厄介な来客
インターホンがなった。
そういえば前に一度だけシキを訪ねてきた人がいたと思い出す。あの時は違うと言っていたけど、もしかしてあの人がシキの恋人になったのかな。
しばらくして、またインターホンがなる。
出た方が良いのかなと、廊下の先のシキのいる部屋に目を向ける。
最近、よく籠ってると思ったら学祭に展示する絵を仕上げてるそうだ。大抵は大学で進めているけど、オレの絵はこっちで描き始めたから仕上げてから持ってくとかなんとか。
三度インターホンがなった。とりあえず声をかけてみようかとソファから立ち上がりかけ、ドアが開いた。
顔を出したシキは一度玄関に目をやり、それからリビングに入ってきた。そしてそのまま台所へと向かう。
出なくて良いのかなとは思ったけど、気にしないことにした。手元のクロスワードに視線を戻す。
戻ってきたシキがソファに座り、コーヒーの香りが漂う。視線を感じ顔を上げると、シキが怪訝そうに手元を覗き込んでいた。
「……何?」
「……お前、それ…」
ドンドンドンッ!
「……っ」
ドアを叩く音に驚き、肩が揺れた。シキ越しに玄関の方を見る。来客がしびれを切らした様だけどシキの動く気配はない。
「……出なくて良いの?」
「……あぁ」
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「シキーっ?いるよねーっ?出てきてよっ!」
ドアを叩きながらの大声が聞こえる。シキはますます険しい顔になった。このままじゃ近所迷惑になりそうだけど。
「シキーっ?」
ドンッ!と勢いよくカップをテーブルに叩きつけ、シキが立ち上がった。そしてようやく玄関に向かう。
「あぁ、やっぱりいた」
「……何の用だ」
「顔を見に来たんだよ。全然会えなかったから」
「用がないなら帰れ」
「だから顔を見に来たんだって。相変わらずだなぁ」
「帰れ」
「お店には来てたみたいだけど、タイミング悪いよね。いつも僕のいない時ばかり」
「帰れ」
「最後に会ったのは千里ちゃんが旅行行く前だから、もう一ヶ月以上経つのか」
「……」
「様子は聞いてたけど、うん。元気そうで良かった」
ノレンに腕押し。糠に釘。そんな言葉が浮かんだ。
誰、なんだろう。ここからは玄関は見えない。先程までの大声とはうって代わり、優しげでわずかに弾んだ声が聞こえる。
シキの声は低いけれど。
「後これ。会えなかったから渡せなくて…持ってきた」
「……ここは、お前の荷物置きじゃねぇ」
「うん。でも置場所ないから預かって」
「置き場がねぇなら、やんな」
「それはできないよ。シキだって絵を描くなって言われても聞けないだろ?」
「なら、実家に送れ」
「嫌だよ。それにこうして、少しでも多くシキと関わりたいんだから」
「オレは、関わりたくねぇ」
「ふふっ、素直じゃないんだから」
何か、すごいな。
リビングのドアが開けっぱだから会話が丸聞こえなのだけれど、どうしたら良いのだろう。聞かない方が良いのかな?
少し考えてみてから、でもまぁ良いかと、そのままクロスワードを続行することにする。
「あぁ、そうだ。椿くんて今いる?」
ん?
名前を出されたので、すぐに顔を上げることになったけど。
「……何の用だ」
「シキが親しくしてるらしいから、一度ちゃんと挨拶しておきたくて」
「お前には、関係ねぇだろ」
「関係なくないだろ?それにマスターも夢子さん達も会ったって聞いたよ。なのに僕が挨拶せずにいるわけにはいかないじゃないか」
「必要、ねぇ」
「何言ってんだよ。シキの同居人なら挨拶しないわけにはいかないって」
「いいから、帰れ」
「でも、椿くん時々お店の方に来てるからしようと思えばいつでも挨拶できるんだよ?」
「………………」
「ただ、やっぱりちゃんとシキに紹介してほしいからしてなかっただけで」
……シキが押し負けた、の、かな?
