オマケ・忍の憂慮
■□■□■
「お前なぁ、ガキはガキらしく遠慮なんかしねぇでわがまま言えよな」
「………」
「ちゃんと聞いてんのか?」
「………聞いてるよ」
「じゃあほら、甘えてみろ」
「………はぁ」
「ため息つくなって」
「わかった。じゃあ、わがままイッコ言っていい?」
「おぅ。どんとこい」
「わがまま言えとか、甘えろとか言わないで」
「………」
「じゃ、そういうことで」
「ちょっ、待て」
「何?」
「お前なぁ…」
「……遠慮して言ってるんじゃなくて、本当に何もないんだよ」
「………」
「…何かして欲しいこととかできたらちゃんと言うから、それまで待って」
「本当かよ」
「本当だって」
従兄弟がまた行方不明になった。
くそっ、やっぱGPS付きの携帯持たせときゃよかった。拒否られたんだけども。それか発信器。いや。アレはバレて外されたんだ。しかも白い目で見られた。左京にもそれはちょっとって。
けど、こういう事態に陥るならやっぱ付けときゃよかった。心配しすぎってたけど、備えありゃ憂いなしつぅじゃねぇか。
いや、まぁ、前ん時とは違って自発的にってのがわかってる分、まだましなんだが。けど、何か巻き込まれる可能性だってあんだし。
変な奴に連れてかれでもしたらどうすんだ。
あいつ、人目を惹く容姿してるくせに無自覚なんだよな。無自覚つーか、自覚したくないっつーか。認めんの、拒否してる節がある。
自分の嫌いなもん褒められたって、理解したくないってのはわかる。
それはわかるが、でもそういう問題じゃねぇんだよ。いくら拒否しようが事実が変わるわけじゃねぇんだ。
きっかりしっかり、自衛しろや。
ったく。あ〜も〜。何なんだよなぁ。
心配して実家戻ってみりゃ、翌日には連絡あったし。問題ないって、そりゃお前が決めることじゃねぇだろ。心配すんなっつーなら、何処で誰と何してんのかはっきりさせろってんだ。
仕事、大丈夫?だの、遅刻したの?だの一体何の心配してんだっていう変なメールばっか送ってくるくせに、こっちの質問には答えやしねぇし。つか、いつ誰が遅刻したよ。リンゴ飴おいし。ってだからどうした。どこの祭に行った。極めつけは、
ヅラなのか、そうではないのか。
それが問題だ。と続きそうな文面。本気で何してんだ。意味不明すぎて携帯に対してつっこんじまった。誰がヅラなんだよ。
帰ってくる気配全くないし、だからって家にいても仕方ねぇから、そうそうに自分の借りてるマンションに戻った。
どーすっかな。
光太は心当たりのある所、しらみ潰しに探してみるつってたし、いざとなったら左京がどうにかしてくれるんだろうが。いや、あんまあてになんねぇか。つか、そもそも左京の手を煩わせたくはない。
あて、あてねぇ。
どーすっかなぁー。
後手に回れば、最悪な状態に陥るって知ってるくせに、どうも腰が重い。確実にメールのせいだ。
なんの連絡もなけりゃとっくに動いてんのに、どうやら無事らしいって思っちまってるから動きにくい。せめて、このメールの信憑性がな。
ゴロッと、ベッドの上で寝返りをうち携帯を開く。
新着メールが一件。
内容・お腹空いた
「………は?」
あ。いや。違う。これはあいつじゃない。あれだ。あれ。
何なんだよ。ったく。勝手に飯食えばいいじゃねぇか。それともなにか、飯作りに来いってことか?オレはお前のかあちゃんかよ。
「………………」
盛大に息を吐いてから重い腰を上げた。
スーパーで買い物をして、木造の古い建物を訪れる。入り口には休業中の札。裏口に回ってみたが、鍵は締まってるし、電気はついてないし、人の気配もない。
やっぱいねぇか。
ため息一つ吐いて、すぐ横のボロアパートに入る。ギシギシと音の鳴る廊下を進み、端にある部屋の鍵を開ける。
「さぶっ」
ボロアパートのくせに室内はガンガンにエアコンが効いていた。
「おい。生きてっか?」
そんな部屋の真ん中で、タオルケットにくるまって踞っている奴を踏んづける。
返事はない。ただの屍のようだ。
ガシガシ遠慮なく踏み続ければ、ようやくもぞもぞ動き始めた。
「………寒い」
「エアコン消せよ」
「………不法侵入」
「飯、いらねぇんだな?」
「いる」
呼びつけておいて何言ってやがるんだ。着替えるように言いつけて台所に向かう。予想通り、冷蔵庫の中はほぼ空だった。
「………友也くん、家出してるのか」
「あ?何で……って、何してんだよ」
振り返れば、奴は勝手に他人の携帯を開いて見ていた。
「ずいぶん楽しそう。遊んでる?」
「あ?」
「明日はぶから始まってしで終わるのか…」
豚。武士。奉行所。分福茶釜とぶつぶつ呟き始めた奴を不審な目で見る。とりあえず、皿によそった料理を運ぶ。ちゃぶ台の向かいに腰を下ろすと、ん、と携帯を返された。
「お前、何で明日のメールの予測つけたわけ?」
「………バーカ」
「………」
無言で皿をこちらに引き寄せようとすれば、奴の手が皿を押さえる。誰に向かって口きいてんだってんだ。
「文章の、最初の文字続けて読めばわかるよ。初歩的すぎる」
最初の文字?
