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古典文学




 紫雲祭

 そう書かれたカラフルなアーチを見上げる。紫雲堂大学付属第一高等学校。それが椿の通っている高校だった。中学から大学までのこの一貫校はもちろん私立。

 う〜ん。私立か。茶道と同じで私立はお金持ちってイメージがあったんだけど、どうなんだろう。偏見なのかなぁ。

 隣の椿を見れば、受付のノートに名前を書いている。唯一文字、‘椿’と。フルネーム、書かないんだ。折角のチャンスだったのに残念。

 筆ペンを置いてふと前を見ると受付の子と目が合った。わーい。女子高生だ。ガチガチに緊張してるその子に、ニッコリ笑いかける。顔が一気に真っ赤になった。アハハ。可愛いなぁ。

「こ…こちらが、パンフレット、ですっ」
「ありがと〜」

 さて、どこから回ろうかと隣を向くと椿がじっと見つめてきていた。

「ん?何?」
「……ううん。何でもない」
「そぉ?」

 受付から少し離れてパンフレットを開く。

「お姉さんのライブ何時から?」
「一時半。どこか気になるとこある?」
「どこかってか…椿のクラスってどこ?」
「1-A」
「じゃあ、そこ以外一通り見て回りたいな」

 という希望は叶えられ、校舎の端から順繰りに教室を覗いている。中高一貫だから結構広いし、見て回るにしても量が多い。講堂では被服部のファッションショー、演劇部や英会話部、その他一般クラスの劇をやったりしているらしい。けど、それまで見ようとすると流石に時間が足りない。

 とにかくまずは展示や飲食店を見ることにした。まぁ、教室内が軽くライブハウス的になってるとこも幾つかあったけど。

 クラスや部活ではもちろん、縦割りでの学習発表みたいなものもあった。そういう話を聞くとあぁ、やっぱり学校なんだな。本来、文化祭は学習発表の場なんだろうな。とか、思ったりした。

 てかさ、教室がさ、もう跡形もないとこが多いんだよね。ビニールやら布やらベニヤやら色紙やら、果ては段ボールなんかで装飾されてて。普段整然と並べられてるのであろう机って、こういう時どこに消えてるんだろうね。壁みたく使ってるとこもあったけど。

 まずは中学校舎の一年生のとこから覗いていったけど、やっぱ学年が上がるにつれ凝ってきてるってか、はっちゃけてるってか。

「何かすごいねー。どこもここも」
「あぁ、うん。うちの学校、基本的にお祭り好きだから」
「へぇー」
「文化祭実行委員は人気あるよ。体育祭も毎年すごく盛り上がるし」
「アハハ。いーな。楽しそう」

 ん?毎年?

「椿、中学からここ?」
「ん?うん」

 何てことないように答えられたけど、はてと首を傾げる。

 てっきり高校からなのだとばかり思ってた。だって、クラスに顔出しづらいって、クラスメイトに会いにくいからかと思ったんだけど。高校からなら知り合いクラスメイトだけかもしんないけど、中学からなら他のクラスにもいるよね?そっちは別に良いのかな?

 気になるなー。訊いてみよっかなー。とか考えてたら、ふと椿の視線が廊下の先に止まる。

 ん?

 何かあったのかと視線の先を辿ろうとして、腕を軽く引かれた。

 おや?確かにここは今から入ろうとしていた教室だけれども。誰か会いたくない人でもいたのかな?

「つば……っと、すみません」
「いや、こちらこそ。ん?」

 椿に気をとられていて、誰かにぶつかった。振り向いた先にいたのはボサボサの髪を一つにくくり黒渕眼鏡をかけた無精髭の男。どこからどう見ても無精でしかない髭。ヨレヨレのシャツに、同じくヨレヨレの白衣。

 その男はこちら、というか椿を見てあれ?と首を傾げた。

「一城?」
「師田先生、お久しぶりです」
「うん。久しぶり。ん?久しぶり?」
「はい。お久しぶりです」

 首を捻っている先生に、椿は苦笑した。何か、結構親しそう。

「そういや、最近姿見てなかったな。今やってるとこ興味なかったか?」
「いえ」
「まともに聞いてる奴少ないんだよな。やっぱ物足りないのか?」
「いえ。カリキュラム通りにお願いします」

