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 見ているだけで良いなんて欺瞞だ。

 いつかそんな人が現れるなんて、わかりきっていたはずなのに。

 転校生と会った翌日も、彼らと顔を合わせた。その翌日も。ずっと遠くから見ているだけだった日々から考えると、信じられないくらい嬉しい。

 遊びにも誘われた。側にいるだけで精一杯だから、逃げたけれど。金本たちには行けば良いと言った。

 自分が行かないのは、その、情けない理由からだし。金本たちも、彼も楽しそうにしているし。それに、どんな形でも良いから繋がりを維持していたかったんだ。

 けど、

 何度目かに会った時、嫌な感じがした。漠然とした不安。奇妙な焦燥の理由がわからず戸惑った。けれど、転校生の彼を見る目で理解してしまった。

 何も考えられなくなった。

 どうして失念していたのだろう。誰かが彼に想いを寄せることだってあるのに。彼が誰かに好意を抱くことだってあるのに。そんな、当たり前の事を。

 ダメだ。止めてくれ。彼だけは、ダメなんだ。頼むから。触らないで。そんな目で見ないで。とらないでくれ。

 そんなこと言える立場じゃないのに。

 胸が苦しくて仕方がない。今までだって、苦しくなる時はあったけれど、明らかに種類が違った。こんなドロドロして汚い感情なんて。

 そうして、ようやく自分が恋をしていたことに気がついたんだ。

 ずっと彼を見ていた。ずっと、彼が好きだった。だけどそれは憧れなのだと思っていた。

 転校生はとても積極的だ。自分とは比べ物にならないほど。会ってすぐに友達になってしまった。このまま、こ、恋人にまで、なってしまうのだろうか。

 オレなんて、まだ彼とまともに会話したことすらないのに。姿を目にできるだけで満足して、他の奴が出てきてようやく自分の気持ちに気づくなんて。

 でも、だからこのままじゃいけないと思った。後悔したくなくて、転校生からの誘いに是と答えた。

 少しでも彼に近づきたくて。少しでも彼と話したくて。少しでも、親しくなりたくて。純粋に一緒に遊ぼうと言ってくれる転校生とは真逆の浅ましい自分。

 しかも、結局行けなかった。いや、行きはしたのだ。けれど、後一歩。部屋のチャイムを押すことができなかった。

「あ、静葵!静葵も来いよ!」
「………オレは、いい」

 そしてまた、廊下で亜甲と話していたら転校生に遭遇した。前回、失敗したとはいえかなりの勇気を振り絞っていたので今は気力が足りない。だからと、断ったのだが。

 一瞬、彼と目が合い、一気に高揚する。気を引き締めるために眉間に力を込めたが、転校生が彼の腕を掴んでいるのが目に入ると、途端に悲しくなる。

 近くにいる彼には緊張するし、掴む腕は見ていたくなくて。平静を保つために顔をそらす。態度、悪いよな。

 彼がこちらを見てるんじゃないかって、気が気ではない。

「えー?何でだよ!静葵も来いよ!一緒の方が楽しいだろ!」
「そーだよ!会長もおいでよ!一緒に遊ぼー」

 行けるなら行きたいさ。でも今は無理。ここでこうやって立ってるだけで、心臓がバクバクしているんだ。

 お願いします。もう少し、猶予を下さい。

「真行。金本も。会長さん何か用事あんだろ。ダダこねるな」

 木梨の言葉に金本は頬を膨らませる。それに申し訳なく思ったが、転校生は諦めなかった。

「静葵、何か用事あんのか?」
「………あぁ」

 本当はないけど。

「じゃあ終わったら来いよ!」
「………………」

 だから、行けるなら行きたい。でも今は無理だ。彼の視線が気になってそっちを向けないぐらいなんだ。

「なぁ、来いよ!絶対楽しいって!こないだは後から来るつって結局来なかっただろ!……はっ、まさか一緒に遊ぶのが嫌なのか!?」

 な、何を言い出すんだ!そんなわけないじゃないか。か、彼もいるのに嫌だなんて。そりゃ確かに転校生が彼に引っ付いてるから、辛いものはあるけど、でも。

「………そんなんじゃねぇよ」
「じゃーいいだろ!なぁ、いいだろ!壬允たちだって、静葵がいた方が楽しいだろ!?」

 何とか否定の言葉を絞り出すと、転校生の口から彼の名が出てきた。

 た、楽しいと思ってくれるだろうか。

「………………行けたら、行ってやる」
「絶対だかんな!待ってるからな!」
「行けたら、つったろ」

 彼にとってオレはその他大勢の内の一人に過ぎないだろうけど。でも、彼の名を出されて断れるわけない。

 今度こそ。今度こそとそう決意して、でも結局また一緒に遊ぶことはできなかった。それは、オレの勇気が足りなかったとかではなく。

