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unknowing




 さて、どうすっかなとカレンダーを眺める。

 眼鏡だらけの訳のわからない集いを終え、結局何だったのかと訊ねてきた椿と月都には適当に答えといた。

 特に理由があったわけではない。ほぼ習慣のように集まる約束をしていただけなのだ。そこに何故かヤエやサキまで来て意味のわからないことを始めた。

 眼鏡姿の椿は見慣れず落ち着かなかった。けれど、印象に残っていることも確かで。今度描く時にかけさせてみようかなどど考えている。

 それよりもと、意識をカレンダーに戻す。差し迫った問題はこっちだ。もうあまり時間がない。

 どうするか。

 自分の行動はある程度決まっている。と言うか他にとりようがない。気にするべきはもう一人のこと。

「………もしもし?え?何?………生まれるって何が?」

 生まれる?

 突如聞こえてきた言葉に振り向けば、椿がソファの上で携帯を耳にあてていた。

「少し落ち着いて。深呼吸。……それで?………うん。通院してるところがあるはずだから、タクシーでも呼んでそこに行って……うん?母子手帳ある?確か書いてるはず」

 出てきた単語からどういう状況なのかはわかったが、一体どういう知り合いからかと眉をひそめる。何となしに横に座ると、椿が困ったような視線を向けてきた。

「最悪、救急車呼べば何とかなるから………ん?………そう。心配なら電話して指示あおげばいいし」

 大丈夫だと言うように、微笑を浮かべた椿をただ眺める。僅かに俯いて、話す姿。

 確か、左京とサキの姉が結婚してるつってたな。それか?なら電話の相手は光太だろうか。

「うん。じゃあ………大丈夫だよ。ヤエが落ち着いて安心させてあげなきゃ」

 ヤエ。

 そういうことかと納得した。

「じゃあ、しっかり」

 通話を終えた椿が顔を上げる。その顔には困惑が浮かんでいた。

「生まれるのか?」
「ん?…うん。みたい。シキ、ヤエって結婚……」
「してねぇな」
「だよね」

 そう言って首をかしげる椿に、おやと思う。もしかして知らないのだろうか。

「聞いてねぇのか?」
「今にも生まれそうだけどどうしようって、それだけ。………東子さんって誰?」
「トメの嫁だ」
「トメの?」

 椿がさらに首をかしげる。

「仲、良いんだと」
「ヤエとトメのお嫁さんが?ヤエが紹介したの?」

 少し納得がいったような問いかけに、軽く笑って首を振る。サキと悟がヤエを通じて知り合ったからの発想なのだろう。

 トメは自分の嫁を道端で拾った。ナンパなどではなく文字通り拾った。今の時勢、金も職もあるのに行き倒れるなんてのは他にいねぇだろう。

 トメは今の職も拾った。

 その内子供も拾ってくるんじゃねぇかと言われてたが、さすがにそれはななかった。

「よく一緒に飯作ってんだと」
「ふぅん。シキは会ったことあるの?」
「一度だけな」

 籍を入れる前後で一度紹介された。元々、トメの家に行くようなことはなかったし、それきり一度も顔を合わせていない。会う必要もねぇし。

 ただ、生まれるってならその顔を見てみたいし出産祝いだと押しかけてみるか。どっちに似てもでかくなるだろう。楽しみだ。

「そっか。無事に生まれるといいね」
「だな。………好きなのか?子供」
「好きって言うか………」

 視線をそらし顔を伏せる瞬間、僅かに見えた表情が寂しげに見えた気がした。先程まで使っていた携帯の表面を、握りしめた親指が撫でる。

「和ちゃんの時、病院までつきそったから、何か」
「のどか?」
「うん。左京の子。平和の和でのどか」

 もう生まれてたのか。

「女か」
「うん。かわいいよ。トメのとこはもう性別わかってるの?」
「いや、聞いてねぇな」
「そう。でも、どっちにしろかわいいんだろうね。きっと……」

 俯いたまま、手にしていた携帯をテーブルの上に置く。僅かに見えた口許が、笑みを浮かべているように見えた。けれど、

「椿?」
「ん?」

 向けられた顔は、何かに耐えているようにも見えて。そんな顔するなと、触れたいとそう思った。それなのに、ソファに張り付いてしまったかのように、手を動かすことができなかった。

 何を、躊躇うことがあるのだろう。今ならば何にも邪魔をされることはないのに。それなのに。

 歯止めがきかなくなりそうだ、だなんて。

「シキ?」
「……いや」

 不思議そうに見つめてくる椿に、軽く笑みを浮かべ答える。

 何でもない。大したことじゃない。きっとこれは、深く考えない方がいいことだ。でないと、後戻りできなくなる。

「……そう?でも、既婚者なのは聞いてたけど、子供がってのは知らなかったから驚いた」
「まぁ、わざわざ言うようなことでもないからな。つーか、結婚してるのは聞いてたのか」
「うん。この前の時、ヤエが月都いて良かったって。流石に独り身一人きりは虚しいからって」
「ん?一人きり?」
「え?あ」

 困惑したように首をかしげる椿。自然と、眉間にシワが寄ったのがわかった。

「………お前もだろ?」
「付き合っている人、いるよ」

 さらりと告げられた言葉の意味が、一瞬わからなかった。

「振られたつってたろ」
「それは前の人。今はいるよ」
「………いつからだ?」
「えっと、ヤエに初めて会った日」

 それでか。

 様子がおかしかったのは覚えている。ヤエに友達認定されたと戸惑っているようだったから、それでだとばかり思っていた。違ったのか。

 確かに、オレだって自分から椿に付き合ってる奴がいると言ったわけではない。訊いたこともなかった。だから、仕方のないことなのだろうが。

 そんな素振り、全くなかったくせに。

「いつ会ってるんだ?」
「土曜に」

 なら、わからないわけだ。前に一度、椿が一晩空けたことがある。その相手の所にいたのだろうか。

「ん?土曜?この前は……」
「え?……あぁ、だってシキが誘ってくれたから」

 元から空いていたわけではなく、だから空けたのだと。当たり前のように告げられた言葉に、気持ちが浮上した。

 椿が首をかしげる。それに笑みを浮かべる。

「シキ?」
「何でもねぇよ」
「そう?」

 さらに首をかしげた椿の視線が、時計へと移動した。

「どうした?」
「もう、生まれたかなって。でもまだだよね」
「だろうな。まぁ、生命力強そうだし、問題ねぇだろ。予定日さえずれりゃいい」
「予定日?」
「気まずいじゃねぇか」

 椿に通じてないのはわかっている。それでもこれ以上の説明をする気はない。

 ふと、先程まで眺めていたカレンダーが目に入った。それから椿に視線を戻す。

 どうするか。

 そんなこと、わざわざ考えるまでもなかった。





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あきゅろす。
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