疑惑の真相
大学の図書館でそいつを見つけた。慌てはしないが、若干、早足で近づく。
「おい」
声をかけても眺めている書籍から顔を上げもしない。前回とは逆。ただし、こいつの場合は無視しているのではなく、聞こえていないか寝ているのだろう。
「おい、黒沼」
真横に立ち名を呼ぶ。ついでに書籍を引き抜き、閉じる。目の前から書籍が消え、ようやくそいつはこちらを見上げた。取り上げる瞬間、ちらりと目に入った絵は見なかったことにする。
「……あぁ、四季崎」
何?と首をかしげる仕草が一瞬誰かと重なりかけた。顔を、しかめる。
「……お前、教えただろ」
「……?……あぁ、家?うん。教えたよ」
「何で、教えた」
「訊かれたから」
さらっと答えてから、小さく笑みを浮かべた。いたずらが見つかった悪ガキのような、けれど決して無邪気さなどない表情。
「約束したのに来ない。連絡がないどころか、しようにも携帯が繋がらないって泣きつかれた」
「それで?」
泣きつかれたからと言って親切心を持つような奴じゃないのはよく知っている。
「恋人といる時に」
「…………」
「浮気かって問いつめられたんだー。あの人、絶対違うってわかってるのにいじわるするんだもん。ちょっとした意趣返しぐらいしてもいいでしょ?」
「オレは、関係ない」
「四季崎がバックレたせいだよ」
「忘れてただけだ」
「でも連絡つかなかったって」
反論しようと口を開き、それにと奴の言葉にさえ切られた。
「オレも電話したけど繋がらなかった」
「…………」
「だから教えたんだよ。四季崎一人暮しだし。家で倒れたり死んでたりしたらイヤだなーって思って」
そんなこと、欠片でも思うわけないくせに。しゃあしゃあと言い放つ姿に顔をしかめる。くすりと、小さく笑った。
「でも余計な心配だったみたいだね。知らなかったよ、同棲してたなんて」
「…………同棲?」
耳慣れない言葉に問い返すと、奴はコテっと首をかしげた。
「してるんでしょ?さっき、家行ったらすごく綺麗なコと同棲してたって電話あったよ。何で教えてくれなかったのって言われても、オレも知らなかったし」
身に覚えは全くないが、勘違いに覚えはあった。そういや、確かに走り去る前、どうのこうのとわめいていた。
オレに隠し事なんてひどいなー、とぼやく奴を軽く睨む。友人ですらないくせに何を言っているのか。
「あれは違う。そんなんじゃねーよ」
「でも一緒に暮らしてるんでしょ?それとも一晩のお泊まり?」
暮らしてはいない。居ついているだけ。来てから、割りとたってはいるが。
「あれは……」
一体どう説明したものか。事実をまま話すのは面倒だ。
「……親戚のガキだ。夏休みだってんで、遊びに来てんだよ」
「ふぅん?綺麗なコなんだって?」
「いや……つーか男だぞ」
「何だ。つまんないのー」
わけのわからないことを言い、奴は机の上に倒れ込んだ。ごろごろとするそいつに白い目を向ければ、頬を机に押し付けたまま見上げてくる。
「あぁ、そだ。四季崎さ、携帯……」
「あっ、ねぇクロちゃん聞いたー?」
図書館内だと言うのに割りと大きな声が響き、奴は言葉をと切らせ身を起こす。ぼんやりと眺める方に視線をやれば、見知らぬ女が近づいてきた。
「あ、ユキちゃん先輩だー」
「あれ?もしかして四季崎クン?本物?なんでいんのー?」
「……いちゃわりぃかよ」
つーか、本物って何だよ。
「ううん。別にそういうわけじゃないんだけど、さ」
「ユキちゃん先輩、聞いたって何を?」
「えー、何って……」
チラチラとこちらを見ながら、含み笑いをしている。何なんだこいつは。
「四季崎クンがさ、女子高生と同棲してるんだって」
頭が、痛い。
「あ、オレもちょうどさっき聞いたとこ。ビックリだよねー」
「ねー。クロちゃん何か知ってるかなって思ったんだけど」
「オレも初耳だったんだよ」
「何だそっか。どうなのよ、四季崎クン。本当のとこは?」
「同棲なんかしてねーて」
「へぇー、じゃあまた女のコ泣かせたって言うのは?」
「それは……」
「それはホントだよー。四季崎、デートバックレたんだって」
「うわっ、ひっど」
「…………」
噂話なら本人のいない所でやれ。付き合ってられないと、その場を離れようとしたら、腕をつかまれた。
「……何だよ?」
「四季崎クンに会ったらさ、聞きたいことがあったんだ」
怪訝に思い振り返れば、そのセンパイは楽しそうに笑ってた。
「今フリー?」
「……だったら何だよ」
「私と付き合わない?」
ちょっとお茶しよ的な気楽さで告げられた言葉に、自然と笑みが浮かんだ。
「……センパイ、名前は?」
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