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 用はこれだけなのかと思ったら、買いたい物があるとの事。トメの出産祝い。ショッピングセンターまで来て、さて何にしようかと案内板を眺めている。

「ベビー服か、オモチャか」
「絵本もありだよ」
「………それにするか」

 エスカレーターに乗り、書店のある階を目指す。

「そういや、男の子だってね」
「ああ。聞いたのか?」
「ヤエから写メきた。抱っこしてるやつ。トメより先に抱っこしたのかな?」
「らしいぞ」

 無事生まれたよとの写メが届いた。ものすごく幸せそうな顔をしていた。見ているこっちまで嬉しくなりそうなほど。

「名前聞いたか?」
「まだ」
「遠矢だと」

 ………何か、似てるな。和ちゃんが友也ってきちんと言えなくて、トーヤって呼んでるからなおさらそう感じる。

 目当ての階に辿り着き、フロア内を移動する。児童書コーナーは確かこっちの方。

「………左京んとこの」
「和ちゃん?」
「どんなん持ってんだ?幼児向けなら性別関係ねぇだろ」
「そうだね」

 ざっと棚を見回す。絵本は背表紙が薄い上に色や大きさがバラバラで少し探しにくい。

「………これとか…これとか…」

 見覚えのある物を見つけ出し、シキに渡す。パラパラと中を確認するシキを横目に、さらに棚を探す。

「あとこれも。………あ、見て。これ面白いんだよ。ほら」

 表紙や中の絵が、傾けると動く仕組みになっている。仕掛け絵本なのでその分、厚くなってしまっているけど、文字を読まずに見ているだけで楽しい。

「ね。こっちは…ほら、中に布とか使ってて…」

 絵の一部に布や凹凸をつけ、触って遊べるようになっている。実際に触れてみてほしくて、開いたページをシキに寄せるが、手はのびてこなかった。

「シキ?」

 どうしたのかと思い顔を上げると、視線がかち合った。そしてふっと笑われる。

「好きなのか?絵本」
「ん。結構多いよ。まだ読めないから未沙さんが読んであげてるけど。積み木がわりに重ねたりもしてるし」
「じゃなくて」

 差し出したままだった絵本を受け取りながら、シキが言葉を続ける。口元に笑みを乗せたまま。

「お前が」

 告げられた意味が一瞬わからなくて、ページをなぞるシキを眺める。シキが別の絵本に手を伸ばす頃、ようやく何を言われたのかわかった。

「あー…、何か新鮮で。読む機会なかったし」
「ガキん頃は?」
「読んでなかった」
「へぇ?」

 新しく手にとった絵本を開きながら、シキが相づちを打つ。何となく、視線を外し棚に目を向ける。

 小さい時、絵本を読むことはなかった。だから、和ちゃんが買ってもらった絵本を興味本意で読んだのが、初めてのように思える。

 好き、と言うよりは物珍しさが勝っている。

「………シキは?」
「あ?」
「絵本、読んでた?」
「あー…まぁ」
「どんなの?」

 チラリと盗み見ようとしたら、ばっちり目があってしまった。少し考えるそぶりを見せたシキは、棚に視線を向ける。つられるようにそちらを見れば、シキの指がのびてきた。

「ここらへんだな」

 とんっとんっと軽く数冊の背表紙にに触れ、離れる。その中の一冊を手に取ってみた。

 シキが小さい頃に読んでいた絵本。こういうのを読んで、シキは育った。どんな子供だったんだろう。やっぱり、今みたいにしょっちゅう絵を書いていたのかな。

 画用紙とクレヨンを持って。

 訊いたら、教えてくれるだろうか。隣を盗み見れば、シキは絵本を物色していた。訊いてみようかな。でも。

 視線を手元の絵本に戻す。

 やっぱり、止めておこう。浮かんだ考えを打ち消すように、文章と絵に意識を向けた。

 一冊読み終えもう一冊と、シキの教えてくれた絵本を順繰りに手にとっていく。いいな、これ。今度、和ちゃんに買っていこうかな。もうすぐ、クリスマスだし。

 そんなことを考え、ふと気づくとシキの姿が消えていた。手にしていた絵本を棚に戻し、通路を覗きながらレジへと向かってみる。

 ちょうど、シキが会計をしているところだった。プレゼント包装を頼んだのだろう。包装用紙やシールを選んでいる。結局、どんな絵本を選んだのだろうか。

 見ていると、何故か一冊だけ紙袋に入れられ先に渡されていた。自分用のも買ったのかな。

 包装が済むのを待つためだろう。シキが脇に退いて、ようやく目が合った。手招きされたので近付く。

「ほら」
「ん?」

 つき出されたのは今買ったばかりの物が入った袋。早く受けとれとばかりのそれに、首をかしげる。

「………何?あぁ、和ちゃんに?」

 わけがわからないままに受けとる。まじまじとその袋を見つめながら思い付いたことを口にすれば、呆れたような言葉が投げ掛けられた。

「んでだよ。お前にだ」
「え?」
「持ってねぇんだろ?」

 確かに、持ってはいないけれども。無ければ困るというものでもない。意味がわからず見上げる。戸惑いが伝わったらしく、シキは楽しそうに口角を上げた。

「それ、色合いが良いんだ」
「え?うん」
「けど、絵本なんざガラじゃねぇからな。お前が持っとけ」
「ん?」

 クツクツと笑うシキに首をさらにかしげる。

 これは…どっちが口実なのだろう。自分が欲しくて、オレに渡すと口実に買ったのか。オレが受けとるようにと、本当は自分が欲しいと言っているのか。

「………ありがとう」

 どちらにせよ、こそばゆい事に変わりはなくて。何だかシキの方を見ていられなくて、顔を隠すように伏せた。

「プレゼント包装でお待ちのお客様、お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございました」

 商品を受け取ったのを確認して、先に踵を返す。後からゆったりと歩いているはずのシキが、すぐに隣に並ぶ。

 両手でしっかりと袋を持ったまま、貰ってばかりだなと思った。何か返したいな。何か、返せれば良いのだけど。

 欲しいものがわからない。何かあればいつも絵のモデルをとそれだけで。そんなんじゃ、全然お返しになってないのに。

 どうしよう。何が良いだろうと考えながら歩き、ショッピングセンターを出る。隣にシキの気配を感じながら通りを行く内に、不意にシキが歩みを止めた。

 どうしたのかと振り向くと、シキは目を凝らすようにして遠くを見ていた。人通りが多くてよくわからなかったけれど、よく見ればその視線の先には見覚えのある人。

「………六郷さん?」

 ああ、嫌だなだなんて、そんなことを思ってしまった。高揚していた気持ちが一気に沈む。だってせっかく………せっかく何なんだろう。よくわからないけど、そんな思いが過ってしまった。

 何となく、その姿を目で追ってみる。六郷さんはとても嬉しそうな表情をしている。本当に、嬉しそうな表情をしていて。その隣にいる人の顔は、最初はよく見えなかったけれど、ふと見えた横顔は志渡さんのものだった。

 ああそっか。そういうことだったんだ。

 とてもじゃないけど、今シキがどんな表情で二人を見ているのかなんて、確認できなかった。





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