仕事のしに、遅刻のちに、リンゴ飴のりに………。
し・ち・り・づ・か・し・の
「………」
「ちなみに、最後の文字も」
ぶ・の・し・か・づ・り・ち
「〜〜〜〜っ」
「ね。遊んでる。楽しそう」
脱力してちゃぶ台の上に突っ伏すと、上から追い討ちをかけられる。
「遊ばれてやんの」
「オレ、お前、嫌い」
「知ってる」
友也の意図はよくわかった。こういうくだらないことする余裕があるから問題なし、ってことだ。つーか、気づかなかったらどーするつもりだったんだ。
と、いう内容のメールを送ったら翌日ちゃんと返事があった。
一巡目で解って良かったと。
何でも、づで始まるものが難関だったらしい。知るかっつーの。それからも、一日一言のメールは続いた。問い詰めるようなのじゃなしに、他愛ないものにならきちんとした返事が来る。
どこにいるのかわからないし、会いたい時に会えないのはちょっとアレだが、毎日来るメールが楽しみになっていた。
状況が変わったのは、九月を過ぎてから。光太から友也が見つかったと連絡があった。何でも、知らない男の所にいたらしい。
なんだそりゃ。
意味がわからねぇ。何で知らない奴、それも男のトコにいんだよ。挨拶に行くと言う左京に色々理由つけて、代わりに行くことにした。代わった旨、オレから連絡しとくっつって、しなかった。
したら、友也がどんな反応するかわかりきってるからな。
そして挨拶の当日、出迎えた友也の隣にそいつは立っていた。機嫌の悪さを隠しもせずに、睨んできていた。
誰がこんな得体の知れない奴に友也を渡すかよ。
何がなんでも連れ帰るつもりで言葉を重ねる内に、友也が切り札を出しやがった。真っ直ぐな眼差しで。
「これが、オレのわがままだよ」
どうして、今、それを言うんだよ。
ベランダの手すりから下を眺め、ポケットからタバコを取り出す。ふと、隣の存在を思い出し、すぐにしまった。
その行動に、相手は苦笑したように思えた。
「……何で、アレを今使うんだよ」
「言ったでしょ?その内使うって」
「七里塚の家が居心地悪いってなら、オレんとこ来いよ」
もとより、七里塚の家でなくオレが引き取るつもりでいた。今更、遅すぎるぐらいなのだ。今まで何度かかけた言葉を、改めてかける。
けれど、友也はゆっくりと頭を振る。
「違うよ。あの家が嫌なんじゃなくて、ここに、居たいんだ」
穏やかに、はっきりと言い切る。こいつのわがまま、きいてやりたいがこればかりは譲れない。何を心配しているかなど、わかりきっているはずなのに。
「……お前、わかってんの?」
「何が?」
はぁと、盛大に息を吐く。
「あいつは男だぞ」
「………女には見えないね」
まぜっかえす友也の頭を軽く小突けば、くすぐったそうに肩を揺らした。
穏やかな表情。
こんな顔を見たのはどれくらいぶりだろうか。自然と笑みがこぼれる。けれど、
「男は狼なんだぞ」
「……オレも男だよ」
「大体……得体が知れねぇじゃねぇか」
見ず知らずのガキを己の家に住まわせるだなんて、何が裏があるとしか思えなかった。
窓ガラスから部屋の中を見れば、奴は弟と話していた。
「しぃ、オレね」
まっすぐに前を見つめる横顔は清々しいほどにすっきりしたもの。
「誰も、オレを知らない所に行きたかったんだ」
「………」
さわりと風が吹いた。髪が揺れる。
「誰も知らない所で、一からやり直してみたかったって言うか、全部さっぱり忘れたかったんだ」
「………」
「皆、オレに気を使ってくれてるでしょ?気持ちは…まぁ嬉しいけど、でもそうするとどうしても思い出す。だから、誰も知らない所に行きたかったんだ……逃げ、なのかもしれないけど……」
「逃げなんかじゃねぇよ」
並んで前を向けば、遠くで飛行機が飛んでいる。
「そうやって、自分で立ち直ろうとしてんだろ?自分で考えて、自分の足で歩いてんじゃねぇか」
「………」
「……でも、平気なのか?あいつも……男なんだぞ」
「普通は男相手にどうこうしようとは思わないよ」
「そりゃそうだが……」
ふっと、友也が微笑む。
「ここに来てね、久しぶりにぐっすり眠れた気がしたんだ。熱があったってのもあるかもしれないけど…」
「……そうなのか?」
「うん。何か、居心地が良いんだ。だから、もう少しここにいたい」
「……なんかあったら、すぐ帰ってくるんだぞ」
「うん」
「無理、すんなよ」
「……ありがと」
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