おまけ・謎の少年2
「え?家出じゃないよ」
「なら何なんだ?」
「……自分探しの旅?」
疑問系で答えるな。
「ほら、今夏休み。青春真っ盛り。そういう無意味なことに全力を尽くしたい年頃なんだよ」
全力を尽くしている様には見えない。そもそもそういうタイプではないだろ。自分でそういっている時点で、違う。
「旅ならきちんと旅しろ」
「旅って言ってもこの場合、非日常の中に自分を置いてみて、それで新しい経験を積むことを指すと思うんだ」
「…………」
小賢しいな。
「……新しい経験積めてるのか?」
トメの問いに椿がふと遠い眼差しになる。
「……一日中何もしないって初めてだな」
「さっき、飯作ってるって言ってなかったか?」
「あぁ…それは割と日常」
「なら、かわんねぇだろ」
「家にいると、何かしてなきゃ落ち着かないんだ。シキの所だとのんびりできる」
ふんわりと椿がはにかむ。嬉しそうに。
面白くない。
隣を見れば、シキは手元の小さな紙袋を弄びながら話を聞き流していた。興味がないとありありと態度が語っている。少しだけ、溜飲が下がる。
その紙袋は一体何なのだろうか。やけに大事そうに見えるが。
「お前な、他人の家でくつろぐなよ」
呆れたようなトメのぼやきに、椿は少し困ったように首をかしげた。
「……家出じゃないとしても、名前は何なんだ?」
「だから、椿」
シキと全く同じ返答をするな。
「フルネーム」
「……四季崎椿」
「…………」
「ほら、オレ、シキの弟」
「……それ、まだ続けるのか?」
「うん」
トメのげんなりした問いに、あっさりと答える。頭が痛くなってきた。
「やっぱ、家出かよ」
「違うよ。それにオレだって聞いてないんだから、そっちばかり聞くのは不公平でしょ?」
「オレは五月女藤馬だ」
自分が訊いてないのだからそっちも訊くなと言外に椿が言った。それに対して訊かれてもいないトメが名乗る。自分が名乗ったのだからお前も名乗れと。
「…………一夏の幻想に現実を思い出させるなんて、野暮だよ」
そのいいわけは、少し苦しい。
それにしてもなぜ頑なに名を告げるのを嫌がるのだろうか。ここまで来るともう椿と言うのも偽名なのではと思えてしまう。
「幻想も現実もないだろ。なぁ?」
「…………ん?」
トメに同意を求められたシキが、ようやく顔をあげる。前言撤回。話を聞き流していたのではなく、聞いていなかったようだ。何かもう、色々とどうでもよくなってきた。
「はぁ…………シキ、トメ、これやる」
「………ん?あぁ、また出たのか」
「…………」
取り出した本をトメに渡す。シキは手を出さなかったので、目の前に置いた。きちんと持ち帰ることは知っている。
「……?」
首をかしげた椿に、トメが受け取ったばかりの本を渡す。表紙を眺めて、パラパラめくり、奥付けに目を通す。そしてぽそりと呟いた。
「………あぁ、新刊出たんだ。でもなんで?」
「………お前、読んでるのか?」
驚いたトメに同感する。意外だ。ふてぶてしい生意気なガキかと思ったが、なかなか見所があるではないか。
「読んでるって言うか、読んだ。シキの所にあったからひまつぶしに」
ひまつぶしかよ。やっぱりかわいげのないガキだ。
「こいつが作者」
「…え?…あぁ二階堂悟…そっか」
そういうことかと何やら納得顔。
「だから、シキの所に全冊揃ってたんだね」
「…………」
別に、疑っていたわけではないがそういう台詞を聞くと、本当にシキの所にいるのだと納得してしまう。面白く、ないな。
「こいつの本読んだ奴、初めて見た」
「トメは読んでないの?」
「途中で眠くなったからな」
「ふぅん」
「面白いか?これ」
「面白いって言うか……」
ちらりと椿がこちらの様子をうかがう。少し困ったように。まさか本人の目の前でつまらないとか暴言を吐く気じゃないよな。
「興味深いよ」
面白いと興味深いでは微妙にニュアンスが違う。
「ほぅ……どう興味深かったんだ?」
困らせてやりたくて問いを重ねるとまた首をかしげた。……どうでもいいが、頭を動かす度に髪の毛がさらさら揺れるのがカンに触る。どれだけ綺麗な髪してるんだ。男のくせに。
「何か…小説じゃなくて資料みたいなとことか、別々の話みたいで結構繋がってるとことか」
「繋がってる?」
「登場人物とか全部バラバラだけど、話の中に出てこない黒幕?が一冊除いて共通してるって思ったんだけど」
違ったかなと呟く椿に、正直感心した。明記はせず、わずかにほのめかす程度にだけ出した。話に絡めることはなく、自己満足のためだけに。だから、わかる奴にだけわかるようにしたつもりなのに、まさか全く関係ないのに気づく奴がいるとは。けど、
「一冊除いてってのはなんだ。全部同じだ」
「あれ?違った?何かそんな感じがしたんだけど」