 う〜んと唸りながらも、仕方ないかぁと呟く先生。それからオレと椿を見比べた。

「友達?」
「はい。八重垣といいます」
「八重垣?
八雲立つ―――」
「っ!?」
「出雲八重垣妻ごみに
八重垣作るその八重垣に
って知ってる?君の名前が出てくる和歌だけど」
「…あ、はい。聞いたことは」

 うっわ。ビビった。この名前からそれ連想する人ってあの人以外にもいたんだ。それとも知らなかっただけで有名なのかな。

「誰の和歌かは知ってる?」
「さぁ…?」

 国語の先生なのかな?あれ?でも白衣?クラスの出し物か何かかなぁ。

「マザコンとか何とか聞いた気が…」
「ははっ。確かに。スサノオノミコトって聞き覚えあるか?彼は…」
「先生」
「ん?どうした、一城?」
「今は授業中じゃないですよ」
「堅いこと言うなよ。あぁ、そうだった。僕はこの学校で教員をやっている師田。八重垣君は大学生?」
「あー、大学には進まず、フリーターやってます」
「ふむ。勉強は嫌い?」
「え〜?あ〜…アハハ。どうなんでしょうねぇ。好きとか嫌い以前にまともに勉強した記憶ないので」

 まともに勉強どころか、まともに学校に行ってすらいなかった。けど、それを学校の先生に言うのもアレなので、適当に笑ってごまかす。

「それはもったいない。学校で学ぶことだけが全てではないが、勉強した記憶がないとは。本当に授業で覚えていることは何もない?」
「え〜っと……国語、古典?のアレは覚えてます。祇園精舎の〜って。沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を表す」

 授業で覚えたわけではないけど、まぁ、問題ないよね。

「あぁ、平家物語か。鎌倉時代に成立した軍事物語。作者は不詳とされている。平家の栄光と衰退が記されているな。主な登場人物は誰か覚えてるか?」
「え〜…?」
「平と言えば思い付く名は?」
「……清盛?」

 ぐらいしか名前は出てこないのだけど。

「そう。他は木曽義仲。源義経。で、冒頭の文章は先程も出たが有名だな。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理を表す
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者も遂には滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ
ここテストに出るからなー。しっかり覚えとけ」
「え?出るの!?」
「出ないよ」
「いや、出るぞ」
「出るとしても、出すのは先生じゃないよ」

 あぁ、いや、まぁ、そういやそもそもテストなんか受けないし。椿ナイスツッコミ。流されるとこだったよ。

「だとしても覚えといて損はないからな。っと、そういや、一城その格好は?」
「今日は一般客として来ているので」
「ん?」
「留年が決定したので」
「ほほぅ。一年多く勉学に励むというのか。感心感心」

 え?何か反応おかしくない?普通、留年決定って誉められたことじゃないよね?

「いえ。今年はもう学校来ないでゆっくり休むつもりです」

 何か隠居するみたいな口振り。

「ふむ。自習だけはきちんとしとけよ。なんなら……」
「師田先生」
「んー?」

 横から声をかけられそちらを向くと、スーツ姿の男がツカツカと近づいてきた。ビシッとノリの効いたスーツにまっすぐな姿勢。受ける印象は師田先生と真逆。

「先程、科学部の生徒が探していましたよ」
「お〜。了解」

 科学部?

 首を捻っていると、その人は椿を見て、厳しかった表情を僅かに緩めた。

「一城君、十波さんが心配していましたよ」
「後で、会いに行きます」
「わかりました」

 それから、師田先生行きますよと、先生を促して教室を後にした。何か、生徒に絡まないようにとか何とか注意しながら。

 師田先生は入り口のところで一度振り返り、

「一城、明日か明後日おいで。良い物をプレゼントしよう」

 と言い残して行った。

「……良い物?」
「多分課題だと思う」
「え?それが良い物?」
「先生にとっては」

 出される方からしてみれば全く良い物じゃないと思う。少なくとも自分だったらバックレて受け取らない。

 てか、学校来ないって言ってたのにおいでって。

「取りに行くの?」
「ん?うん」
「え?行くの?勉強好きなの?」
「どうせ、時間ならあるから」

 暇潰しで勉強なんかしたくないけどな〜。

「さっきのスーツの人は?」

 そして、十波さんとは誰だろうか。

「さっきのは音楽の先生で……」
「友也っ」
「ん?」

 横からかけられた声に椿が振り向く。今度は誰だろうか。

 そして多分、椿のフルネームが判明した。





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