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【会計→会長】
転校生襲来後の話。




 二週間の入院を終え、我らが生徒会長様は早朝の校舎内を一人歩いていた。歩いている、と言っても折れた脚はまだ完治しておらず松葉杖をついた状態。一般生徒が見れば、お労しやと悲しみの眼差しを向ける事だろうが、早朝のため廊下には誰もいなかった。

 会長はある扉の前で足を止める。そこは生徒会室。朝早くに訪れ仕事をするのは入院前からの日課だった。二週間。その間に仕事はたまってしまっただろうか。早く片付けなければ。そんな事を考え、扉を開く。

 中は、惨状だった。

 各役員の机はもちろん、中央にある応接テーブルの上にもうず高く書類が積み重ねられている。かつて一度も見た事のない状況に、会長は顔を険しくした。

 何なんだ。これは。

 カリカリと、ペンを走らせる微かな音がした。よくよく見ればソファの上に座り書類を処理している男がいた。目の下には酷い隈があり、頬もわずかにやつれている。それは、同じ生徒会役員の会計だった。

「おい。一体何が………」
「………会長?」

 ゆらりと上げられた顔に、言葉が途切れる。目には生気がなく、虚ろ。肌の張りも、髪の艶もなく今にも倒れそうにふらふらしている。顔だけが取り柄だったくせに。

「う」
「う?」
「うわあぁぁぁんっ!!」
「―――っ!?」

 突如奇声を発した会計は、それまでの死にかけの状態からは考えられない身軽さでテーブルを飛び越え、会長の腰にすがりついた。会長が思わず後ずさったのも仕方のない話。

「なっ」
「うわぁん!会長おかえりなさい!おかえりなさいっ!オレもうヤダ!もう無理!もう限界っ!」
「おい」
「オレ会計なのに!会計なのに!電卓叩くのが仕事でそれ以外能が無いのにぃ!何でオレが委員会や部活の調整したり、生徒の要望聞いたり書類作成したりしなきゃなんないのー!?」
「何の話を…」
「そりゃ確かに役員だけどっ、だけど一人で全部やれなんて理不尽すぎるっ!働いてって言っても誰も聞いてくれないし!でも、提出期限があるからやんなきゃなんないし!でも、分かんないとこあっても誰にも聞けないし!何とか頑張ってやったけど、焦るからミスがたくさんあって、そのせいで余計手間がかかるしっ!どーしてオレばっかこんな目にっ!?もうヤダヤダヤーダー!」
「っ!」

 会長が手にしていた松葉杖を大きく振りかぶり、会計の脳天に振り落とした。

 ドガッ!

「いてっ」
「正座!」
「う、はいっ」
「深呼吸!」
「は、はいぃっ」

 反射的に言われたとおりに動き、スーハーと大きく深呼吸する。

「……落ち着いたか?」
「うぅ」
「オレのいない間に何があった」

 グズグズと、今だ若干涙目の会計の話すところによると、彼以外の役員は転校生の追っかけをしていてここしばらく全く生徒会室に顔を出していないとのことだった。その説明に会長は顔を険しくする。

「転校生って…あいつか?」
「うん。そー」

 件の転校生とは会長の足を折る原因を作った張本人。因みに、二週間が経ったけれども謝罪の言葉はまだない。会長は痛むこめかみを押さえた。

「……何故、オレに報告しなかった」
「へ?」
「何故、オレに報告しなかったかと聞いている」
「え?だって、会長、入院してたじゃん」

 間の抜けた返答に、会長のこめかみがわずかに引きつった。

「だからなんだ。この現状を放置するくらいなら、病院長を殴ってでも退院してきた」
「ちょっ、だからだよ!会長、怪我してて療養しなきゃなんないのに、絶対無理するから報告しなかったんじゃん!」「オレが悪いのは足だけだ!生徒会業務に支障はない!頭の悪いお前一人に任せるよりましだ!」
「ひどいっ!ひどすぎるっ!オレ、頑張ったのに!」
「自分で頑張ったとかいうなっ!大体、ミスを連発すると言っていたが、どうせ寝不足で疲れをため、集中力を欠いているんだろ!今すぐ睡眠をとれ!」
「でも、でも、今日の放課後文化祭の打ち合わせがっ!その書類作成がっ!」
「でもも何もない!今すぐ寝ろ!そんな状態でいられても迷惑なだけだ!余計な仕事を増やすな!ぐだぐだ言っていると診断書作らせて強制的に入院させるぞ!」