全て同じように扱っている。そもそも登場してない人物だというのに何を根拠に別人と思ったのか。
なおも納得できない様子の椿は放って、しばらく雑談をした。
帰途についた時には、来た時と同じく隣にトメがいた。シキと椿は一緒に帰った。本当に同じ所に帰るのかと思うと、なんだかとても気に入らない。
「…………悟」
「何だ」
「あんま余計なことすんなよ」
「……余計なことってなんだ余計なことって。大体余計な世話やいてんのはお前だろ」
「…………ぐ」
椿を連れて外に出た時、何を話したのかは知らないが予想はつく。お節介なこいつのことだから、余計な気でも回したのだろう。様子を見る限り、効果はなかったようだが。
「それより、お前あいつのこと知ってたんだな」
「…………」
あえて冷たく言い放せば、奴は無言になった。その態度が肯定と答えている。
「知ってたんだな」
「…………あー、もうっ!電話があったんだよ!夜中に。人拾ったって!」
「ほぅ」
「家にいるつってたからてっきりお前のとこだと思って行ったら、お前にこきつかわれるし。目、覚ましたってトコまでは聞いたけど、てっきりそれでもう出てったと思ってたんだよ」
それでも、なぜか不安が付きまとい、連絡しようとしたが繋がらず、シャーウッドへ赴いたと言う訳らしい。
「……あれの前日に連絡あったのか?」
「あぁ。夜中にな」
「正確には何時ごろだ?」
「…………?」
質問の意図が理解できないながらも、トメは携帯を取り出すと着歴を開き渡してきた。
そこに表示されたシキからの着信日時を見て、わずかに笑みを浮かべる。
あの、訳のわからない電話のあった数分後。つまりは、オレにかけてから、トメにかけたというわけだ。それならいい。
あの腹立たしい紹介の仕方も納得だ。めずらしく電話したのに、おそらくオレはろくに受け答えしなかったのだろう。それでふてくされてああいう紹介の仕方になったのか。
「ん」
「……」
閉じた携帯を突き返すと、トメがなぜか微妙そうな顔をしていた。
「なんだ?」
「あー…いや。なんでもねぇよ」
訳のわからない奴だ。
トメとは途中で別れ、しばらくふらついてから帰った。辺りが夕闇に染まり始めた頃。
玄関の鍵はあいていた。合鍵をサキちゃんに渡してある。図書館での勉強が終わってまた来てくれたのだろう。
夏休みに入ってから一度も家に帰らず、友達の所を泊まり歩いているらしい。家にはきちんと連絡を入れているらしいので、心配はしていない。椿のように会ったばかりの人の家に転がり込むようなこともしていない。
玄関には靴が並んでいた。一足はサキちゃんの靴。男物のスニーカー。そしてもう一足。オレのでもサキちゃんのでもない男物が。
「……………………」
廊下の先から、楽しそうな笑い声が聞こえる。何だか、とてつもなく、嫌な予感がする。
今すぐ回れ右して出ていきたいような。
いや。ここはオレの家なのだからなぜ出ていかなくてはならない。それでも、気配を消すようにしてリビングに向かってしまったのは仕方ないと思う。
「あはははっ!うっそ、そうだったんだ?」
「そーそー。信じらんないでしょー?」
「だって、何でそんなっ…くくっ」
「笑いすぎだってー」
リビングのドアの向こうから聞こえてくる、サキちゃんの笑い声。そして、もう一人の声。
思考が止まる。
何で奴がここにいるんだ。
目の前で、ドアが開く。
「――――っ!?」
「あ、やっぱり悟だ。おかえりなさーい」
ガバッと勢いよく抱きつかれた。
「何でお前がここにいるんだっ!?」
「えー、サキにご招待されたんだよ?たまたま会ってさ、ね?」
「うん。だって悟料理下手じゃん。そいつ上手いから作ってもらおうと思って」
「そーそー。悟のためにたっぷり愛情込めて作ったげる」
「良かったねー悟。愛されてて」
「良くないっ!!てかサキちゃん誤解だ!オレにはサキちゃんだけ」
「えー、オレ悟の愛人なのに。それはないんじゃない?」
「悟冷たいー。愛人なら優しくしたげなよ」
「―――っ!?てか、いい加減離れろっ!!」
「えー」
どこの世界に年下とはいえ、自分よりでかくなった男に抱きつかれて喜ぶ奴がいるんだ。
「で?会えたの?」
「え?」
「シキに会いに行ったんでしょ?」
「…………」
会いに行ったわけでは決してない。けど、見透かしたかのような笑みを浮かべるサキちゃんに見つめられると、否定できなかった。
シャーウッドでのことを軽く話す。もちろん椿の事も。
すると、夕食の準備をしていた奴が興味を示した。
「へぇー、そのコ、シキのとこにいるんだ」
「あぁ」
「ちょっと会ってみたいかも」
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