と言うか、今の口ぶりだと顔を合わせたことはあるみたいだけど。シキ関連で時々行くお店って、シャーウッドぐらいだよな。
少しの間の後、見知らぬ人がリビングに顔を出した。その後ろでは、シキが渋面を浮かべている。
真面目な好青年風のその人は、先程までの会話のような強引さはなく、むしろ、押しの弱い雰囲気を醸し出している。人は見た目によらない。
脇には何やら、板と言うか額縁のようなものをいくつも抱えている。置き場がないと言っていたやつだろう。
目が合うと、人の良さそうな笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「………こんにちは?」
「ほら、シキ。紹介して」
「…………こいつは、オレの兄貴」
「志渡です」
「で、そいつが椿」
紹介されたので、とりあえず頭を下げる。
お兄さんて、前に確か二人いるって。仲良くはないって言ってたけど、悪くもなさそう。
「………………あれ?他には?」
「他に何があんだよ」
酷く忌々しげに吐き捨てる。
その様子を見て、少し考えて、広げていたものを手早く纏める。うんざりとソファに座り込んだシキと入れ替わりに立ち上がった。
「何か飲み物入れる?」
「必要ねぇ。良いから座ってろ。もう帰る」
言われ、反射的に腰を下ろす。下ろしてから、良いのだろうかと首をかしげた。
「色々あるだろ」
荷物を壁際に置き、志渡さんも近付いて来る。
「椿くん。はじめまして。って言っても、僕はシャーウッドでバイトしるから、何度か見かけたことがあるんだけど」
「……あぁ」
言われてみれば、確かにシャーウッドでウェイターを見た記憶がある。あれが志渡さんだったのか。
「今大学四年で、史学を専攻してるんだ。椿くんは高校生なんだよね?いくつ?」
「……十六」
「おい。用、済んだんなら帰れ」
「何言ってんだよ。もっと親睦を深めようって。ね、椿くん。シキ、口悪いだろ。これでも昔は―――」
「おい。あれしまってとっとと帰れ」
「久しぶりだってのに冷たいな。いいだろ?少しぐらい話したって」
ソファの上にはシキとオレが座っている。三人座ろうと思えばできないこともないけど、大分狭くなる。だから、志渡さんはさっきから立ったまま。
シキはすぐ帰るって言ったけど、どうも帰りそうにない。客人を立たせたままにして良いのだろうか。
それとも、座ったらそれこそ居座られるから座らせたくないのか。
「話すことなんざねぇだろ」
「何言ってんだよ!あるに決まってるだろ?椿くんに聞きたいことは色々あるし、シキだって、久しぶりに会えたんだから話したいことは沢山あるんだよ」
「オレは、ない」
「僕は、ある」
ニコニコと笑みを浮かべたままの志渡さん。とてもじゃないけど折れそうにない。
助け船のつもりではないけど、気になったことを訊ねてみた。
「……シキ、今忙しいんじゃなかったけ?」
「あ?」
「学祭に出す絵、まだ完成してないんでしょ?」
「………あぁ」
だから、家にいる時はほとんど籠ってるし、大学に行った時は帰りが遅い。それもこれも、学祭の準備のために。
積もる話があるなら、落ち着いてからの方が良いんじゃないかと思ったのだけれど。シキが口を開くより先に、志渡さんがパシンと手を打った。
「そうだ。学祭!今月末だろ?日曜に行くから」
「………」
「来るななんて言うなよ?言っても絶対に行くからな」
シキが頭を抱えた。
「あー…わかった。わかったから、とりあえず帰れ。今、お前の相手してる時間はねぇ」
「あ、大丈夫。僕は椿くんと話してるから。シキは自分の事、してていいよ。ね、椿くんは時間ある?」
「……えっと」
時間はある。あるけども。
頭を抱えたままじっと視線をこちらに向けたシキと、ニコニコと返事を待つ志渡さんを見比べる。
何なんだろうか。この状況は。
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