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いつもと違う日常




 目を覚ました時にはすでに昼を過ぎていた。ベッドの上に起き上がり、携帯の画面をボーと眺める。なぜかトメからの着信とメールが何件かあった。何か用だろうか。

 面倒なので確認は後回しにし、寝室を出る。リビングを通り抜け洗面台に行き顔を洗う。そして、キッチンへと向かった。冷蔵庫を開く。中には見事なまでに何もなかった。

 無性に腹が減ってるというのに。買い出しに行かなければと考えながら、とりあえずコーヒーだけを淹れる。カップを持って、リビングへと戻った。

 ソファに座ろうとして、足が止まる。

 見知らぬガキがソファの上で眠っていた。

「……………………」

 あぁ、そうだ。昨夜拾ったのだとしばし考え思い出す。てことは、先程のトメからの着信やメールもこの事に関してか。心配して、様子を確認しようとしてくれたのだろう。

 マメな奴。

 小さく笑って、足元の方に腰かける。無性に腹が減ってる理由もわかった。ほぼ丸一日何も食べていないのだ。

 トメには連絡を入れておねば後がうるさい。けれど何も状況の変わってないまま報告しても、またここに来るとか言い出すに決まっている。

 こいつが目を覚ましたあとでいいか。面倒だし。

 ゆっくりと、コーヒーを飲みながら考えをめぐらす。

 とにかく、最優先事項は買い物だ。腹が減ってしかたがない。あと、濡れたままになっているこいつの服を洗濯しておいた方がいいのだろう。

 何となく、釈然としないものがあるがしかたがない。起きたらすぐに追い出せるようにしておかなくては。そういや、自転車を公園に放置したままだった。買い物のついでに、様子を見てくるか。

 チラリと、熟睡している幽霊の顔を見る。熱が下がってきているのか、気持ち良さそうに眠ってやがる。

 額のタオルを取り替えて家を出た。









 自転車は昨夜のまま、公園の街灯の脇にあった。買物袋を前カゴに入れ引っ張る。

 やはりというか、なんというか、自転車にも名前は書かれていなかった。故意に隠しているんじゃと勘ぐりたくなる。

 帰ったら、洗濯して飯食ってと考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。

「シキ!」

 ふりかえると、高校の制服を着た知り合いがゆっくりと堂々とした足取りで近づいてきた。口元に余裕の笑みを浮かべて。

「……桜子、今帰りか?」
「見ればわかるだろう?」

 上から目線の物言いに、一々腹をたてていたらこいつとの会話はできない。見た目だけならば可愛らしい部類に入るのだが。

「自転車、持っていたのか」
「いや……預かりモンだ」
「ほぅ?」

 先を促すような相づちにあえて無視をする。説明するのが面倒くさい。

「今試験中だっけか?」
「いや、試験は昨日終わった。今日はちょっと私用でな」
「ほぅ?」

 並んで歩きながら、当たり障りのない会話をする。何、たいしたことではないのだがと前置きして、桜子は言葉を続けた。

「生徒会の引き継ぎをして来たのだ」
「……………………」
「二学期からは私が生徒会長だからな。これから忙しくなる」
「…………お前、今年入学したばかりだよな?」
「あぁ。それが?」

 それこそ些末なことだというように、軽く笑う。

「私以上の適任がいないのだから、仕方あるまい。まぁ前生徒会長どのには軽く脅しをかけはしたが」
「……………………」
「何か言いたそうだな」
「…………いや?」

 納得はしていないのだろうが、そ知らぬふりをする。まぁ、いいと追求されることはなかった。

「それより、聞いたぞ。人物デッサン」
「……それなら、もう提出した」
「提出は…な」

 隣を歩く桜子を見ると、意味ありげに笑っている。何が言いたいのかは、わかっている。

「何、誰しも得手不得手はある。気にするな」
「気にしてねーてっ」

 つーか、今さらだ。

 なんで、落ち込んでもいないことに対して年下の女に慰められなきゃなんないんだ。

「どうせ、お前には不得手はないんだろ?」
「いや、あるぞ」

 意外な回答だ。

「他人に媚を売ること。世辞を言うこと。そして、謙遜。私は素直だからな。事実しか言えない」

 クスリと小さく笑うのがすぐ横から聞こえた。

「円滑なコミュニケーションのためには必要だと、わかってはいるのだが、嫌いだ。バカは切り捨てたい。シキ、お前もだろ?」
「……………………」
「シキ、その自転車、きちんと駐輪場に停めておけよ」
「わかってる」
「ならば良い。それでは、先に失礼する」

 言いたいことだけ言うと、桜子はマンションのエントランスへ姿を消した。他人の心の内にモヤモヤしたものを残して。

 考えてもしかたがない。自転車を置くため、駐輪場へと向かった。





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