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一時帰宅




 バイトから帰ろうと裏口で自転車の鍵をはずしてると、声をかけられた。

「椿?」
「……ヤエ?」
「こんなところで何してるの?」
「バイト。ヤエこそ」

 ニコニコと近づいてくるヤエに、首をかしげて答える。

「オレはそこのアパートに住んでるから。バイトってここで?」
「うん」
「すごい偶然。オレここよく利用してるんだ」

 歩き始めたヤエにつられて自転車を引っ張る。何故か並んで歩くはめになっていた。

「そうなんだ。あまり接客してないから知らなかった」
「そっか。もっと早くに知り合えてたかもしれないんだね。残念」
「………」

 どう返せばいいのだろうか。

「そういえば、まだシキのところにいるの?」
「え?……あ、うん」

 返答に窮していると、話題を変えてくれた。

「保護者の許可も得たし、しばらくはいるよ」
「へぇ〜。良かったね」

 キラキラとした笑みが、何だか眩しい。何なんだろう。

「椿はまっすぐシキの所に帰るの?」
「うん」
「オレはこれから悟のとこ行くんだけど、一緒に来ない?」
「………遠慮しとく」
「え〜?何で〜?そんなに早く帰ってシキに会いたいの〜?」
「うん」
「………………」

 ん?何か静かになった。

「………え?シキに早く会いたいの?」
「ん?うん」

 何で同じことを二度も訊ねるのだろうか。ちゃんと答えたのに。

 不思議に思って隣に目をやると、驚いたように凝視されていた。本当に何なんだろう。

「………何?」
「………いや、冗談のつもりだったから…」
「あぁ…そうなんだ」
「何か、ちょっとビックリした」
「ん?」
「そんなにあっさりと肯定されるなんて思わなかった」
「……そう?」

 けど、事実なのだし。

 何をそんなに驚いているのかよくわからなくて、首をかしげる。

「……でも、そっか。じゃあ、本当によかったね。一緒にいられて」
「うん」

 多少強引な手を使ったけれども。

 悟にご飯作ってあげるんだと、嬉しそうに話すヤエとは途中で別れ、マンションへと戻る。

 駐輪場に向かうためマンションの前を通ると、中にシキが見えた。もう、帰ってきたんだ。思ったより早い。

 早く自転車を置いてこようと思って、けど足が止まる。

 シキの隣に、知らない女の子がいた。

 少し目元がきついけど、人形のようにかわいらしい。長い黒髪はふわふわしている。シキの様子はよく見えないけど、その子は楽しそうに笑っていた。

 前に言ってた彼女だろうか。

 家に連れ込む気はないって言ってたのに、気が変わったのだろうか。邪魔になるから、帰らない方が良いのだろうか。

 そんなことを考えながらも、自転車を駐輪場に置き、足はしっかりと部屋に向かっていた。

 エレベーターホールには何故かシキが一人で立っていた。隣には、誰もいない。

「シキ」
「あ?……あぁ、出かけてたのか?」
「うん。ただいま」
「あぁ…めずらしいな」

 わずかに驚いた様子のシキに、肩を竦めて答える。

 確かに、めずらしいけど、一人で外に出るのは初めてではない。いつもシキがいない内に出て戻っている。

 降りてきたエレベーターに二人で乗り込む。隣に立つシキをそっと盗み見た。

 さっきの子はどうしたのだろう。やっぱり彼女なのかな。それにしては不機嫌そうに見えるのだけれど。

「椿」
「ん?」

 前方を睨み付けたまま、シキが口を開く。

「今晩、飯必要ねぇから」
「ん。わかった」

 いつもなら出掛ける前に言ってくれるのに。そして、そのまま割りと遅くまで帰ってこないのに。一度帰ってきたのに、また出掛けるのだろうか。

 さっきの子と、食事に。

 せっかく、帰ってきたのに。

 じっと眺めていると、ふと視線が合った。すぐにそらされてしまったけれど。シキが、小さく息を吐く。

 何か、声をかけようかと思ったところでエレベーターのドアが開いた。

「あ、そうだ。これ」
「ん?」

 部屋に入ってから、シキに封筒を渡す。怪訝そうな顔でをされた。

「生活費」
「………あぁ」

 ますます眉間にシワを寄せ、じっと手元の封筒を見つめる。やおら、突き返された。

「ん?」
「家事代とモデル代」
「……相殺しろと?」

 返事はなく、ただ口元に笑みを乗せている。当たり前だとでも言うように。その態度に、眉をしかめるしかなかった。

 てか、中の確認すらせずに。

「………好きにしていいって言ったくせに」

 恨みがましく呟けば、シキはますます笑みを深める。

「好きにしろとは言ったが、受けとるとは言ってねぇ」
「……何それ」

 どんな屁理屈だよ。

「大体、お前が金の事気にしてるとは思わなかった」
「そりゃあ……気にしてなかったし」
「あ?」

 先ほどシキが言ったように、相殺されているつもりでいた。

 確かに、最初は助けてもらったお礼のつもりだったけど、途中からは置いてもらってる代わりになっていた。

「けど、忍が…」

 出した名前に、シキの表情がわずかに険しくなる。

 結構、悪印象のようだ。先日の事を思えば仕方ないのだけれど。

「気にするこたねぇだろ」
「気にするよ。オレのせいでシキが悪く言われるのは嫌だ」
「あ?」

 何の見返りもなく、赤の他人の面倒を見るなんておかしい。得体が知れないだの、何か裏があるだの、企んでるだの。

 心配して言ってくれてるのはわかるけど、好意的に思っている相手の事をああも言われると良い気はしない。

 何となく、シキは誰に何を言われようと気にしない感じがする。でも、シキが気にしなくてもオレのせいで悪く言われるのは我慢ならない。

 それも、ここにおいてくれていることが理由で。

「気にするって……そっちかよ」
「……ん?」

 ボソリと何事かを呟かれ顔を上げると、そらされてしまった。けれどまたすぐにこちらを向く。そして、じっと封筒を眺める。

「……なら、それは食費に回せ」
「ん?」
「お前が作るんだ。好きな材料買ってこいよ」
「……あぁ、そっか。わかった」

 そういうことか。まぁ、それはそれでありか。受け取ってはもらえなかったけど、それなら体裁はとれている。





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