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桜がキレイですね。




 適当に園内を廻ってから向かえば、ちょうどいい頃合いだった。少し遅れて悟とヤエが到着し、今度はサエが乾杯の音頭をとる。

 他愛ない話をしながら、弁当をつつき酒をあおる。サエが酒に手をのばすそぶりを見せ、悟とトメが慌てて止める。椿にこっそりと、ふざけてるだけだと教えられた。二人をからかったのだろう。

 提灯で辺りは明るく、夜とは思えないほどに人が多い。賑やかな宴会の席、どこからか調子の外れた演歌が聞こえてくる。情緒や侘びさびは一切ない。それでも、まぁ、悪くはないと思える程度には楽しめた。

 途中、椿がぼんやりとヤエを眺めていた。どうしたのか尋ねると、何でもないと返してくる。それでも、なぜかヤエの様子を気にしているようで。ヤエ自身はいつも通りテンション高めでいた。普段より少し高いぐらいだ。けれど、椿が気にしているということは、何かあったということなのだろうか。

 少しばかり気にかかったが、椿に苦笑され別の話をふられてしまえば意識はそちらに向く。椿がこちらを見ていればある程度満足してしまうのだから、我ながらどうしようもない。

 途中で帰るというようなことを言っていたトメだが、サエの予想通り最後まで参加するはめになっていた。未成年者が二人いるからと、切り上げを早めたのも要因の一つだろう。

 サエの言葉で、悟はヤエを送っていくはめになっていた。少し酔っちゃったとのたまうヤエの酔いを醒ますため、夜風にあたってから帰るという。今回はヤエのための集まりなのだから仕方がない。悟はそう自分に言い聞かせているようだった。

 イスやシートなどは、サエが兄に、おそらくは左京に、車で迎えに来てもらうのだという。待つ間一人にさせるには時間的に問題があると、トメが荷物持ちにかってでた。

 そうして、そっちも未成年なんだから早く連れて帰れと気を回す。疲れやしないのだろうか。

 まぁ、せっかく先に帰れと言うのだから、その言葉に甘えることにした。空になった弁当の包みを片手に、椿と連れだって公園を後にする。

「……バス、まだあんのか?」
「え?バスで帰るの?珍しいね」
「あー…まぁ。お前、疲れただろ」

 自分一人ならばバスという選択肢は出てこない。だが、人の多いところに長時間いて椿は疲れたろうし、夜も遅い。早く帰って休みたいだろうと考えた。 数度瞬いた椿が、微笑む。

「うん。でも、シキが疲れてないなら、歩いて帰りたい」
「……平気なのか?」
「平気だよ。できれば風にあたりたいし……それにシキと夜桜見るの楽しみにしてたから」
「……そうか」
「うん。そうなんだ」

 何となく、顔をそらしてから歩き始める。椿も、後に続いた。

 来る途中、咲き始めた桜の木があった。同じ道を辿れば見れることができる。すぐ横に街灯があったかは定かではないが、まぁ暗い道ではなかったはずだ。

 会話はなく、足を進める。春の夜風が宴会での熱気を冷ます。ひどく、静かに感じた。

 隣を盗み見ると、気づいた椿が首を傾け微笑む。一瞬、息が止まりかける。

「…………楽しめたか?」
「ん?うん。楽しかったよ。おいしかったし、キレイだったし。何か、二日分ぐらい遊んだ気分」
「そうか」

 なら、よかった。

「シキは?」
「……まぁ、それなりに」

 悪くはなかったと返せば、椿が笑みを深める。

「人、多かったな」
「だね。まだ満開じゃないし、そんなにいないと思ってた」
「満開になったら、より混むんだろうな」
「あー…確かに」

 声をもっと聞いていたくて、会話を続ける。穏やかな声が心地よくて、時おりくすくす笑うのをくすぐったく感じた。

 ポツリポツリと言葉を交わしながら、足を進める。空気は少し冷たいくらいなのに、心の内はひどく暖かい。そっと、笑みが零れる。

「…………あぁ、見えてきたな」
「あ、本当だ」

 前方に、目当ての桜が姿を表した。必要もないのに、足を止めて見上げる。近くの街頭の光を受け、白く浮かぶ。

 隣から、ほぅと息を吐くのが聞こえた。

 椿がじっと見惚れている。その横顔を見つめていると、こちらを向いた。驚き目を見開くが、すぐに極上の笑みに変わる。空気が華やいだ。

 風が吹く。髪がさらりと揺れる。一瞬の、時が止まったかのような錯覚。

「……桜、キレイだね」
「……ああ。キレイだな」

 どうしようもないほどに、心満たされた。





 本当に時が止まってしまえばいいと思っても止まるわけがなく。せめてもう少しそのままでいたかったが、夜風はまだ少し冷たい。いつまでも桜を眺めているわけにはいかず、帰宅する。

 椿を先に風呂に入れ、出てきたら手にクリームを塗る。もはや習慣となっているというのに、まだ、この時に顔を見ることができない。じっと、手を見つめ、意識を集中させる。

 掌に懇願の意を示してしまいたいと、何度思ったことか。

 離しがたくて、塗り終えてもいつもしばらくは掴んだままでいる。その事で椿に何か言われたことは、今のところない。それをいいことに、手に触れ続けた。

 椿が寝室に入るのを見届けてから、背もたれに体重を預けた。自分の手をぼんやりと眺める。

 しばらくそうしてから、振りきるように首を振り、立ち上がる。風呂に入って寝よう。手を強く握りしめた。

 風呂から上がり、寝室に向かう。椿はすでに眠っていた。そっと隣に潜り込み、後頭部を見つめる。少し手を動かせば、触れられる距離。けれどその少しの距離がひどく遠い。

 眠る椿の姿。脳裏に浮かぶ帰宅途中の表情。桜がキレイだと、一体どういうつもりで口にしたのか。

 どういうつもりも何もありはしない。ただ見たままの感想だ。わかっては、いる。けれど、椿は知っているのだろうか。かつて、愛の言葉を月の美しさに例えた文豪がいたことを。

 それは、月でなくてもいい。特別な相手と見る風景は、いつも以上にキレイに見える。例えば、桜でも。少なくともオレは、その意味でのセリフだった。

 伝えるわけにはいかない感情を、伝わることのないよう口にした。裏の意図に気づかれたとしても、誤魔化しがきくはずと判断して。

 結果、伝わることはなかった。口にできただけで、充分だった。そのはずなのに。

 すぐ傍にある、触れることのできない温もり。少し動くだけで届くというのに。手を強く握りしめる。

 抱きしめたいと、そう願ってしまった。





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