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まるで恋のような




 □□□□□

「そりゃよかった」
「うん。だから伝えといてくれる?」
「了解」

 軽く引き受けてくれたサエさんに、薄く笑みを浮かべる。視線は手の中のコーヒーカップに落としたまま。

 例のごとく場所はシャーウッド。サエさんに呼び出されたのでちょうどいいと昨夜の電話の報告をした。

「で?」
「勉強教えてほしいっていってたから、しばらく通う。だから連絡係になるよ」
「じゃあ何かあったら言うように伝えといて。実力行使に出るからって」
「ん。わかった」

 コーヒーを一口飲み、ほぅと息を吐く。隣を見るとサエさんが頬杖をついてこっちを向いていた。

「結局、連絡あったのイチんとこか」
「家庭教師依頼を口実にしてたから。よく一緒に勉強してたし」
「仲良いよねー」
「ん?…うん」

 にまにまと笑うサエさんから顔をそらす。カップを持ち上げて、でもすぐに下ろした。

「………何か」
「ん?」
「友達だと思ってくれたみたいで」
「いや?」
「そうじゃないよ………ただ、どうしたらいいかわからなくて」

 ちらりと横を窺えば、視線が合った。サエさんが笑みを深める。

「別に、どうもしなくていいんじゃん?」
「そう…かな」
「友達だからとか気負う必要ないっしょ。今までの関係でそう思ったんだからさ」

―――別にどうもしなくていいよ。勝手に友達になりたいなって思っただけだから。椿に友達と思われるようアプローチするから、それだけは覚悟しといてね。

「………ヤエも、似たようなこと言ってた…」
「ヤエが?」
「うん。会ったばかりの時、どうもしなくていいよって」
「あぁ…友達認定されたんだっけ?」

 友達ねと言われて戸惑っていたらかけられた言葉。そう言われても、どうなのだろうと思っていたけど………。

 よくメールのやり取りをするようにはなった。向こうから連絡があるから返信するだけ。こういうのはメル友とでも言うのだろうか。

「………人によって友達の定義違うんだね」
「ん?そりゃそうっしょ」
「頭では分かってたけど、こうも違うと」
「………ああ。あのバカ?アレは無視しなって。押し付ける方がどうかしてる」

 バカという言葉と共に顔をしかめるサエさん。本当に、仲が悪いなと苦笑してしまった。十中八九、自分が原因なので何も言えない。

「片想いさせときゃいいよ。あんなん」
「友達の?」
「そ。友達の片想い。向こうが友達だと思ってても、イチがそう思ってなきゃ片想いっしょ?」

 ね?と深めた笑みを向けられる。それには答えずに、コーヒーを口にした。

 片想い。それはまるで恋愛感情みたいだ、と思った。

 サエさんの言いたいことは漠然とわかる。人によって友達の定義が違うなら、同じ関係性であっても、一方は友達と認識しもう一方は認識しない場合があるということだろう。

 一方のみが友情を向けているなら、それは確かに恋愛における片想いのようだ。

 けれども、と思う。

 友達と思ってくれてるということは、好意的に見てくれているということだから。できる限りならきちんと返したい。

 これが恋愛感情ならば、想いを告げて付き合うというプロセスがある。けれど友情ならわざわざ宣言することはない。向けられた好意に気づけないのは嫌だな。

「………片想いより、両想いの方がいいよ」
「無理に応える必要ないって」
「無理はしないよ………ただ、他の人も友達だと思ってるって言ってくれたから」
「あー」

 あくまでも憶測にすぎない。それでも、もしそうだったらと思うと奇妙な感覚が沸き上がってくる。わざわざ何かする必要などないとつい今しがた言われたばかりだけど。

 そっかと呟いたサエさんが、コーヒーを一口飲んでから小さく首をかしげた。

「………それ聞いてどう思った?」
「………だったら良いなって」

 何となく、サエさんの方を見れなくてカップに視線を落としたまま答える。意味もなくそわそわする気持ちをもて余して、カツンと爪先で取っ手をつついた。

 申し訳ないし、そんな風に思われていい人間じゃないとわかっている。それでも、それを聞いた時、嬉しいと思ってしまった。そうだったら良いな、と。

「なら、イチにとっては友達だね」
「でも」
「イチが誰をどう思おうとそれはイチの勝手だよ。相手がどう思ってるかは関係ない。お互い様だって」

 ああ言われて嬉しかったということは、友達でありたいとどこかで思っていたということ。両想い云々はともかくとして、ならば友達の片想いをしてしまえばいいとサエさんが言う。

 確かに、思うだけなら個人の勝手だ。

 誰かに迷惑をかけるわけではない。頭ではわかってる。思うだけならと、免罪符のように自分に言い聞かせてきたけれど。

 それはただ一つだけだったから。

 他の事にまで使ってしまうのは戸惑われる。

「思うだけならいいんでしょ?」
「………そう、だね」

 曖昧に笑って返事をする。サエさんも深くは追求してこず、ふっと苦笑いしただけ。言葉を重ねても墓穴を掘りそうなので、これ以上は口を閉ざす。

 何となく、サエさんはお見通しの気がするけれど。

「………そう言えば、サエさんの用は?」
「ん?………あぁ、フォローしといてもらおうと思って」
「フォロー?」
「そ。昨日シキに余計なこと言ったから。ムシャクシャしてて」

 話をそらそうと訊ねたのは今日呼び出された用件。こちらの話ばかりをしていたけれど、先に連絡をくれたのはサエさんなのだからと話を向けてみた。

 まぁ、用がなくても呼び出されはするけれど。今回は理由があったようだ。

 ここしばらく、サエさんの様子がおかしいのは知っていた。昨日も夕食をというのは口実だったんだと思っている。

「だから‘椿’にフォローしてもらおうかなって」
「どう?」
「適当に」

 サエさんは軽く言うけれど。何を言ったのか知らないから、どうすればいいのかさっぱりわからない。

「…丸投げされても…余計なことって?」
「んー…本当の事?でもわざわざ伝えるようなことじゃなかったし。八つ当たりはおもんないから」

 何を、言ったのだろう。昨日、二人きりで一体何を話していたのだろう。関係なとないはずなのに、妙に気になる。

「気にしなくていいとでも言っといて………どうせ関係ないんだからって」
「ん」

 それくらいならと、頷く。後半の言葉に含みを感じた気がしたけれど。

 あぁでも昨日の帰り道、心ここにあらずといった様子だったのはそれが原因だったのか。あんなことを言い出したのも。

 ………ただの気まぐれだったのかな。てっきり、これからもと思ったのだけど。勘違いだったら、何か、寂しい。

 ん?寂しい?

「それにしても、今日なんか楽しそうだと思ったら、友達って言われたからだったんだ?」
「………え?あ、うん」

 それと上質な睡眠を得られたから。

 とは言えずにコーヒーに視線を移す。サエさんには言いにくい。何となく、ヤエにメールしてみようかなと思った。この事に関しては。

 色々、気にしてくれているし。それに、何でもいいからメールしてみたい。

 そう言えば、シキとの関係はどうなるのだろう。やっぱり、友達の片想いに当たるのだろうか。何か、それは、釈然としない。

 嫌なわけではない。でも、何か違う気がする。

 遠くなく、近すぎもしない距離感が心地いい。まだこのまま、名前ない関係でいたい。





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