 ひどい!横暴だ!石頭!と言い募る会計に、会長は冷たいまなざしを向けバッサリと切り捨てる。

「邪魔だ」
「っ!?うわぁぁぁんっ!」

 再び泣きだした会計が仮眠室に消えるのを確認し、会長は眉間のしわを指でほぐした。そして先ほどまで会計の座っていたソファに腰掛ける。手元の書類を手に取り、ほぐしたばかりのしわがまた寄った。
 確かに限界だと言っていた。ミスも多いと。だがこれはあんまりではないだろうか。ミミズののったくったような文字は、すでに文字として用をなしていない。自然ため息が漏れた。

 仕事を片付けようとした努力は買う。買うが。

 会計のいる仮眠室のドアを見やる。それから、室内の書類の山を見渡し、深呼吸を一つした。




 会長が仕事を始め、数十分が経った頃、生徒会室に控えめなノックの音が響いた。数秒後、ドアが開く。

「お邪魔しま…って、え?会長」
「……会計の所の親衛隊員か」

 手を休めることなく会長は一瞬だけ来訪者に目をやる。その言葉にぎょっと目を見開いたのは、会計親衛隊隊員。親衛隊嫌いで有名な会長が、何故他人の親衛隊の隊員の顔など把握しているのか。

「な、何で…」
「そんなことより、何か用か?」
「あ…会計様は…?」
「寝ている。あいつに用ならば昼に出直せ」
「え…あ、いえ…差し入れをお持ちしただけですので」

 チラチラと会長を盗み見ながら、会計の席へと近づく。書類の散乱している机上に少し悩み、手早く片付けて持ってきた可愛らしい袋を置いた。もちろん、メモを添えることを忘れはしない。

 それからそっと、仮眠室の扉を見やる。

 会計様が寝ている。

 いくら休んでくださいと言っても、ダイジョブダイジョブアハハー。と、どう贔屓目に見ても全く大丈夫ではない虚ろな表情で答えていたあの会計様が。

「……おい」
「うわぁ……はいっ!」

 扉を見詰めていた会計親衛隊隊員は、突如かけられた会長のお声にビシッと背筋を正し振り返った。

「用は済んだのか?」
「え?あ、は、はい。今すぐ出てい…」
「待て。少し話がある」
「………え?」





 授業に出ることなく書類の処理を続け、時刻はすでに昼休み。そろそろ会計を叩き起こすかと会長が立ち上がりかけた時、仮眠室のドアが開いた。

 まだ半分寝ぼけた顔で会計は室内を見回す。そんな彼を会長は近くに呼び寄せた。

「何ー?」
「事態は大体把握した。ずいぶん無理をしたそうだな。自分の背負える範囲を理解して行動しろ。だが、よくやった」
「………え?」

 覚醒してなかった頭が徐々に動き出し、言われた言葉の意味を理解していく。
「かっ、会長…会長が誉めてくれた!」
「………飯でも奢ってやろう」
「あ、待って。ご褒美なら別のお願いしてもいい?」
「………何だ?」

 やたら喜ぶ会計に不審な目を向けていた会長はその台詞にますます眉を寄せる。ご褒美という言葉のチョイスはどうなんだ。

「あのね、オレ、会長のこと……好きなんだ」
「………」
「恋愛対象として」
「で?」

 だからどうしたと会長は訊ねる。

 その場の勢いとはいえかなりの勇気を持っての告白に淡々とした受け答え。驚きも何もないその態度に、会計は落胆しつつも苦笑していた。

「伝えときたかったんだー」
「そうか」
「お願いってのは、オレを遠ざけないでおいて」

 その言葉に、ようやく会長は目を見開く。

「会長はさ、自分に好意を持つ人、遠ざけるでしょ?それは応えるつもりないから変な期待持たせないようになんだろうけど…でもオレはそれでも傍にいたいから」

 その、最たる例が親衛隊だった。好意を向けられても応えるつもりはない。けれど近くにいれば期待させてしまうかもしれない。だから、距離をとる。それが、親衛隊嫌いと言われる所以。

 自身の親衛隊にはきちんと説明してあった。だが、会計がそれに気づいていたとは。

 わずかな驚きと共に会長は目の前の男を見つめる。

「ダメ?」
「いや……了解した」
「よかったぁー!あ、お昼まだでしょ?なんか買ってくるね!」
「ああ」

 願いを受け入れられた安堵から、会計のテンションが高くなる。走り去るように出ていったドアを、会長は一人難しい表情で眺めていた。





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あきゅろす。
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