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おまけ・謎の女性




 □■□■□

 彼女には好きな人がいた。

 その感情は恋愛より圧倒的に憧れに近いものだったが、この際特に関係はない。本人が恋愛と認識していれば、それがどのような感情だとしても恋愛感情だ。

 相手は同じ美大の学生。話したことすらない。ただ遠くから眺めているだけの状態。

 何とかして近づきたい。恋人は無理だとしても、せめて友人関係にはなりたい。それすら、とうてい難しいことなのだが。

 彼女の性格とか相性とかではなく、問題は相手にあった。彼女の想い人はいわゆる一匹狼的な存在なのだ。少なくとも校内で友人と呼べそうな人物は一人しかいない。校外ではどうなのかは知らないが。

 とにかく、そういうことで想いを寄せてはいるものの近寄りがたいことにかわりはない。それでも、話してみたいという気持ちは押さえられない。

 思い起こせば、きっかけは去年の学祭。展示されていた彼の絵から全ては始まった。

 一軒の古民家の絵。妙に郷愁を誘われるその絵に、どんな人の作品なのだろうと興味を持った。それが彼の作品だと知った時には大いに驚いた。イメージが全く違ったのだ。

 どこか怖い雰囲気の彼。その人がこんな優しくて懐かしい絵を書くなんてと。言ってしまえばギャップ萌え。クラスの不良が雨の日に捨て猫を拾うのを目撃した気分だった。

 怖い、近寄りがたいと思う。それでも、話してみたいと思った。どんな人なのか知りたいと。気づけば目で追うようになり、噂話にも耳をそばだてるようになった。好きだと思うようになるのに、たいして時間はかからなかった。

 ため息を一つつく。

 彼女は一人教室の席についていた。座学の授業が終わり、次は何もとっていないからとだらだらして、いや考えに耽っていた。

 手の中には二枚のチケット。それをぼんやりと眺める。

 母親からいらないからともらったオーケストラのチケット。彼女自身も興味はなかったが、どうしようかと思った時に彼の顔が浮かんだ。

 チケット余ったから誘うというのは定番ではないか。けれど彼がクラシックに興味があるかは知らない。さらに、話したこともないのに誘うことなどできるわけがない。

 でも、何とかして口実に使えないか。悶々と悩んでいた。

 だから彼女は気づいていない。すぐ横から同じようにじーっとそのチケットを眺めている人物がいることに。

「……いいな」
「っ!?」

 突如、耳元でボソリと呟かれ、彼女はとっさに立ち上がった。誰もいないと思っていたのに、至近距離で聞こえた声。驚かないわけがない。心臓がばくばくいっている。

「く……黒沼君?」

 声の正体は彼女の知っている人物。と言っても、やっぱり話したことはなかったが。

「いいな。それ」

 彼はなおも言葉を重ねた。じーっと彼女を見つめる。無言で、訴える。

「もしかして、これ欲しいの?」
「うん」

 まさか、初対面の人間に物をねだるとは。彼女は少し頭がくらくらした。この図々しさがあれば想い人にも話しかけることができるのだろうか。てか、だからこそ彼は友人になり得たのだろうか。(友人ではありません)

 そしてふと彼女は思い付く。

 彼は想い人の友人。チケットを口実に使えないとしても、協力を得ることはできないだろうかと。

「……黒沼君、四季崎君と仲いいよね?」
「…………」

 じっと見つめる黒沼黒衣の様子は、相手の出方をうかがっているようにも見える。実際には、違うんだけどなーとか思っているだけなのだが。

「私、四季崎君と話してみたいんだけど……」
「そしたらチケットくれる?」

 取引成立。

 それからしばらくたったある日。大学近くの喫茶店で一人のんびりとしていた時。黒沼黒衣からの連絡が入った。内容は今から彼女の想い人を連れていくというモノ。

 けれどまさか、その人物の腕を引っ張りながら目の前で電話しているとは夢にも思っていなかった。さらには目の前でチケットを渡すはめになり、まるで買ったみたいではないかとやきもきし、あげくは去り際の一言。

「じゃ、告白がんばってねー」

 それを今ここで言うなっ!!

 そもそも話したいと言っただけで、好きだなんて言ってはいない。告白云々などまだ全く考えていなかった。

 ここにきて人選を間違えたことに気づき、激しく後悔した。が、もう遅い。出てしまった言葉は取り消せない。

 そういうつもりじゃなかったのと必至に弁明。ついでにもうバレてしまったので思いの丈も切々と熱烈に語る。

 軽くパニックになりかけている上、ずっと想い続けていた相手が目の前にいるという緊張もある。頭の中はほぼ真っ白だった。

 ただひたすらに彼女は自分の気持ちを語った。今ここで言わなければ二度と機会はない。きっと後悔する。途中で何度か口を挟まれそうになったけれど、暴走状態の彼女は全く気づかなない。

 黒沼黒衣の押しきればなんとかなるよ、という適当なアドバイスを頑なに信じて。

 そしてデートの約束を取り付けることに成功。頭がふわふわしすぎてどうやって家に帰ったのかも覚えていない。夜、ようやく我にかえり、嬉しさのあまりガッツポーズ。(遅い)

