乱入者
「友也っ!」
日の暮れ始めた帰途。椿と並んで歩いていると、突然背後で大きな声が響いた。何事かと振り返ると見知らぬ少年がこっちを凝視している。その視線の先には椿が。
「……光太?」
呟く声が隣で聞こえた。その呟きに、少年は弾かれたように我に返り走り寄ってくる。ガシリと、力強く椿の腕をつかんだ。
「おまっ、やっと、今までっ!?」
食いかかる少年を椿は落ち着いてと宥めようとしている。
「つーかメールの返信ぐらいきちんとしろっ!!」
「してたよ………一割ぐらい」
「それがしてたって言えるかっ!しかもはぐらかすばかりで電話にはでねぇしっ!ど……どんだけっ、オレがどんだけ心配したと思ってんだよっ!?」
「うん。そこはごめん」
言って、椿は掴まれていない方の腕で少年を抱き寄せる。自分と同い年くらいの少年の背を、幼子に対するように優しく撫でる。
「大丈夫だから泣かないで」
「誰が泣くかっ!」
言いつつも、額を肩に押し付けたまま、離れようとはしていない。だから説得力はまるでない。
何なんだ。このガキ。
親しい間柄なのだろうということはわかるが、面白くない。突然現れ、わめき出す。しかも椿の事を知らぬ名で呼んでいた。
自分がまるでこの空間においての異物になったように感じられ、自然と眉にシワがよる。
何となく不愉快で、先に歩を進めようとしたら椿に視線を寄越された。
声には出さず、待ってと。
足を止めた。
「……メールなんて…本当にお前が送ってるなんて保証ねぇだろ?姿見れなきゃ、安心なんてできねぇよ。また、前みたいに……」
「大丈夫。大丈夫だから」
「とにかくっ」
ようやく顔をあげ、至近距離から椿を睨み付ける。
「話は後だ。まずは帰るぞ」
「それは断る」
「………は?」
呆けた少年と同様に、こちらも軽く目を見開く。今の流れでは出てくるはずのない言葉が聞こえた。
「な…何言ってんだっ!?」
「だから、それは断る」
「繰り返すなっ!どんだけ心配したと思ってんだっ!?」
「うん。だからそれはごめん。でも、それとこれとは話が別だよ」
「あーもうっ別じゃねだろ?何でお前そう変なとこで強情なんだよ」
呆れたように長いため息をつき、頭をガシガシと掻く。それでも、決して逃がしはしないというように腕は掴んだまま。
「大体、お前今までどこにいたんだよ。心当たり全部探したのに見つかんなくって…本当にどっか遠くまで行ったのかと思った」
「……どこって…」
椿がチラリとこちらを見る。つられてこちらを見た少年は、ギクリと体を強張らせ、わずかに椿から身を離す。
「シキの所」
「……シ…シキさん?」
「よう」
声をかければ後ずさった。腕を掴んだまま。
「あ…えっと、友也がお世話になりました」
………友也。
「……ご迷惑をおかけしました。こいつはオレが責任をもって連れ帰ります」
「必要ねぇ」
「………え?」
「そいつは帰りたくないんだろ。好きにさせてやれ」
「そんなわけには……っ」
視界の中で椿がこちらをじっと見つめていた。一瞬、伏せそれから少年に向き直る。
「光太、今は見逃して。お願い」
「……っ」
先程までの勢いは何処へやら。そのたった一言に少年は言葉を詰まらせる。
何なんだ。
「な…に、考えてんだよ」
「色々と?」
嘘つけ。
心の中で間髪入れずつっこんだオレに対し、少年は全く違う反応を見せた。
「そりゃ…そうだろうけど…」
その姿に、顔をしかめる。
自分の知っている‘椿’と、こいつの知っている‘友也’はまるで別人だ。
「光太、お願い」
「………」
二人がしばし見つめ合う。
少年にしてみればそんなわがままをきかなければならない道理はない。けれど何故‘お願い’等という単純な言葉に動揺を見せるのか。
普段、ボケッとしている椿を指して、何を考えているというのか。
やがて、根負けしたのは少年の方だった。
「………わかった」
腕をようやく放し、それでも恨みがましそうに椿を見る。
「けど、左京には言うからな」
「うん。ありがとう」
それから少年はこちらに向き直る。目が合うと一瞬、怯えた様子を見せたがすぐにペコリと頭を下げた。
「シキさん、こいつの事、もう少しだけお願いします。すぐに迎えに行きますんで」
あげた視線には敵意と警戒心が混じっていたが、それ以上に困惑の色が見てとれた。
軽く返事をすると、何かを諦めたかのようにため息をつく。そしてもう一度椿に視線を戻した。ひどく、気遣わせげな眼差しで見つめ、そっと髪を撫でた。
「本当に、大丈夫なのか?」
「うん。平気」
困ったように、それでも安心させるように僅かな笑みを椿は浮かべる。
まだ何か言い足りなさそうにしながらも、少年は去っていく。その姿が見えなくなってから、椿が口を開いた。
「シキ」
「あ?」
「さっき、おいていこうとしたでしょ」
恨みがましそうな視線を向けられた。
「一緒に帰るって言ったのに」
「………」
そういや、そんなことを言っていた。もしかしてその言葉のためだけに駄々をこねていたのか?
「………何?」
「………いや、帰んのか?」
何処へとは問わない。
「………」
返事はない。
一緒に帰ると言った場所へなのか、連れて帰ると言われた場所へなのか。ただ、ほんの一瞬、椿の顔が苦し気に歪んだのを見た気がした。
確かな言葉は何一つないまま、並んで歩き始める。地面に二つの影法師がのびる。
「……光太は従兄弟なんだ」
「ほぅ?」
何も訊ねていないのにポツリポツリと椿が話し始める。
「一緒に暮らしてて、一緒の学校に通ってて…」
クスリと、小さく笑う気配が隣からした。
「同い年…てか、オレの方が数ヶ月年上なのに、ちょっと心配性で」
淡々とした口調には、それでも愛情が込められている。
「普段はそんなことないんだけど、具合悪くなったり、沈んでたりすると自分の事みたいに辛そうにして」
赤く染まり始めた町並み。隣から聞こえる静かな声が耳に心地よい。
「……本当に、良い奴なんだ」
「仲、良いんだな」
「うん」
誇らしげな返事。
抱き締めたり、髪を撫でたり、男同士にしてはスキンシップが過剰に思える。にもかかわらず、違和感を覚えさせないほど自然な空気だった。
当たり前のように、触れていた。
「……椿」
「んー?」
気のない返事。
隣を見ると、何故だか寂しげな横顔が目に入って、その表情に自然と身体が動いていた。
そっと、手をのばす。
「シキっ!」
触れる寸前に声がかけられて、舌打ちしそうになった。
「シキ?どうかした?」
「……何でもねぇ」
首をかしげ見つめてくる椿から視線をそらし、駆け寄ってきた月都を見る。
「椿も。何やってんだ?」
「ん。帰るとこ」
「ふ、二人で出かけてたのか?」
「違うよ。さっきそこで会ったから」
「そ、そっか」
ほっと胸を撫で下ろした月都の頭の上に乱暴に手を乗せる。
「うわ、何すんだよ」
「それよかお前よく生きてたな。間に合ったのか?」
「う、間に合うわけないだろ…めちゃくちゃ叱られた」
「自業自得だ」
喉の奥で笑い、髪をわしゃわしゃ撫で回すと、恨みがましそうな目で見てきた。
「……子供扱いすんなよ」
文句を言いながらも全く抵抗しようとしない態度に、椿がクスリと小さく笑った。
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