■おいかけっこ
モテモテ生徒会長の話。
「委員長!ちょっと来てください!」
「え〜やだ〜」
場所は風紀室。飛び込んできた副委員長が叫べば、己の机でだらだらしていた委員長があっさりと拒否した。理由を聞きもせずに。
「やだじゃありません!いいから来なさい!」
「え〜」
ぐだぐだする委員長を引きずり、副委員長は風紀室の戸を開く。その途端、喧騒が響く。
「―――からっ!お前じゃなくて楽に訊いてんだってばっ!」
「ダメったらダメですっ!いい加減諦めなさい!」
「んでだよ!?楽は嫌がってないだろっ!?」
何事かと委員長が目をやれば、廊下の端の生徒会室前に数人の生徒が固まっていた。数人て言うか、生徒会役員と先日転校してきた生徒。
そして大声を出して言い争っているのは副会長と転校生。
ぐいぐい押されて委員長はその騒ぎに近づく。
口論には参加していないが殺気だった書記に背後から抱き込まれ、これまた殺気だった会計に腕にしがみつかれ、場違いにのんびり観戦している会長が気配に気づいて振り返った。
「お。風紀委員長」
「………何の騒ぎだ?」
思わず、委員長が問いかければ、その場にいた全員が一斉に振り返りギンッと睨み付ける。
「だまらっしゃい!あなたには関係ないでしょう!」
うん。オレもそう思う。と風紀委員長が風紀を丸投げするような発言をしようとしたら、その前に会長がのほほんと口を開いた。
「いや、何かさ。明日休みだから遊ぼって誘われたんだけど…」
「ダメですっ!私の会長の貴重な休みをなぜこんなもっさいのに使わなければならないんですかっ!?」
もっさいのと言って転校生を指差す副会長。もっさいって何だよと本人は喚いているけど、うん。確かにもっさい。
「私の会長の休みは、私のモノです!」
「ちょっとぉ、副会長だけじゃないでしょ。会長はオレたちと過ごすんだから」
「そうそう」
「何だよそれっ!ずっりぃだろ!」
「………皆で遊べばいいじゃん」
「「「「絶対ヤダ!」」」」
会長のもっともな意見に異口同音に答える役員+α。ここは意見が合うんだなと傍観していた委員長は隣の副委員長に声をかける。
「なぁ。オレもう帰っていい?」
「ダメです」
きっぱりと答えた副委員長は、ずずいと前に進み出る。そして爆弾を放り投げた。
「いいですか?皆さん。会長は明日、委員長と過ごすんです」
え?何それ。
初耳な委員長はポカンとする。
「会長の休みは、未来永劫委員長のモノです!」
え?何それ。
ドヤ顔で言い切った副委員長。それを呆然と見つめる委員長。に、殺気が集中する。
「よしっ。じゃあこうしよう」
ぱんっと手を打ったのは会長で。ちょっと離してくれと書記と会計から離れると、その場の全員を見回した。
「これからゲームをして、勝った奴が明日オレと過ごす。というのはどうだ?」
「………ちなみにそのゲームの内容は?」
「おいかけっこ」
にっこりと、答えるや否や会長は駆け出した。ダッシュで。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみろっ!」
はっと、最初に我に返ったのは転校生で。次いで書記と会計が全速力で後を追う。
「彼相手に真っ向勝負を挑んでも、バカを見るだけだというのに……」
ふふふと黒い笑みを浮かべる副会長は、携帯を操作しながらその場を後にした。呆然とそれを見送った副委員長だが、はっと委員長に詰め寄る。
「ちょっ、い、委員長!委員長も早く追いかけてください!」
「え〜、オレパス」
ふわぁとアクビをした委員長は、一休みするためすぐ横の戸を開いた。
「少し寝るから、後、任した」
「委員長!」
パタンと閉まった戸を目の前に、副委員長は力なく座り込む。
「………っちょっとはやる気をみせろよぉぉぉっ!」
人気のなくなった廊下に副委員長の悲痛な叫びが響く頃、もやしっこの会計はいの一番に脱落していた。
ぜーはーと床とお友だちになっている。
「な、に…あの人たち…足、早すぎ…も、動け、ない」
「………あの、会計様。大丈夫ですか?一体何が…?」
「大、丈夫。実はさぁ……」
息も絶え絶えな会計は、声をかけてきた生徒に答えようとして顔を上げ、びしりと固まった。
会計が失態をおかしている頃、自ら賞品となった会長は廊下を全力疾走していた。負けじと転校生と書記も後を追う。
目撃した一般生徒たちは何事かと目をまるくする。が、走っている人物を認識するとまたかとほほえましく見守った。
そして、それが起きたのは人気のない特別棟の二階を走っている時。誰もいないはずの教室から、わらわらと小柄な生徒がわいてきた。
