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空き教室にて




 ■■■■■

 鉛筆を止め、息を吐く。

 窓の外では学祭を楽しむ人で賑わっている。明かりを消したままの空き教室から、その風景を写し取っていた。けれど、あまり気が乗らない。

 暇潰しのように、惰性で手を動かしていた。

 しばらく、眼下の景色を眺めていたが、面白味はないし目当ての姿も見つからない。まだ、来てないのか。

 何となしに紙の上にのせた鉛筆を、けれど触れさせただけでクルリと指で回転させた。

 描きたい。

 窓の外の風景ではなく、今ここにはない絵を。焼き付いて離れない、絵。

 描きたい。

 最初は、気紛れだった。もったいないと、そう思って。あの空気を、描き残したいと。

 なのに、描いても描いても届かない。もう、目の前にいなくてもその姿を描けるほどに手が覚えたというのに。脳裏に、焼き付いているというのに。

 望むところには、届かない。

 何が足りないのか。姿をまま写し取っても、空気までは写し取れない。

 自嘲が漏れる。

 せめてあの絵を完成させるまで。そう思っていたはずなのに。それでもまだ、描き足りないだなんて。

 足りない。まだ。描きたい。もっと。満足するまでだなんて、いつになるかもわからないのに。描き足りることなど、ないように思えるのに。それでも。

 描きたい。

 触れたい。

 そう、思った。

 指で触れてその形を、質感を、体温を感じて、確めて、認識して。そうすれば、より近づけるような気がして。けれど触れることは何故か躊躇われて。

 一度だけ触れた、髪の感触だけは妙に残っているというのに。

 ぎゅっと手を握りしめてから、真っ白な紙に鉛筆を走らせる。瞼の裏の姿を、描く。

 いっそ、紙の中に閉じ込めてしまえばこの飢えるような渇望から解放されるのか、なんてバカなことを思ってみたりもしたけど。

 それでは意味がないのだ。

 誰の手でもなく、自分の手で描きたいと、そう願っているのだから。

 紙の上に浮かび上がる姿。形だけをなぞったそれに触れようとした時、教室のドアが音をたてて開いた。

「あ、四季崎いた」

 現れた姿に舌打ちをしたが、奴は構わず中に入ってくる。

「こんなとこで何してんの?」
「………何でもいいだろ」
「タイミングいいな」
「………?」

 何のタイミングがだよと思ったが、会話する気もないので頬杖をついて窓の外へ視線を移す。とっとと出ていけ。そう思っての態度だというのに、奴はさらに近づいてくる。

 スケッチブックを閉じた。

 その行動に、首をかしげた気配がした。軽く睨み付けてもどこ吹く風。意に介さず、手近なイスを引き寄せ座った。

 いつく気なのか?

「伝言があるんだ」
「伝言?」
「あ、そういや四季崎の絵、結構好評だね」
「………」

 伝言はどこへ行った。伝言は。

 どうせ、大したことではないのだろう。そう思い、息を吐く。

「先生、変な顔してみてた」

 それはいい意味でなのか悪い意味でなのか。大体どの先生だよ。まぁ、検討はつくが。

「一皮むけたのか?とか呟いてたけど、たんにムラがあるだけなのにねー」
「……………」
「まぁ、よかったじゃん。これであれこれ言う奴減るよ」
「もとより気にしてねぇよ」
「ふぅん?」