「水瀬」

 よし。頑張るぞと決意を固めながら廊下を歩いていると、友人に声をかけられた。

「魚住?何だ?」
「何だじゃね…ってどうした?」
「何がだ」
「何かお前、顔怖い」
「え?」

 き、気合いを入れすぎたのだろうか。彼に怖いとか怒ってるとか思われるわけにはいかない。

 どうしようと内心慌てている横で、友人は神妙な顔をした。

「やっぱ大変なのか?」
「え?何が?」

 確かに彼と親しくなろうと頑張っているところだけど。なかなか上手くいっていないけど。むしろほとんど前進してないけど。

 でも知られてるはずないし。

「ウチの奴ら、水瀬が一人で仕事してるって心配してるぜ」
「え?……あぁ、それで最近様子がおかしかったのか」
「それでって……何でだと思ってたんだよ?」

 いや、最近挙動不審になっている自覚があったからもしやそれでと考えていたんだが。まぁ、言えるわけないが。

「しかもそれで思い詰めた数人がこないだ……」
「何かあったのか?」
「あー……いや。何だっけ?ほらあの地味な……北村?とお茶会したっつー」
「っ!?」

 何それ羨ましい!

「な、何で彼……き、北村と?」
「いやぁ…何つーか…水瀬に関する相談?話しやすそうってんで」
「……う」

 うぎゃぁあっ!

 な、な、な、お、オレに関してって!お、お、オレの話を彼にしたのかっ?!な、何をっ!?滅茶苦茶はずい!どう思われたんだ?

「けっこー、盛り上がったみたいだな」
「い、いいな」
「なら来るか?今日これからお茶会あるし」

 思わず溢れた言葉。魚住が別の解釈をしてくれて助かった。

「水瀬がくりゃ、少しは安心すんし、喜ぶだろ」
「あ、いや。今日は無理だから次回誘ってくれ」
「ん?りょーかい」
「……水瀬さん?」

 お茶会に参加すること自体に異義はない。好意的な人ばかりなので、多少のおちつかなさはあるが。

 ただ、今日こそはと決意したばかりなので、ここで逃げるわけにはいかないんだ。

 し、しかもウチの親衛隊の人たちがお世話になったなら、ちゃんと挨拶せねば。

 そう思い、断りを入れたところで別の声がかかった。

「ん?小栗か」
「お、小栗。そっちも大変そうだよな」
「いや、そこまででは。それより水瀬さん、少し気になることが……」
「何かあったのか?」

 難しい顔をしたまま言葉を濁らせる小栗。先を促したが、告げられた内容はいまいち理解できなかった。

「先ほど、土井先輩が柄の悪そうな人たちと歩いていた」
「ん?」
「うわぁ…」

 柄が悪いと言っても、土井先輩ならば心配ないはずだ。

「どういうことだ?」
「いやぁ…」
「水瀬さん。土井先輩は最近北村壬允を目の敵にしている」
「は?」

 突然出てきた彼の名に戸惑う。二人にどんな接点があるんだ?土井先輩は中臣先輩の親衛隊隊長を務めているが。

「ほら水瀬、先輩たちのとこは小栗っつか金本んとこの過保護を通り越してモンペレベルだから」

 意味がわからない。だが、二人の懸念は理解できた。

「小栗。どこへ向かったかはわかるか?」
「校舎裏の森に向かっていた」

 携帯を出し電話をかける。しかし聞こえてきたのは通話中の音。こんな時にと思いながら、すぐに別の番号を呼び出す。

「…………赤塚か?今匿名で北村壬允が制裁されかかっているかもしれないとあった。場所は校舎裏の森の奥だそうだ。頼む」

 通話を切り、魚住に目をやると肩を竦められた。

「最近、キナ臭いってか、空気がおかしい」

 生徒会室にこもってたから、気づいてないだろうけどと告げられ、己の迂闊さを呪う。自分の事で手一杯で、回りの様子に気づかなかったなんて生徒会長として失格だ。

 しかも、そのせいで彼に迷惑をかけるなど。

 二人の様子を見る限り、予兆はあったのだろう。そして、まだ終わりではないという顔をしている。

「魚住。今日のお茶会に参加する。詳しく教えてくれ」
「ほいきた」
「小栗も、できたら来てくれるか?」
「わかった。数人連れていっても良いか?」
「ああ。助かる」
「合同お茶会ね。何人ぐらい?」
「……五人ほど」

 それぞれ、隊員たちにだろう連絡のメールを打ち始める。オレも、金本に今日は行けなくなったとメールを送った。

 また、約束を破ることになる。それでも、彼と親しくなりたいというのはオレの個人的な願いだから。やるべき事をまず済ませなくては。

 何より、そうでなければ合わせる顔などない。





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