肉じゃが
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「月都って、何が好き?」
「………ニンジン?」
何で材料で答えるんだろうか。できれば料理名で答えてほしかった。
月都が夕飯を食べに来る。せっかくなので好きなものをと思いシキに訊ねたらこの答え。まぁいい。肉じゃがにでもしようかな。ニンジン多目にして。
サエさんの言葉を伝えてから、壁のようなものを感じるようになった。単なる気のせいなのか、関係ないことを問うてしまったからなのか、それとも全く別の要因によるのか判別はつかないけれど。
ただ漠然と寂しいと感じた。
一度、関係ないとはっきり言われているので詮索はできない。でも、シキとサエさんの間に通じる話がある。それはオレには関係のないことで、だから何も知らない。おかしいとこなんて、どこにもないのに。
サエさんのことだって、全てを知っているわけじゃない。サエさんにはサエさんの人間関係があって、そこに踏み込むつもりはないし寂しいと感じたこともない。
なのにどうして。
以前にも感じたひっかかりが、ほんの少し大きくなっている。そんな感じがした。
恋人の話。友達との打ち上げ。サエさんとの秘密の話。そして誕生日。それらは関係などないことで、踏み込む必要などないのに。
何度か、口をついて訊ねそうになっていた。別に、誕生日を知りたいわけじゃない。そういうわけではないのだけど。
そんな思いを抱えたまま眠りについて、目を覚ましたらすぐ傍にシキがいた。
一緒に眠るようになって、起きた時にはどこにもいないようになった。寝るのはオレが先だったから、もしかしたら本当は一人で寝ているのかもしれないとも思ったけれど。
でも、目を覚ましたらシキがいた。名前を呼んだら、何だかとても優しい表情で笑いかけてくれた。まるで夢のようで。夢、だったのかもしれない。
実際、起きたら一人だったから。だけど、リビングにはいた。何をするわけでもなく、ただ座っていて。
だから、もういいやと思った。
シキはここにいる。そして、傍にいることを許してくれている。それだけで。他に一体、何を望むことがあるのだろう。これだけでもう、十分すぎるぐらいなのに。
寂しさと言ってもまだ無視できる程度。だから。
感じていた壁は、いつの間にか消えていた。
「つ、椿」
「………ん?」
不意に声をかけられ、振り向く。見ると月都が顔だけを覗かせていた。何をやっているのだろうか。
「何か手伝うことあるか?」
もうほとんど終わりだから、特にないけれど。
ただ、今日来てからの月都の様子をぼんやりと思い起こす。ずっと、そわそわして落ち着きがなかった。何かしてる方が気が休まるのだろう。
「………じゃあ、テーブル拭いてきてくれる?台布巾はそこに入ってるから」
「わかった!」
顔を輝かせてパタパタと台所に入ってくる。流しで布巾を濡らしている気配を感じながら、皿に料理を盛り付けていく。横からじっと手元を見つめられた。
「………何?」
「肉じゃが?」
「うん………あ、月都の分はニンジン多目にしとくね」
「えっ、何でっ!?」
「え?」
大声に驚いて隣を見ると、月都が信じられないと言うように目を見開いてこっちを凝視していた。どうしたのだろうと首をかしげる。
「………シキに、月都はニンジン好きって聞いたけど」
「っ!?」
更に目を大きくし、何か言いたげに口をわななかせる。信じられないといった表情。本当にどうしたのだろう。
「………う」
「う?」
「……うわぁーっ!シキのバカーっ!」
と、大声をあげ走り去ってしまった。片手にはしっかりと布巾を握りしめて。声は不自然に途切れたので、多分シキに叱られたのだろう。
何だったのだろう。シキの勘違いだったのか。それにしてはショックを受けすぎの気がするけれど。
まぁいい。当初の予定通り、月都の分はニンジン多目にしておこう。
そうして着いた食卓では、月都が虚ろな瞳で皿を見つめていた。正確には肉じゃがを。もっと詳しく言えばニンジンを。
隣のそんな姿を眺めながら、はてと首をかしげる。もしかして嫌いなのだろうか。けどいくらなんでも嫌いな物を好きと覚え違えるわけないだろう。答えた時のシキは別にいたずらを企んでいる感じではなかった。
斜め前に座るシキを見る。我関せず美味しそうに箸を進めている。それは嬉しいのだけれど、やっぱり今は月都が気になる。
「………嫌いだった?」
「っ!?んなわけねぇ!食える!オレは食える!」
ポツリと問いかければ、大げさなまでに肩をびくつかせた。何故、そこまで必死になって否定するのか。
深く呼吸した月都がえいやとニンジンを口に入れる。咀嚼し、飲み込み、ホッと肩の力を抜いた。
「ほらな」
そう言って向けられた表情はひどく誇らしげで。意味がわからない。答えを求めてシキに視線を向けたけど、気にするなと肩を竦められて終わった。
その後はひたすらただ黙々と、まるで仇とばかりに箸を動かし完食していた。やりきった、という満足げな雰囲気。本当になんなのだろうと考えながら食器を片付ける。
所在なさげな月都が手伝いたいと言ってきたので、今度は拭き終わった食器を棚にしまってもらう。するとすぐに終わってしまい、一緒にリビングへ移動した。
シキはいなかった。外に行ったわけではないだろうから、どこかにいるはず。だけど、わざわざ探すわけにもいかない。小さく落胆の息を吐いた。
読みかけの本を手にとって、ソファの上にあがる。半身を背もたれに預けてページを開き、栞を抜き取る。文字を追おうとして、そういえばと視線をずらした。
「座らないの?」
何故か立ち尽くしていた月都に声をかけると、ストンとその場に腰を下ろした。こっちに来ればいいのにと思いながら、手元の本に視線を戻す。
「な、なぁ」
「……んー?」
けれど数行も進まない内に月都に声をかけられる。ちょうどその時、シキがリビングに入ってきて視線が集中した。不可解そうな顔しながらも寄ってきて、ソファにどさりと座る。
その手には写真集や画集が数冊。それを確認してから月都に目を向け、途切れた話の続きを促す。
「……何?」
「あ…ふ、普段何してんだ?ここ、テレビもねぇし」
「あー…」
言われてみれば確かに。不便さを感じなかったから気づいていなかった。
「………本読んだり、勉強したり、音楽聴いたり?」
「音楽?」
疑問の声を挟んだのは月都でなくシキだった。
「うん。一人のでいる時たまに」
「どんなんだ?」
「色々?ジャズとかが多いかも………こんな感じ」
ソファの横に置いてあったカバンを手繰り寄せ、取り出した音楽プレーヤーをシキに手渡す。シキの指が操作するのを、横から覗き込む。
「ん?これは?」
「ああ。前に言ってた姉の。よかったら聴いて」
聴いてほしいと思ってそう言うと、シキはくつりと喉の奥で笑った。イヤホンを耳にはめようとして、けれどふと前を向く。
どうしたのだろうと視線を辿ると月都が居心地悪そうにしていた。
「月都」
「う……な、何」
「暇なんだろ?これでも見とけ」
「あ、ありがとう」
そう言ってテーブル上に広げたのは今しがた持ってきた写真集など。恐る恐る手にとって、目を通し始めた月都はいつの間にか夢中になっていた。
そして桜子ちゃんが迎えに来る頃には、疲れたのか熟睡。起こしても目を覚まさないので、仕方なくシキが連れていった。
戻ってくるまで読書して待っていたけど、途中でウトウトしてしまい月都の二の舞になるところだった。
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