 数日後、デートの当日、彼女は人生最大とも言える緊張感と共に待ち合わせ場所へと向かった。

 しかし、ご存じの通り相手が現れることはない。何かあったのかと連絡をとろうにも、電波の届かないところか電源が切れているため〜の案内が聞こえるのみ。(電池切れでした)

 あと少し、あと少しで来るのではと待ち続け、彼女は結局黒沼黒衣に泣きついた。

 連絡があった時、黒沼黒衣はちょうど恋人といちゃついていた。片やデートをすっぽかされ、片や恋人とラブラブ。この差は何なのだろうか。

 ともかく、いちゃついてる時にかかってきた電話に彼の恋人はイタズラ心を大いに刺激された。適当に話を聞いてる彼にいじわるしたり文句を言ったり。

 電話の向こうにも何となく雰囲気は伝わるもの、自分との差からますます彼女は泣きわめく。

 目の前では恋人がわざとらしくちょっかいをかけてきて、電話の向こうでは泣きわめく声。まさにカオス。

 ちなみにこの頃、四季崎宅ではのんびりまったり読書タイム。

 うんざりした黒沼黒衣はこっちからも連絡をとってみるからと、一方的に電話を切った。まずは恋人の機嫌をとるはめになり、少し落ち着いてから事の元凶に連絡をとろうとした。

 通じなかったけれど。

 結果報告と共に住所をメールで送りつけたのは仕方がない。電話をかければまた長々と話されるのは火を見るより明らかだ。

 住所を送られて、彼女はどうしていいか迷いに迷った。翌日になってようやく意を決し、家へと向かう。せめて、理由だけでもはっきりとさせておきたい。

 勇気を振り絞ってインターホンを押す。しばらく待っても反応はない。もう一度押した。

 ようやく人が出てきて、その人物を目撃した時、彼女は頭が真っ白になった。出てくるはずとは違う人物が目の前にいたのだ。

「…あなた…誰?」
「椿」

 どこかぼんやりと椿が答える。彼女は大いに慌てていた。彼は一人暮しと聞いていたのに。一体この人物は誰なのだと。

「な…何してるの?」
「……何?」

 ゆっくりと首をかしげる。髪の毛がさらりと揺れた。

「寝てた」

 寝てた?

「し……四季崎君は…?」
「………四季崎?」
「ここ、四季崎君の家でしょ?」
「………え?」

 椿はさらに首をかしげる。

「あぁ……今、寝てる」
「どうした?」

 奥から出てきたのは件の彼。やはり寝起きの様子。

「あ、おはよ」
「おぅ……客か?」

 訝しげに眉をひそめたシキが目にしたのは、後退り、驚愕に目を見開いている彼女の姿。

「………何やってんだ?」

 さもありなん。

 まだ朝とも言える時間に彼の部屋から出てきたのは綺麗な女性。(彼女には椿がそう見えた)しかも、明らかに彼の服を着ている。聞けば今まで一緒に寝といたと言う。(一緒にとは言っていない)その上、親しげに朝の挨拶を交わしているではないか。(彼女にはそう見えた)

「………ひどい」

 ポツリと洩れた言葉。

 二人揃って今の今まで寝ていた。昨夜は遅かったのだろう。約束をすっぽかして、一体遅くまでナニをしていたのかなんて考えたくもない。(読書です)

 しかも女性(男)は自分の家だとでもいうように出てきた。一緒に暮らしているのだろうか。(いついてるだけ)

 その後、何を言ったか彼女自身は全く覚えていない。気づいた時には走り去っていて、黒沼黒衣に電話で泣きついていた。

 家に行ったら綺麗な女性が出てきた。そんな人(どんな人?)がいるなら教えておいてほしかったと。てか恋人いないって言ってたのに。

 その後、まっすぐ大学に向かい友達にも泣きついた。それが瞬く間に噂になったのを彼女は知る由もない。しかもそれがきっかけとなり、彼に実際に恋人ができてしまうことも。

 後日、何とか彼ともう一度きちんと話す機会を得られた。あの時出てきた人物については、

「……親戚だ」

 微妙な間が気になるがその言葉を信じたい彼女は信じることにした。そしてならばと、またデートの約束をと思ったのに、今度ははっきりきっぱり断られた。もう付き合ってる奴がいるからと。

「……え?」
「それに、お前を好きになることも絶対にない」

 絶対にと言う確信はどこから来るのか。けれどここまでしっかりとした拒絶を突きつけられては、もう何も言うことはできなかった。

 呆然と、彼女は一人たちつくす。

 恋人がいると言うなら、それはやはり先日の女性なのではないか。彼女にはそう思えてならなかった。友人からは大学の先輩と付き合ってるらしいと聞かされたが、納得できない。

 納得できようができまいが、もはや彼女には関係のないこと。この年の学祭に展示される彼の絵を見て、やっぱりあの女性と付き合ってるんじゃと思うことになるが、彼女に確認する術はない。

 とにもかくにも、彼女の恋はこうして終わった。

 椿は女という勘違いを残したまま。





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