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仕事場




 風呂から上がりリビングに入ったところで、すぐ横の壁に立て掛けてあるものに気がついた。志渡さんが持ってきたやつ。結局置いてったけど良かったのかな?

 首をかしげながらも、ソファにに座る。シキが、読んでいた雑誌から顔を上げた。

「どうした?」
「ん?…あれ」

 置き去られたものを指差せば、シキはあぁ、と呟いた。嫌そうに。

「………気になるか?」
「え?…あぁ、まぁ」

 首を傾けて答える。シキは少しだけ考える素振りを見せてから立ち上がった。そしてそれを持って戻ってくる。

 五枚ほどの、大きめの額縁。中には完成したパズルが納められていた。

「………パズル?」
「ああ。あいつの趣味なんだよ」
「そうなんだ」

 膝の上のパズルを覗き込む。一番上のは見覚えのある水墨画。教科書か、何かに載っていた気がする。白黒で難しそうだけど、墨の濃淡で…でもやっぱり難しそう。

 一枚づつ、ゆっくりと眺めていく。シキは、最初忌々しそうにしていたけど、少し楽しそう。唇の端に笑みが浮かんでいる。

 じっと見つめていたら、目が合った。

「何だ?」
「何か、楽しそうだなって思って」
「………あいつ、わざわざヒトの好みの絵をやんだよ」

 憮然とした様子に、笑みが溢れそうになった。やっぱり、なんだかんだいっても仲は良いみたいだ。

「……前に、お前がやったやつがあんだろ?」
「ん?うん」

 最後の一ピースはシキにとられたけど。

「ウチにあるやつ、あれ以外は全部あいつがやった」
「クローゼットにあったやつ全部?」
「ああ」

 確かに、押し付けられたって言ってたな。オレがやったのも押し付けられたって言ってたから、全部箱ごと渡されて、シキがやったんだと思ってたんだけど。違ったのか。

「………オレがやったやつは?」

 どうしてあれだけは違うなのだろうか。不思議に思って訊ねると、シキは僅かに眉間にシワを寄せた。

「あれは、やりたくねぇからって箱ごと押し付けてきやがった」

 あれも志渡さんからなのか。

「絵が好みじゃなかったの?」

 あれ?でもそれなら何で買ったんだろ。やりたくないってのは口実で、自分の好きなものに興味持ってもらおうとしたのだろうか。

「ああ。ただそれ以上にあれ送った奴が気に入らないんだろ」
「ん?」
「押し付けられたのを、押し付けてきやがったんだよ」
「………………」

 何なんだろう。それは。よっぽど嫌いな人なのだろうか。シキは、押し付けられたと言いつつも、本もパズルもちゃんととってあるのに。

「せめて、好みの絵にすれば良かったのにね」

 好きな物なら、例え嫌いな人からの物でも手放しがたくなる気がする。実際シキは不機嫌そうにしながらも、絵を見る目は楽しそうだし。

 それとも、元々嫌がらせだったのかな。

「まぁ、あの絵に意味があるからな」
「意味?」
「そいつの名前、紫の帆でシホ」

 メインの帆船は、夕日を受けて薄紫に染まっていた。自分の名前を表す絵。それを送ったのか。

「この絵を自分の代わりと思ってとかなんとか」
「………その人、志渡さんのこと、好きなんだね」
「あいつは嫌ってるがな」

 まるで、良い気味だというような笑みを浮かべた。楽しそうだな。

「今日のあいつみたく、いきなりやって来たり、待ち伏せたり、大学押し掛けたり。イベントん時も必ず何か送ってきやがる。行動パターン同じだな」
「……それって下手したらストーカーじゃ」

 同じ行動だとしても兄弟間とそれ以外だと意味合いが変わってくる。嫌がられているなら、なおさらだ。

 てか志渡さん、そんなことをしていたのか。

「いや…あーまぁ、似たようなもんか」

 チラリとこちらを見ると、ククッと笑う。そして背をソファに預けた。

「前に、上に二人いるつったろ?」
「ん?うん」
「上のが紫帆」
「え?あ…何だ」

 そういうことか。

「去年のクリスマスにあいつにはパズル。オレには画集で同じ絵送ってきたんだよ」
「そうなんだ。紫帆さんはシキのとこに押し掛けて来ないの?」
「来るな。けど志渡ほどじゃねぇ」

 何か、話聞いてる限り愛情が上から下への一方通行に見える。

「……会ってみたいか?」
「え?ううん。別に、そんなわけでは」

 まぁ、気にはなるけども。

「……何してる人なの?」
「……ホテルマン?」

 何で疑問系?あぁ、でもホテルで働いてるのか。

「忍と同じだ」
「あ?」
「忍、ホテルで働いてる」
「………」

 厳密には違うけど、大まかには同じようなものだろう。

 シキがこちらを凝視するので首をかしげた。

「シキ?」
「……何処だ?」
「ん?」
「何処のホテルだ?」

 やけに難しい顔をしているけど、どうしたのだろうか。同じところだったらヤだなとか思ってるのかな。

「‘ひととせ’って知ってる?」
「………」
「春夏秋冬って書いてひととせホテル」

 すごく嫌そうな顔になったけど、同じだったのだろうか。確かに、身内と知り合いが同じ職場って微妙だけれど。

「………そんなに嫌?」
「嫌つーか……」

 重たげなため息が溢される。

「直接ではないにしろ、関係あるつーのが気に入らねぇ」

 頭を抑えて俯いてしまった。何か、考えを巡らしているように。

「その紫帆さんは何やってるの?」
「………事務?」

 何でまた疑問系なのだろうか。

「なら接点無さそうだし、大丈夫だよ」
「つか、あのナリでかよ」
「んー、でもあの髪は地毛だし」
「地毛?」
「うん。地毛なんだよ」

 納得できないような視線を向けられても、事実だし。パッと見、染めてるみたいな色だけど、生まれつきなのだ。光太も左京も普通に黒髪だから、誤解されること多いけど。

「………まぁ、いい。けど、オレの兄の事は言うなよ」
「ん?うん」

 僅かに首をかしげて答える。本当に嫌なんだな。

 まぁ、オレも教えたくはないし。何か、わざわざ探し出しそうだから。

 膝の上のパズル。その上に頬杖をつき、シキがじっと、視線のみをこちらに向けた。

「……何?」
「いいや」

 何でもないと言われても、何か気になる。

 何も言われない。言うことも特にないのでそのまましばらく見つめ合うはめになった。

 一体何を考えているのだろうか。

 探るような視線から、目を逸らすことができない。

 不意に、シキは上体を起こした。片腕を背もたれにかけ、こちらを向く。視線は噛み合ったまま。もう片方の手が上がり、心臓が小さく跳ねた。その行方に意識を捕られる。

 時間の流れがやけに遅く感じる。ゆっくりと動く手。けれどその手は、そのままシキの髪をかきあげた。

「……左京は何やってんだ?」

 のびてこなかった手に、僅かに落胆しはたと気付く。一体自分は何を期待してたのだろうかと。

「椿?」
「………え?…あ、左京は郷土資料館に勤めてるよ」
「郷土資料館?」
「うん。志渡さんは史学専攻してるんでしょ?何かと縁があるね」

 これで光太が美術関係に興味を持っていれば、三兄弟共に共通点があることになる。実際はそうはならなかったけど。

 他愛もない会話をしながら、それでも何故か視界の端の手が気になって仕方がなかった。





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