わらわらわらわらとちっさい生徒たちが会長の行く手を阻む。同じようにわらわらわいてきたちっさい生徒に取り囲まれ、転校生と書記も身動きがとれなくなる。
ぐるりと見回した会長の前に、ちっさいの代表が進み出た。
「……親衛隊か」
「はい。もうじき副会長様がいらっしゃいますので、今暫くお待ちください」
ふむ。と会長は状況を確認する。
ちっさい物って壊れやすそうで怖いな書記は、副会長のちっさな親衛隊に囲まれ顔を青ざめさせている。
ちっさいのは外見だけで、その実空手や柔道の有段者ばかりと知っている転校生は、千切っては投げを繰り返しているが如何せん。数が多すぎる。
ふむ、ともう一度頷いた会長は、窓際の壁へと寄りかかった。
「確かに、これでは動けない。いい案だ」
「お褒めいただき、光栄です」
にこやかな笑みを浮かべる副会長親衛隊の隊長。会長もにっこりと笑い返した。
「だが、まだまだ甘いな」
「……え?」
瞬間、会長の身体がふわりと宙に浮く。
「なっ」
慌てて隊長が窓から身を乗り出して見下ろせば、そこには見事に着地してVサインの会長が。
「ちっくしょぉぉっ!」
だんっと窓に拳を叩きつけると同時に、別の窓から飛び降りる影一つ。
「うぉっ、やべっ」
「楽と遊ぶのはオレだぁっ!」
執念を見せた転校生に、会長は慌てて逃げ出す。が、ここに来て驚異的なスピードをだした転校生が追い詰める。
後少しと手を伸ばした瞬間、二人の足元に違和感。
「お?」
「へ?」
ぽっかりと地面に穴が空いた。そしてその穴を取り囲むように姿を表したのは会長の親衛隊たち。
「これで…会長様の休日は我らのものっ!」
だがしかし、穴を覗いて彼らは愕然とする。中に落ちたのは転校生一人。背中に足跡のおまけ付き。目当ての人物はいなかった。
「なっ!?」
「うわー…やべーやべー」
「っ!?」
「あ、あそこに!」
声がしたのは彼らの真上の木の枝の上。そこから会長が見下ろしていた。
「さっすがオレの親衛隊」
グッジョブとウインク付きで親指を立てる会長。褒めていただいたぁっと感涙する親衛隊。
「にしても、何でお前らまで参加してるんだ?」
コテンと首をかしげる会長。そんな姿も素敵だぁっと悶える親衛隊。
実は彼ら。廊下で床と今日和していた会計から今回のゲームの話を聞いていた。で、会長との休日を過ごす権利を勝ち取るために一計を案じたのだ。
もちろん、会計は保健室にご案内した。別にゲームに復帰しないよう閉じ込めたりなんかしていない。本当だよ?
「………まぁいっか。せいぜい頑張れよ」
さらばじゃと、木から木へと飛び移る会長。応援していただいたぁっ……と狂喜乱舞していたら意味がないのですぐさま別の作戦を立て始める親衛隊。
そして数時間後。敷地内を縦横無尽に走り回り、さすがに汗をかいた会長はある部屋の戸を開けていた。
スイッチを押して明かりをつけた瞬間、下から伸びた手が会長を捕らえる。
「つーかまえた」
「い、こい?」
突然のことに目をぱちくりさせる会長の前にいるのは、不参加と思われていた風紀委員長。
戸のすぐ横に座り込んでいた彼は、その体勢のまま会長の腰を抱き寄せる。
「思ったより時間かかったな」
「え?何で?」
珍しく状況が理解できていない会長は、ただ目の前の楽しそうな顔を眺める。
「会長の考えはお見通し。戻ってくると思ってた」
ここは生徒会室の中にある仮眠室。委員長は風紀室ではなくここでずっと休憩していたのだ。
「うっわー…マジかよ」
「結構、汗かいたな」
「あー、ウチの親衛隊や、後なんか勘違いしたFクラス連中が雪辱戦挑んできて」
「楽しかったか?」
「おうっ」
「それはよかった」
ふぁっとあくびをする委員長は、今の今まで寝ていたのにまだ眠いよう。
「にしても、他の奴に捕まるとか考えなかったのか?」
「ん?会長はそんなヘマしないって信じてたからな」
「あっそ。おい。寝るならベッド行けよ」
「んー、めんど」
すりすりと会長の首筋に頭を埋めて寝る体勢をとる委員長。さながら抱き枕の会長はペシペシと委員長を叩いた。
「おい。寝るな。憩。おーい」
「んー?楽も走り疲れたろ?一緒に寝よー」
ああもうダメだこりゃと諦めた会長は、仕方なしと委員長の腕の中で一眠りすることにした。
二人の、そんな姿を見つけた副会長の絶叫が響くのは、これから数十分後のこと。
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