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夜風




 蛇口を捻っただけの生ぬるい水道水を飲みながら、記憶を辿る。

 自転車で走っている内にだんだんと気分が悪くなってきた。日がくれてからは雨まで降り始めて、傘を持ってなかったからびしょ濡れになった。

 本気で気持ち悪くて、しばらく自転車を引っ張って歩いてたけど、公園に入った頃には限界だった。動けなくなっていた。

 頭が痛くて、気持ち悪くて、意識が暗いところに沈んでいった。

 家を出たとき、気分がよかったのは熱でテンションが上がっていたからだろうか。吐き気がしたのも今から思えば具合が悪かったからかもしれない。

 それだけではないけれど。

 公園に入った後の記憶がなく、気がついたらこの部屋にいたところを見ると、このシキという人に助けられたのだろう。

 そう思ってお礼を言ったら、曖昧な反応をされた。理由はよくわからない。

 会話はなく、しばらくお互いを観察し合う時間が続いた。色々と尋ねられると思っていたから、意外だった。わけのわからない人間を拾っておきながら、何も訊かないだなんで。

 先に動いたのはシキだった。けれど何か言うわけではなく、部屋を出ていった。料理を作る音が聞こえてくる。

 戻ってきたシキの手には、チャーハンと飲み物があった。無言で横に立たれる。

「……………………」

 無言で場所を半分譲ると、腰かけ食事を始めた。外は明るい。昼食なのだろう。

 することもないので、膝を抱えて座ったままシキを眺める。やっぱり、不機嫌そうな顔をしている。通常の表情なのだろうか。

 食べ終わると声は出さないものの、合掌してごちそうさまの挨拶をした。そう言えば、食べる前にもちゃんとしていた。……えらいな。

 ふいに、シキがこちらを向いた。遠慮なく眺めていたため、しっかりと目が合う。

「荷物はそこにあるからな」

 ソファの足元を見ると、カバンとたたまれた服がおいてあった。乾かしておいてくれたんだ。

「………ありがとう」
「…………」

 しばらく、また沈黙の時が続いた。今度先に口を開いたのは自分だった。

「………もう少し、ここで休んでてもいい?」
「………好きにしろ」

 大分楽になったとはいえ、まだ本調子ではない。暑い、と思いつつも若干の寒気がしている。この状態で追い出されたら困るところだ。助かった。

 食器を片付けたシキが戻ってくる。

「……薬、いるか?」

 首を横に振る。

「腹減ったら言えよ」

 今度は縦に振った。

「喉乾いたら好きに飲め。あと、家に連絡いれておけ」

 旅に出ると家を出たのだから、連絡はいれなくても大丈夫。けど、説明するのは面倒なのでうなずいておいた。

 必要な話だけすると、シキは最初に出てきたのと同じドアに入っていった。ドアが閉まるのを見届けてから、のそのそとカバンに手を伸ばす。

 携帯を開いてみて、驚いた。

 家の人からのメールと着信が何件もあった。旅に出るって言ったのに。過保護だな。でも仕方ないのかも。

 とりあえず、返信しとかないと。

 三人から連絡あるけど、返信は一人で十分だよな。誰に送ろう。

「……………………」

 ………誰に送ったとしても後が面倒だな。ここは平等に全員に返しとこう。

 問題ない。心配しないでとの内容で送っておいた。

 正直に熱出して倒れて保護されたなんて言ったら、何を言われるかわかったもんじゃない。

 送信し終えてから携帯の時刻を見て、より驚いた。

 日付が一日飛んでいる。

 丸一日寝ていたのだという事実に驚いた。そこまでの自覚症状はなかったけど、結構体調がよろしくないようだ。夏風邪はバカがひくというのに。

 追い出されなくて本当によかった。

 そう思って、布団を被って寝たのが昨日の話。朝のうつらうつらとした意識の中で、また台所から音が聞こえた。

 朝食を持ったシキが来たので、今度はすぐに場所を半分開ける。食事をするシキの横で丸まって横になっていた。

 何となく、横になったままシキをボーと眺めていた。その内心地よい睡魔に襲われ、いつの間にかまた眠っていた。

 次に気づいた時には夜だった。夕食を食べ終わったシキにタオルを借りて身体を拭いた。本当はシャワーを借りたかったけど、いくら楽になってきたとはいえまだ熱っぽいので止めといた。

 ただ、夜中に妙に目が覚めてしまった。

 喉が乾いていたのでコップを借りて、蛇口の水を入れた。ついでに、外の風に少しあたりたかったので、ベランダの戸を開いて縁に座った。

 そして、生あたたかい水を飲んでいる。

 何て言うか、不思議な感覚だった。名前しか知らない人の家にいるのに、居心地よく感じている。

 本来ならば自分はこの場所において異物のはずなのに。多分、シキが当たり前のように存在を受け入れてくれているからなのだろう。

 何も訊くことなく、ここにいるのが当然のように扱われている。そんな感じがした。

 好きにしていいって言ってくれるけど、本当に好きにしてしまっていいのだろうか。

 そんなことを考えながら、夜風にあたっていた。





 後から考えれば本当にバカなことをした。





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