよりかは楽になってるがまだ熱はある。とっとと寝て治すかと瞼を閉じようとして、ノックの音が響いた。
返事を待たずに入ってきたのはやはり風紀。
「あ?起きてたのか」
「わりぃかよ」
「いんや。雑炊できたが後にするか?」
「今食う」
のろのろと起き上がる。少しふらつくが一人で立てないほどじゃねぇ。重たい身体を引きずるようにして、寝室を後にした。
席につくと程なくして食事の準備が整った。使われている食器などは風紀の部屋で見かけたやつだから、おそらくは必要な物を持ってきてここで作ったのだろう。
一口づつ、息を吹き掛け冷ましながらゆっくりと租借していく。
もう用が済んだのだからとっとと帰れば良い風紀は、対面に腰掛け茶を飲んでいる。その湯飲みはオレのじゃないので、やはり持ってきたのだろう。何をしているんだ何を。
会話はなく、沈黙の中雑炊をきれいにたいらげた。時間がかかったというのに、その間風紀はずっと対面にいた。茶を飲みながら書類の確認をしていた。
仕事があんならこんなとこにいねぇで風紀室か自室に戻れっつんだ。じとりと睨み付けてみたりしたが、奴はテコでも動かなかねぇ。わざわざ口に出すのも気力を消耗するので放置しておいた。邪魔ではない。
「ごちそうさん」
「ん?……おそまつさん」
片付けも奴に任せてしまえと、立ち上がる。
「薬は?」
「いらねぇ。寝れば治る」
とにかく寝れば治るんだ。寝れば。だからさっさと寝室に戻ろうとしたのに、頭がふらついて足がもつれた。
あぁ…やべぇ。
やけに危機感なくそんなことを思い、床にぶつかるとぼんやり考えていたら腰に腕を回されていた。床に追突はしなかったが、何が起きたのかわからず、しばし床を眺めていた。
熱で頭が朦朧としていたとしか思えない。風紀の前で失態を犯し、あまつその事実に気づけなかったとは。つーかこいついつの間に立ったんだよ。
「はっ、いいザマだな。会長サマ」
渋々ながらも礼を言ってやろうとしたらこの言い様。どうしてこいつは一々人をムカつかせるんだ。おとなしく礼をのべられていればいればいいじゃねぇか。つーかそろそろ離しやがれ。
「なぁ、汗かきゃ治るつーよな?かかせてやろうか?」
「あ?何言ってんだ?」
耳元に吹き込まれた台詞。ニヤニヤしている風紀。こいつ熱あるんじゃねぇのかって熱あるのはオレだが。って、これさっきも言ったな。けど本気で意味がわからん。
「病人相手にケンカふっかける気かよ。風紀のクセに風紀乱すな」
「そういう意味じゃねぇよ」
第一、拳での争いとなったら僅差だが、本当に僅差だが風紀に分がある。それをわかっていないと言うならバカとしか言い様がない。あ、だから風邪ひかねぇのか。哀れな奴。
ん?……そうか。
「おい。風紀」
「あ?なん…っ!?」
風紀の襟をつかみ、ぐいと顔を引き寄せた。
「お前が風邪ひいたら、薔薇の花束持って祝いに行ってやんよ」
離れる瞬間にそう囁きかける。風紀は己の唇に触れたまま目を見開いていた。その様に気分がよくなる。
風邪は、移しても治るのだ。
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