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オマケ・花の下にて2




 電話をかけるため一旦離れたトメが戻ってきた時、悟は両手で顔を覆い項垂れていた。ヤエとサキはやけに楽しそうだ。

 一体今度は何をしでかしたのだと顔をひきつらせつつ、トメは近寄る。

「あ、トメ聞いて。悟がデートしてくれるんだって」
「は?」

 何がどうしてそうなったと、トメが眉をひそめた。

「ほら、今日の主役はヤエじゃん。だから」

 だから何なのだと思わなくはないが、トメは口を閉じる。どうせ詳しく説明されても頭が痛くなるだけだ。

「じゃあ……ほら、悟。ヤエをエスコートしてきな」
「…………サキちゃん」
「行ってきな」

 にっこりと、有無を言わせぬ迫力でもってサキが命ずる。飼い主に捨てられた犬のように絶望した表情を浮かべ、悟は立ち上がる。嬉しそうなヤエは、そういやとトメに視線を向けた。

「トメもう帰っちゃうんだっけ?」
「あー…いや。やっぱ夜も少し顔だしてく」

 視線をそらしつつ答えるトメに、ヤエはわーいと喜ぶ。それから首をかしげた。

「大丈夫?」
「ああ。今、連絡してきた」
「ヤエ、ほら、悟とのデート楽しんできな。悟とのデート」
「うん。じゃあ悟とのデートに行ってきます」

 意気揚々と手を振るヤエと、見送るサキ。ただ一人悟だけが意気消沈している。どうも悟はサキを怒らせたらしいと、トメはサキにうろんな眼差しを向ける。

 視線に気づいたサキが、あぁと軽く笑った。

「さっきよそでストレス発散させてきたんだけどさ。顔見たらやっぱ腹立って」
「だからって普通自分の男を他の奴とデートさせるか?」

 しかも男と。

 確かに、嫌がらせとしては効果的かもしれないが。

「させる、させる。ヤエは喜ぶし、悟にはいい薬になるし、あたしの気も少しは晴れる。一石三鳥」

 ブイと指を立てからからと笑う。トメは一つ大きなため息を吐き出した。

「……とりあえず、まず鉄板片付けるか。余った食材どうすんだ?」
「あ、全部焼くだけ焼いちゃって。後で出すから」
「冷めたら不味いだろ」
「うん。だから、はい。お願い」

 サキが取り出したのは市販の焼きそばの麺。ソースつき。

「……自分でやれよ」
「料理禁止令出されてるから。どうしてもって言うなら、まぁやるけど、保証はしないよ」
「…………」

 焼きながら交ぜるだけじゃないかと思いつつ、トメは差し出されたものを受け取った。

 以前の集まりの際、サキにも手伝わせればいいじゃないかと言ったところ、悟とヤエ両名が激しい拒否を見せたことを思い出したからだ。失敗のしようなどない。けれどあの必死さを思い出すとやけに不安が煽られるのだった。

 そうして、作り終えたものをタッパーに詰め、ある程度片付けが完了した頃、シキと椿が連れだって戻ってきた。サキが笑顔で手を振る。

「戻ってこなかったらどうしようかと思った」
「…………一緒だったのか?」

 あまりに、当たり前のように一緒に戻ってきたため、思わずトメは訊ねていた。訊ねてすぐ、さっき一緒にいるところを目撃してたじゃないかと思い出す。

 疲れているせいか、失念していた。

「……途中からな」

 それはそうだろう。席を外したのはバラバラなのだから。けれどトメは口を閉ざす。別に、詳しく知りたいわけではない。

 一旦自由行動となり、シキが椿にじゃあ、少し歩くかと声をかけても、トメは口を閉ざしたままでいた。確認するまでもなく、一緒に行動することは決定しているんだなと思いつつも、決して口にはしない。

 とにかく、休みたかったトメは、早々に腰を下ろしたく、サキと共に夜桜をするという場へ移動することにした。そうした方が休めると判断してのことだ。

 けれど、それは間違いだとすぐに知ることになる。

 シートの端に腰を下ろしたトメは、額を抑えて項垂れていた。先ほどの目の前で行われたやり取りを思い出したくない。深く考えたくないし口にしたくもない。いっそ見なかったことにしてしまいたいが、口を閉ざすにはちょっと理解の範疇を越えていた。

 項垂れたまま、重たい口を開く。

「…………さっきのは、何なんだ?」
「ん?あぁ、下僕?」

 さらりと、何てことないように答えられた。だがそれはおよそ日常生活で使われる言葉ではない。

「言っとくけどあたしが言い出したんじゃないからね。向こうが下僕にしてくれーって言うからしてやっただけで」
「そうかよ」

 してくれと言う奴も言う奴だが、言われたからと了承する奴もどうなんだ。

 聞いても理解できないものはできなかった。これがジェネレーションギャップというものなのかと思いつつも、いやそういう次元の話ではないとトメは考え直す。

「何か、やたら睨まれてた気がするんだが」
「あぁ、多分勘違いしてるんだと思うよ」
「勘違い?」
「悟……あたしの恋人と」
「勘弁してくれよ」
「アハハ」

 悟に間違われるのも、サキの恋人と思い違われるのもごめんである。笑い事ではないとトメはますます項垂れた。

「訂正しとけよ」
「忘れなかったらね」
「いや、忘れるなよ」

 頼むから忘れないでくれと、トメが呻く。

「トメには大事なお嫁さんがいるからね。こういう誤解は困るか」
「いや……誰がいつんなこと言った」
「ヤエが。たまに」

 またヤエか。トメは天を仰いだ。

「ヤエの話聞く限り、トメは愛妻家で、トメのお嫁さんはすごくかわいい人だよ」
「どうしてそうなる」
「違うの?」
「知るか」

 深く掘り下げられたくなくて、トメはそっぽを向く。サキが楽しげに笑った。風が吹き、頭上の桜の枝が揺れる。

「まぁ、東子さんだっけ?に悪いからちゃんと訂正しとくよ」
「つーか悟に対してはいいのかよ」

 他人の相手よりまず自分の相手を気にかけてやれ。

 そう、トメが指摘するものの、サキは鼻で笑い飛ばした。

「いいんだよ」

 どことなく突き放した言い方に、トメは眉をよせる。ケンカしていたらしいから、それでこの態度なのだろうか。それだけならばいいのだが。

 トメの疑問に気づき、サキはにこやかな笑みを浮かべる。大したことではないと言うように。

「ほら、悟にはヤエがいるし」
「いや、それはちげぇだろ」
「アハハ」

 トメは大きく息を吐き出す。

「……なぁ、一ついいか?」
「んー?」
「もし、―――――」

 自分が気にする必要はない。深く関わるつもりもない。それでも、つい口にしてしまった言葉。サキはそれを気軽に快諾した。

 そのせいでますますトメの頭は痛くなる。





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