 やけに絡むなと思い視線を向けると、目が合った。どこかふてくされたように肩をすくめる。何なんだ。

「………あの絵、気に入るかも」
「アレはダメだ」

 つまらなさそうに告げられた言葉に即答すれば、ますます面白くなさそうな顔になった。少しだけ、気味が良い。

「なら、また頼むかも」

 肩をすくめて了承の意を示す。あーあと、息をついた奴が窓に半身を預け、ガラスに頭をグリグリと押しつける。

「なんか面白くないんだよなー」

 その姿に気分がよくなる。

 ただ、どうやらこいつはここを動く気がないようなので、こちらが出ていくことにした。こんなとこでこんな奴といても仕方がない。気が散るだけだ。

 カバンを手繰り寄せようとして、けれど声をかけられ動きが止まる。

「あ、そだ。ユキちゃん先輩から伝言あったんだ」
「………なんでお前経由なんだ」
「四季崎、充電切れてるでしょ」
「……………」

 最後に見た時は切れていなかった。けれどそれがいつで、その時残りはいくつだったのかまでは覚えていない。帰ったら充電するか。忘れていなければだが。

「………で?」
「ん?」
「伝言は?」
「あぁ、いるって」
「………何がだよ」

 それだけで意味が通じるわけなどないのに。どうして要領よく話すことができないのか。

 頭を窓に押し付けたまま、じっと見つめてくる。どこか探るような眼差しに、見覚えがある気がして戸惑う。けれど、次の言葉に奇妙な既視感は一気に消えとんだ。

「ほら、あの四季崎の絵の子。似てる子が来たって………って、何いきなり立ち上がってんの?」
「それを早く言えっ!」

 ちんたら余計な話などせずに。

「え〜?お兄さんの時みたくさけてんじゃないの?」
「ちげぇよ」

 白々しい言葉に、吐き捨てるように返す。さっきまでの不機嫌さはどこへやら。上機嫌に笑みを浮かべている。

「今日、当番入れなかったのって、その子案内するため?」
「だったら何だよ。連絡あったのいつだ」
「別に。ついさっきだよ。ちょうどここ入る前だったから、タイミング良いなって」

 ならばまだ教室にいるだろうか。カバンをつかみ、ドアへと向かう。

「その子も、四季崎と連絡とれなくて困ってるんじゃない?充電、ちゃんとしときなよ」

 そもそもケー番もアドレスも知らないのだ。充電の有無など関係ない。家に帰れば必ずいたし、連絡先の必要性など感じたことなどなかった。

 ………ヤエとは、交換してよく連絡取り合っているみたいだが。

 ドアを開いたところで、ふと足を止める。

「………お前、顔見せんなよ」

 こんな奴と知り合いなどと思われたくない。

「え?…あー、うん。会うつもりないよ」

 身を起こし、わずかに驚いたような答えが返ってくる。そんなことを言われるとは思っていなかった。そんな様子だが、なぜだか違和感を覚えた。

 何をそんな当然の事をといった雰囲気だったのだ。会うつもりなど、端からなかったかのような。

 去年、志度が来た時の態度とは、まるで違う。こいつのことだから、面白がるかと思っていたのに。

 眉をひそめていると、奴が不思議そうに首をかしげた。

 また、だ。

「行かないの?」
「…行く」

 些細な仕草が重なりかけ、それを振り払うかのように足を動かした。

 急いで、いたのだ。

 約束をしたわけではない。ただ、どうせだから案内がてら一緒に回ろうと。でも、だからこそ居場所のわかる内に接触しなければ、どこにいるのかわからなくなってしまう。

 急いでいた。

 そのせいで、つい先程まで膝の上に乗せていたスケッチブックを、落としていたことに気づかなかった。















 ■□■□■

 四季崎の閉めたドアをしばらく眺めていた。

 ずいぶんと急いでいたなぁとか、多分そんなことを思いながら。らしくないなとは感じた。

 今の態度とか。絵を見る時の眼差しとか。何とな〜く面倒なことになるかな〜とも思ったけど。でも関係ないし。

 うん。面倒と言うか、面白いことになりそう。どうせ、他人事なのだし。

 そうとも、言い切れないかもしれないけど。んー…でも、考えるの面倒だし、まぁいっか。

 特に予定もないし、当番までしばらく時間あるから昼寝でもしよう。そうしよう。

 横にある机の上にうつ伏せようとして、それの存在に気がついた。

 さっきまで四季崎が座っていたイスの下に落ちたスケッチブック。近づいた時、まるで見られたくないかのように閉じたから気になったんだよね。

 拾い上げ、中を見る。何枚か捲っていくと、窓の外の風景が現れた。これを、描いてたのかな?

 でも何で閉じたのかまでわからない。そう思って、さらに捲ってみた。

「あー……」

 こっちか。これを見られたくなかったのか。納得。この子が、そうなのか。やっぱり、似てる。

 まさか、ねぇ?

 顔見せんなよ。

 四季崎の声が思い出される。

 実物は気になるし、見てみたいとも思う。でも、この子がそうなら会うつもりはない。言われるまでもなく。

 ただ、まぁ遠くから眺めるだけなら良いよね。関わるつもりないし。

 そんなことを眠いなと思いながら考えつつ、絵の中の髪をそっと撫でた。

 とりあえず、何はともあれ一眠りしよう。





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