オマケ・光太の葛藤
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オレの従兄弟ははっきり言ってすごく綺麗だ。
男相手にこんな表現おかしいけど、他にぴったりな言葉がない。美形だとかイケメンだとかじゃなくて、ただ綺麗なんだ。
髪なんか、同じシャンプー使ってるはずなのにサラサラのツヤツヤだし。肌も、夏でも長袖着てるせいで真っ白でスベスベで。日に焼けると真っ赤になって大変だから気を付けてるらしい。
目は切れ長で柳眉。日本人的な美しさを持っている。身長は同じぐらいだけど、あいつの方が圧倒的に華奢だ。
女顔じゃなくて中性的だけど、何度か女に間違えられていた。うん。
本当に血が繋がってるのかとか、同じ男なのかとか思う時もあるけど、羨ましいと思ったことは一度もない。
あいつが自分の顔を嫌っているのを知ってるし、その容姿のせいで嫌な目に合っているのも知っている。
酷かったのは中一の時。あいつはいじめを受けていた。何をされたか詳しくは教えてくれなかったけど、色々変な噂を流されていたのは知っている。
クラスが違ったから思うように庇ってやれなくて悔しい思いをした。なのに本人ときたら大して害はないから平気とかぬかしやがって。
何かあったら直ぐにオレのクラスに逃げて来いつったけど、結局一度も来なかった。一つ上の先輩と付き合い始めたら、終息したみたいで安心したけど。
別れてからはまたごちゃごちゃ言われてた。
高校に上がってからは同じクラスになった。ほっとしたのも束の間。一学期の学期末試験の最終日、あいつは姿を消した。
最後のテストの後、急いで教室を出たのには気づいていた。カバンもなくなっていたので、具合が悪くなって早退したのだと思った。
けど、家に帰ってもいなくて、未紗さんが自分探しの旅に行くとか言ってたと教えてくれた。意味がわからん。
メールにも電話にも返事はなかった。
夜になっても帰ってこなくて、忍の所に行ったわけでもなくて、左京は一晩様子を見てみようって。
でも、翌日になっても連絡はなかった。サキにそれとなく聞いてみたけど、知らないようだし、たまに行っているサキの溜まり場とかあいつのバイト先とか心当たりのある所にもいなかった。
心配した忍も帰ってきたけど、さらに一日たってようやく返事があった。
問題ない。心配しないで。
たったそれだけ。しかも、左京にも忍にもまったく同じ文面。慌ててどこにいるのか問い詰めるメールを送ったけど、それに対する返事はさらに翌日。
どっか。
それだけ。
ふざけるなぁっと、思わず携帯に向かって叫んでしまった。電話には出ず、メールの返信は一日一回だけ。それもひどく簡単なもので、肝心の質問ははぐらかすばかり。後はどうでもいいような話。
今日は涼しいねだとか、宿題やってる?だとか、台風ヤだねだとか、雲が綺麗だねだとか。
聞けば左京や忍のとこにも一日一言メールは届いているらしい。豆なのかなんなのか。
未紗さんは若いからねぇ何て言ってたけど。連絡があるから、とりあえずもう少し様子見ってことになったけど。
不安で仕方がない。
だって、時期が悪い。どうしてよりにもよってこの季節にいなくなるんだ。前の時と同じじゃないか。しかもそのせいで夏は不安定になりやすいくせに。
友達には心配し過ぎだとか過保護だとかからかわれるけど、違うんだ。
心配なんじゃない。怖いんだ。
前みたいに、知らない所で死にかけてるんじゃないかって。そう考えると怖くて堪らなくなって、夏休みの後半、あいつの留守電に泣き言を吹き込んだ。
みっともなくて、情けなくて、女々しいけれど、限界だった。
その晩は直ぐに長いメールが届いた。怖がることはない。本当に大丈夫だからと。泣かれても、傍にいないから慰められないと。
なら、帰ってこいよ。会いたい。会って、無事だと安心したい。
それは嫌。でも、嘘なんか吐かないから。だから大丈夫だよ。
それこそ嘘だろ。お前、どんなに辛そうでも大丈夫って言うじゃないか。
信用ないなぁ。
自業自得だろ。何で、帰ってくるの嫌がるんだよ。ここが、嫌になったのか。
違うよ。そんなわけない。ただ、今いる場所が居心地良くて、もう少しいたいんだ。その内帰るから。
その内って、いつだよ。
その内は、その内だよ。
相変わらず、肝心なことははぐらかされたけど、一晩中メールのやり取りをしていたら大分落ち着いた。
こっちが元気付けられてたら本末転倒だ。
でも、あいつ、どんなに辛くても平気なふりするんだ。辛ければ辛いと、悲しければ悲しいと言ってほしいのに。力に、なりたいのに。
