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ギフト




 ■■■■■

「…………」
「…………」

 場所は悟の家のリビング。特に用はないが訪れて、ソファの上を占領している。ひまつぶしとばかりに、興味もない雑誌をめくっていた。内容は全く入ってこない。ただ機械的に手を動かしているだけ。

 こうして、用もなく悟の家に来ることはよくあった。少し前から人の出入りか多くなっていたので足が遠ざかっていたが。

 遠因には椿を拾った時の電話もある。軽く腹がたったので、しばらく連絡を絶っていた。いつまでも引きずるようなことではないので、こうしてまた来ている。

 しかし、なぜか視線を感じる。仕事をしているのか趣味なのか知らないが、悟はノートパソコンに向かっていた。そのキーボードを叩く音が、先ほどから聞こえない。

「…………」
「…………んだよ」

 無言で見つめてくる悟に顔をしかめれば、いいやと首を横に振る。そしてノートパソコンに視線を戻し、キーボードを打ち始めるがしばらくするとまた手が止まる。じっとこちらの様子をうかがう。

「……おい」
「あぁ…悪い」

 手にしていた雑誌をバシンととじ、さっきから一体何なのだと無言で問う。悟は一度視線をさ迷わせ、それから口を開いた。

「……あまり、変化がないなと思って」
「あ?」
「さすがに一ヶ月以上も一緒に暮らしてれば少しは愛着がわいて、寂しがるかと思ってたんだ」
「……寂しがる?」

 悟の言葉が全く理解できず、眉をひそめた。

「……ほら、あの椿って奴、もう帰ったんだろ?」
「いや」
「は?」
「まだいるぞ」

 さらりと告げた言葉に、悟は一度カレンダーに目をやった。つられて見れば、今日は九月六日。

「……あいつ、確か高校生だったよな」
「あぁ」
「お前の所から学校行ってるのか?」

 宙に目をやり、様子を思い出す。そんな気配は一切なかった。

「……もう、学校始まってるはずだぞ」
「……あぁ」

 そう言われてみれば、確かにそうだ。そこでようやく悟の言わんとしていることが飲み込めた。

「……一つ気になってたんだが、あいつが来たのは七月の半ばなんだろ?」
「だな」
「その頃って普通、学期末試験なんじゃないか?」
「…………」

 大分前のことなのでよく覚えていないが、そうだったかもしれない。拾った翌日に会った桜子が、前日に試験が終わったと言っていた記憶がある。

 悟に不安そうな表情を向けられた。

「……あいつ、ちゃんと学校に行ってるのか?」
「…………」

 ちゃんと自分で考えているだろうと言ったものの、半ば以上悟に強制される形で確認をとるはめになった。

「ん?平気」

 ソファの上にいつものように座って、ヒトのスケッチブックを開いて眺めていた椿が顔をあげる。

 何の前置きもなく直に訊ねれば、何の心配もないと答えられた。

 ほら見ろ。平気だったじゃねぇか。

 安心したのもつかの間。次の言葉に立ち去ろうとしていた足が止まる。

「もう、留年決まってるはずだから」
「…………」

 それは平気とは言わねぇだろうとか、留年決まるの早くねぇかとか言いたいことは色々あった。けれど、どれから口にすればいいのかわからない。その様子に気づいたのであろう椿が、わずかに首をかしげる。

「……ほら、梅雨長かったから」

 だから何なんだ。
「雨降ってると憂鬱になるんだよね。外、出る気になれない」
「…………」
「それに、試験も落としたし」

 だとしても、一学期で留年決定は早すぎる。しかし、口を出すつもりはない。関係ないのだから。

 椿の隣に腰を下ろす。なぜだかこいつは横を向いて座っているので、ちょうど正面にくる形で。そして、手元を覗き込んだ。

「まぁ、いい……それより、またそれ見てんのか?」
「え?あ、うん」

 ダメだったかなと呟いているが、そういうわけではない。ただ、そこまで気に入られると妙に面映ゆいのだ。

 スケッチブックに描いた寒椿の絵。軽い気持ちで描いたそれを、椿は気に入っているのかよく眺めていた。

 自分と同じ名の花だからなのだろうか。

「…………」
「え?」

 椿の手からスケッチブックをとり、そのページを切り取る。差し出せば、椿はわずかに目をまるくした。

「……くれるの?」
「気に入ったんだろ?」
「っ、ありが、とう。すごく、嬉しい……」

 この上もなく、幸せそうな表情。普段の淡々とした雰囲気ではなく、まとう空気すら喜びに満ちていて言葉を失った。たかだか紙切れ一枚。ここまで喜ばれるとは思っていなかった。

 初めて見る‘絵’に目を奪われる。

「……好き、なんだ」

 噛み締めるように、ゆっくりと。愛しそうに絵を撫で、顔をあげる。

「すごく、好きなんだ…」

 まっすぐに告げられた言葉。わずかに心臓が跳ねた気がした。

 絵に対して、花に対しての言葉。なのにわずかに上気した頬や弾む声に、錯覚に陥りそうになっていた。

「……本当に、ありがとう。お守りにするね」

 …………お守り?

 意味のわからない言葉に、現実に引き戻される。

「お守り?」
「うん。お守り」
「…………」

 全く意味がわからないか、本人が満足そうなので気にしないことにした。嬉しそうに絵を見つめている椿の頭を、一瞬撫でてやりたい衝動にかられたのは、きっと気のせいだ。







 ―――すごく、好きなんだ…

 その言葉が、表情が頭を離れない。

「シキ君?何か良いことでもあった?」
「いや」
「そう?なんか楽しそうだったからさ」

 首をかしげたままのセンパイに、肩をすくめて話を打ち切る。まだ暑さの残る昼下がり、センパイと連れだって公園の中を歩いていた。

「お、やってる、やってる」

 楽しそうな声に目をやれば、確かに前方ではフリマが開催されていた。元々は通常のフリマだったのだろうが、美大の近くのせいか、自分の作品を並べている学生も多い。

 テンション高めで店を覗いて歩くセンパイを、一歩下がってついていきながら眺める。

 ふと、足が止まった。

「ん?シキ君、何か気になるのでもあったー?」

 先を歩いていたセンパイが戻ってきて横に並ぶ。けれど返事をせずに、その場にしゃがみこんだ。

「根付け?」

 センパイも同じように隣にしゃがみこむ。シートの上には、幾つもの根付けが並べられていた。その中の一つ、先ほど目に入って興味をひかれた物に手を伸ばす。

「あ、かわいい。これ手作り?」
「もちろん。ペアのもあるぜ」

 店主の、赤髪の若い男が勧めてきたのは比翼の鳥を象ったもの。二つで一組のそれは、明らかに恋人同士向けだ。

「ん〜、こっちの方が趣味だな」

 そう言ってセンパイが手にとったのは髑髏に蛇が絡み付いているもの。まぁ、黒沼と親しくしているのだから、驚くことではない。

 もう一度、手元の根付けに視線を戻す。

「……これとそれでいくらだ?」
「お、まいどあり」
「え?」

 二つ分の料金を支払って立ち上がると、センパイはわずかに目をまるくしていた。

「あ…ありがとう」

 笑みで答えて、手の中の根付けを確認する。親指でそっと、表面を撫でた。さて、買ったはもののこれを一体どうしようか。

 椿の花を象った根付けを。





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