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穏やかな日々




「え?あれって夢じゃなかったの?」
「夢じゃねぇよ」

 そっか、夢じゃなかったのか。夢だとばかり思ってた。

 どことなく憮然とした趣きのシキを眺める。

 朝食兼昼食の片付けが終わった後、まだ読み終えていない本を読もうとソファの上に座った。半身を背もたれに凭れてページをめくっていた。

 ふと気づくと、シキがダイニングからひっぱってきたイスに座って何かノートに書いている。何をしているのだろうと眺めていたら、目があった。わずかに眉をしかめられる。何なのだろう。

「どうした?」

 それは、オレのセリフなんだけどな。

「何、してるの?」

 変なことを聞いたつもりはないのに、なぜかシキはますます顔をしかめた。

「モデルやるつったろ」

 その言葉に記憶を辿り、先程の会話に至る。

「嫌なのか?」

 嫌だって言っても聞き入れてくれなさそうな口調で訊ねてきた。まぁ別に嫌ではないけれど。いいって言っちゃったし。

「……モデルって、何すればいいの?」
「何も」
「…………?」
「いつも通りで、いい」
「……動いていいの?」

 絵の練習と言っていた記憶がある。それならじっとしていた方がいいんじゃないかと思って訊いてみたら、鼻で笑われた。

「お前、動かねぇだろ」

 そんなことない。はずだ。

 釈然としないものはあったが気にしなくていいと言うので、気にしないことにした。視線を下に落とし、続きを読み始める。

 夕方が近づき、そろそろ食事を作ろうと顔を上げた時には、シキの姿はなくなっていた。もういいのかなと思ったけど、そういうわけでもなかった。

 それからというもの、たまにふと気づくとシキがスケッチブック片手にこっちを眺めてる。気づいてしまうと変な感じがしてならないけど、しばらくすればいなくなってるのであまり気にしないようにしている。

 シキは相変わらず部屋にこもってることが多い。けど、たまにフラッと出かける。どこで何をしてるのかは知らない。他人の家で留守番てのはおかしな話だと思うけれども、その間は一人で留守番している。

 オレは食事を作る以外では、本や画集を借りて眺めて過ごしていた。シキがいない時には音楽を聞いたりもしている。家から出ることはない。

 家から出ないから、食料はシキに買ってきてもらってる。どういう基準で買ってきてるのかよくわからない時もあるけど、ある物で適当に作る。

 たまにリクエストされるようにもなった。何となく、役に立ててると思えて安心できた。

 シキが絵を描くと知って、どんなのか見たいって言ったらスケッチブックを貸してくれた。前に夢うつつで見た椿の花もその中にあった。あの時に見たのはこの絵だったようだ。

 風邪は、もうすっかり完治している。

 でも、ここを出ていく気にはなれなかった。出ていくよう言われないのをいいことに居すわっている。

 もう少し。後、少しだけ。そう思いつつ心地のよい時を過ごす。

 今のところは、絵のモデルって口実もあるし。







 その日の夜、シキの様子はいつもと違った。少し、いつもより楽しそうに感じる。若干、テンション高めというか何というか。

 何か、いいことでもあったのかな。

 その状態は翌日も続いた。昼前に起きてきたシキは何だか浮き足立っている。変なのと思いつつ、ご飯食べるかと聞いたらいらないと言われた。

「え?いらないの?」
「ああ」

 楽しそうなシキに眉をしかめてしまった。いつもと違う様子が、不気味だとまでは言わないけれど、あまりにも奇妙で。居心地が悪い。

 夜、いらないと言われたことはあった。そういう時は出かけてたから、食べてきたのだと思う。けど、朝いらないと言われたのは初めてだった。せいぜい、後でだったから。

「出てくる」
「……どこ行くの?」

 今までシキに行き先を訊ねたことはない。それでも、この日ばかりは思わず訊ねてしまった。仕方がない。あまりにも様子が違うのだから。

 シキは一瞬、驚いたような顔をした。それから、唇の端に笑みをのせる。

「お前も来るか?」

 …………だから、どこへ?





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