初夏の昼下がり
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喫茶店のドアを開くとカランと鈴の音がした。
「いらっしゃいませ〜……って何だ。お客さんじゃないのか」
「客だっつの」
柔らかな笑みに迎えられ、カウンターの一番奥の席につく。
「いらっしゃい。いつもの?」
マスターの問いかけに、いつもと同じにうなずく。それから隣を見る。呆れたようなため息が漏れた。
「いいのかよ。さぼってて」
「平気。今誰もいないもん。ね、マスター」
「ん〜…そーだねー」
間延びした返事。ゆっくりと流れる静かな時間が、ひどく心地好い。
「……出発。明後日だっけか?」
「ん?うん。何?さびしいの?」
「まさか」
「素直じゃないんだから〜」
ぐりぐりと肘で脇腹を押される。嫌な感じは全くない。
「マスター、ごめんね。長期休暇もらっちゃって」
「いいよ。たまにはゆっくり楽しんできなさい」
「で、戻ってきたときには別の看板娘が働いてる。と」
「ちょっ、何不吉なこと言ってくれちゃってるのよ」
「あはは」
「マスターも、そこは否定して下さいよ」
口元に笑みを浮かべ、出されたコーヒーに口をつける。至福の時。
ふと、隣に座るウエイトレスがそわそわとドアの方を気にしているのがわかった。そういえば、いつもより少しテンションが高い気がする。
「……あいつ、今日は休みだろ?」
「うわぁっ」
思い当たる節は一つしかなく、声をかけると予想以上の反応が返ってきた。
「な…何をいきなり……っ」
「あれ?何か用があったの?徹夜明けでまだ寝てたみたいだけど、夕方には起きると思うから後で呼んでこようか?」
「えっ?い…いいですって!別に、特に用があるってわけじゃ…」
勢い込んで首を横にふるも、やがて胸の前で両手の指を合わせてもじもじと顔を背ける。真っ赤な耳が見えた。
「……ただ…その、しばらく会えなくなるから、顔、見ときたいなーなんて思ったわけで……」
「じゃあ、今日夕飯食べてく?簡単なものになっちゃうけど」
「えっ?いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「うわ、ありがとうございます」
「……………………猫被り」
「ん〜?今何か言ったかな?」
「別に、何も」
ボソッと小さく呟いた言葉を聞き咎められたがすっとぼける。
マスターには一緒にどうかと誘われたが、断った。
ふいに鈴の音がして、ドアの方を見る。たった今話に上がってた人物が入ってきた。ウエイトレスは慌てて立ち上がり、いかにも働いてましたという顔をする。
そいつはこちらを見ると、小さく首をかしげて微笑む。当たり前のように、近づいてきて隣に座った。
「おはよう。もう起きたんだね」
「はい。コーヒー一杯、いいですか?」
「上で飲んでくればよかったのに」
「ここで飲む方が、おいしいんです」
それからこちらを見る。
「来てたんだね」
「……わりぃかよ」
「まさか!」
嬉しそうに笑う顔がおもしろくなくて、顔を背けてコーヒーをすする。目の前には真っ白な壁。
「そう言えば、出発、明後日だよね。気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
「約一ヶ月だっけ?寂しくなるね」
「……っ!?お土産、いっぱい買ってきますね!」
すっかり舞い上がった声が聞こえる。
いつもと同じコーヒーが、少しだけ苦く感じた。
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