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Water




 転校生のずるい!と夕陽に向かって叫びたかった数日前のオレ。

 転校生Good job!と叫びそうになった数日後のオレ。

 幸せすぎて怖いんだけど、どうしよう。



 Water



 転校生が、来た。

 それ自体はどうでもいい。珍しい事ではあるけど、すぐに日常に埋もれてしまう程度の事のはずだった。

 案内を、との事だったので副会長を務めている中臣先輩にお願いした。人選としては少々難有りだが、他に手の空いている者がいなかったので仕方がない。

 戻ってきた時、そわそわしていたので何かあったのだとわかったが訊ねることはなかった。しかし、昼、食堂についてくと言われた時には衝撃的すぎて時が止まった。

 あの、中臣先輩が食堂に。

 人の多い所が苦手で、頑なに食堂での食事を拒否していた中臣先輩が。

 何が起きたのかと思わず問えば返事を濁らせられた。転校生が絡んでるのだろうとは思ったが、それは言わないでおいた。

 結論から言えば、その日食堂で転校生に会うことはできなかった。意気消沈する中臣先輩を会計の金本と一緒に励まして、その日の夕飯も共にした。

 それでも、転校生に会えず、ようやく会うことができたのは一日跨いだ月曜の事だった。

 さんざんもったいつけられて、転校生への期待は高くなっていた。けれど、食堂で中臣先輩が転校生に近づいた時、オレの視線は別のとこに釘付けになった。

 転校生らしき生徒の隣に、彼がいたのだ。

 あまりの事に足は止まり、ガン見してしまった。頭は真っ白で。ただひたすらどうしようだとか何でだとかそんなことばかりが浮かぶ。

 亜甲に声をかけられ、何とか輪に加わる。話をしながらも、意識はずっと彼に向かっていた。

 だって!仕方がないだろ。半径三メートル以内にいるのが初めてなんだ。彼がこちらを見ていると思うだけで、心臓がバクバクする。全校生徒の前に立っても、こうは緊張しない。

 とてもじゃないが彼の方を見られなくて、ひたすら転校生と話した。

 どうも、転校生と彼は同じクラスの隣の席で、今朝挨拶してすっかり仲良くなったんだとか。

 なんて羨ましい。

 オレだって、彼と同じクラスが良かった。隣の席……はきっと緊張しすぎて授業にならないから、後ろの席がいい。そうすれば、授業中もずっと見ていることができる。

 いいな。転校生。いいな。

 し、しかも名前呼びとか。

 凄すぎる。彼の事を名前で呼ぶ人物なんて一人しか知らない。転校生マジ尊敬する。

 オレなんて、名前呼びどころか直接話したことすらないんだ。一年、同じ学校にいて、しかも全寮制だからある意味同じ空間で寝起きしていたのに認識すらされていなかったんだ。

 いや、‘生徒会役員’としては認識されていただろうけどそうじゃなくて。

 でも、棚ぼた的展開で今なんと彼のすぐ近くにいる。彼の友達と会話している。これはもう、彼に話しかけてもいい状況なのでは?そして、あわよくば彼と、その、と、と友達に……

 ……………………

 む、無理だ!できない!だって心の準備が!いきなり彼に話しかけるなんて、そんな清水の舞台から飛び降りるようなマネ!

 こっそりと彼の様子を窺い見ると、微笑ましそうに会話を眺めていた。口数は少なくて、転校生が話しかけると一言二言答える程度。

 やっぱ、大人びてるな。落ち着いてるなとか考えてたら益々心臓がバクバクしてきた。ヤバイ。このままじゃ心臓が口から飛び出す。

 もう無理と、適当な理由でその場から逃げ出した。

 昼飯?食べられるわけないだろ。胸がもういっぱいいっぱいすぎて。

 駆け込んだ生徒会室では、自分の席に座るや否や机に力の限り頭を打ち付けた。何度も。奇妙な雄叫びをあげながら。

 完璧挙動不審なのはわかってるけど、でもこうでもしなきゃ興奮が収まらない。どうにか授業前には落ち着くことができたけど、額がヒリヒリした。

「しずちゃん!おでこ大丈夫?どっかぶつけたの?」
「あ、いや。ちょっと」

 頼む。訊かないでくれ金本。

 教室に戻ると、金本に心配された。が、理由が言えるわけなく口を濁す。

「保健室に行く?」
「いや、いい。それより、昼はあのまま転校生たちと食べたのか?」
「うん!あ、そだ。今日の放課後って、生徒会室行かなくても大丈夫だよね?」
「ああ。けど、めずらしいな」

 金本は、することがなくても居座っていることが多い。毎日必ず来ている。

「真行ちゃんたちと遊ぶんだー」

 心の底から嬉しそうに笑う金本に、オレまでほのぼのとした気分にさせられた。それにしても、もうすっかり転校生と仲良くなったのか。さすがだな。羨ましい。

「たちって、食堂にいたメンバーか?」
「うん。アコちゃんと先輩も誘われてたけど……しずちゃんも来る?」

 食堂にいたメンバーとはつまり彼もいるわけで、是も非もなく行きたい。行きたいがその勇気がない。遠くから見ているだけで精一杯なんだ。一緒に遊ぶなんてハードル高すぎる。

「いや。亜甲たちから連絡ないし、一度生徒会室に顔を出してくる」
「そっか。気が向いたら来てね」

 曖昧な返事をして迎えた放課後。中臣先輩からは今日は来ないというメールがあった。生徒会室に入ると、亜甲がすでに来ていた。

「…………水瀬さん、大丈夫?」
「……っ、何がだ?」
「……ちゃんと食べた?」
「食べた」

 食べてないけど。

 一瞬、昼間の奇行が頭を過ったが、気づかれてはいないだろう。うん。

「……亜甲は行かなくて良かったのか?転校生たちに誘われたと聞いたが」

 話をそらすと、亜甲は途端にそわそわしだした。その様子を微笑ましく眺める。

「気になるなら行ってくると良い。今日は特にすることもないんだ」
「良いの?」
「ああ」

 嬉しそうな様子が可愛くて、思わず頭を撫でてやりたくなった。背はオレより高いけど。

 やはりと言うか何と言うか、一緒に来るかと訊ねられた。それを断り、一人部屋に残る。

 ぼんやりと思うのは、今ごろ皆は何をしているのだろうということ。

 行くと言えば良かっただろうか。でもその勇気がない。だって、ずっと遠くから見つめているだけだったんだ。そんないきなり、一緒に遊ぶとか。

 ち、近くにいるだけでもあんなに緊張して結局話しかけることすらできなかったんだ。無愛想だとか思われなかっただろうか。態度悪いとか思われたら立ち直れない。

 やっぱり凄いな。転校生。会ってすぐに彼とあんなに親しくなるなんて。

 ずっと彼を見てきていたけど、彼と特別親しい友達なんて一人ぐらいだ。基本的に一歩引いたところから、何て言うか、全体を見ている雰囲気で。でも、周りの人が楽しそうにしていると、とても幸せそうな表情になって。

 そんなところに惹かれたんだ。

 食堂での彼を思い出す。

 自ら進んで会話に加わることはなかったけど、それでも一人一人の言葉に耳を澄ませていて。

 あぁ、やっぱり良いな。

 オレは彼の事、北村壬允の事がどうしようもなく好きなのだ。





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