こっちが、余計辛くなるのに。
その内帰る。そう言ったから、夏休みが終われば帰ってくるのだと思っていた。
なのにあいつときたら夏休みが終わっても、授業が始まっても、帰ってきやしなかった。また、怒涛の勢いでどういうことだとメールを送ったけど、返信は一日一通。一言だけ。
そんな折り、クラスの奴から駅近くであいつを見かけたと聞いた。
目撃情報のあった付近の捜索を始めた。そして、いなくなって一ヶ月以上たち、ようやく見つけることができた。
抱き締められるようにして、本当に無事なんだ、ここにいるんだとわかったら涙が出そうになった。
とにかく、まずは連れ帰って、話はそれから聞こうとしたら、あいつは嫌だと言い出した。そして、その隣には知らない人がいた。
目付きの悪い、でも格好いい、でもちょっと怖い感じの人。聞けば今までこの人の所にいたのだと言う。
その人は好きにさせてやれと言った。
何でだよ。そこは普通、帰れなんじゃないのか。
どうしていいかわからなくなって、オレじゃどうしようもなくて、兄の判断を仰ぐことにした。
ただ、終始睨んでいたその人に負けたみたいなのが悔しくて、挑むようなことを言ってしまった。
でも、どうして友也はこの人の所にいるのだろう。
「……脅されてるとか?」
「でも、一緒に出かけてたんでしょ?」
「まぁ…」
「とにかく、今はそのシキさんの所にいるんだね?」
「うん。どうする?」
「その人がどんな人かわからないけど、なるべくなら友也の望むようにしてあげたいね」
少し困ったように言う左京に、驚いた。もしかして、左京は後悔しているのだろうか。友也を引き取ったこと。あいつは望んでなかったんじゃないかって。
あんな所にいたら、傷付くだけなのに。
「まずは一度その人に会ってみないと」
忍が強引に代わった様子見にオレもついていった。やっぱり、自分の目で確認しなきゃ安心できないし。
でも、何て言うか、色々あった不安も着いたら全部吹っ飛んでしまった。
「いらないって言われたら仕方ないけど……」
「いる」
そう言って見つめ合った二人はお互いしか見えてなくて。友也は見たこともない満ち足りた顔してるし、ずっと不機嫌だったシキさんも優しい眼差しで。
完璧二人の世界?みたいで、何か、通じ合っててすごく居心地が悪かった。忍は普通に声かけてたけど。
挙げ句が、
「あいつの嫌がるようなことはやんねぇよ。オレは、あいつに、ここにいてほしいからな」
そんな、聞いてる方が恥ずかしくなるようなセリフを平然と言ってのけられたら、もう何も文句は言えなくなった。
二人の間の空気だとか、眼差しだとか、そんなものが頭から離れなくてその夜はなかなか寝付けなかった。
なかなか寝れなくて夜中に台所に向かうと先客がいた。
「……サキ?」
「ん?光太?まだ起きてたの?」
「お前こそ、いつ帰って来たんだよ」
「あー…今?」
外泊の多いこいつは、夏休みの間は一度も帰ってこなかった。
「そういや、友也、見つかったぞ」
「へぇー」
気のない返事に眉をひそめる。何かおかしい。もしかしてこいつ居場所知ってたんじゃ。
「……シキって人のとこにいたんだけど…」
「どーかした?悩みがあるなら聞いてあげるよー?」
からかうようなもの言いに、少しだけムッとする。
「そんなんじゃねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「ただ、何つーか、二人の空気が…」
「うん」
「あいつが……あんな安心しきってるの、お前と以外で初めて見たから……」
「まぁ、あたしは付き合い古いからね」
「でも、シキさんは会ったばかりなのに……?」
「居心地、いいんでしょ?」
居心地。
「……何で」
「何で、なんて…」
ククッと、サキが笑った。
「好きとか嫌いに、理由なんていらないっしょ」
「それは…」
「時間だって、同じだよ」
それをお前が言うのか。
こいつは、何か、苦手だ。傍にいても、時々ひどく遠くに感じる。それは友也も同じなんだけど、こいつの場合は得体が知れなくて落ち着かない。
それでいて、友也との間には深い絆が見え隠れしている。疎外感を覚えてしまうときがある。
ふと、思った。
こいつは知っているのだろうかと。そして、シキさんは聞いているのだろうかと。
五年前の夏、あいつに何があったのかを。
オレは、何も知らない。
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