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High school days




 小学校よりは中学。中学よりは高校がマシだった。現在通っている美大に関しては、やりたいことをやるために進んだのだから比べること自体が間違っている。

 高校。

 高校時代の話。何かあっただろうか。

 何か記憶に残っていること。…………どうしてこれを思い出してしまったのかと言いたいのは、高一の夏、当時付き合っていた相手と別れたこと。

「四季崎先輩、ちょっと大事な話があるんだけど……いいかな?」
「大事な話?」
「うん。兄が今度引っ越すことになりまして」
「…………で?」
「一人暮らしさせるのにかなり心配があるというか……確実に無理があるので、私もついていくことにしました」

 ついていくことになったではなく、したという言い回しならば自分の意思で決めたことなのだろう。つか、中二の妹にここまで心配される兄というのはどうなんだ。

「場所は?」
「えー…っと…」

 告げられた地名は、聞いたことのないもの。詳しく聞けば、だいぶ遠方だとわかった。

 ならば、そうそう会うことはできなくなるのか。

「……そうか」
「えっと、なので、ごめんなさい?」
「……あ?」
「こんな形でさようならなんて、残念ですけど……」

 そうか。今、自分は別れ話をされているのか。

「結構、無理言って付き合ってもらった自覚はあるの、で……?」

 困ったような笑みを浮かべている。申し訳なさは感じるが、もう本人の中では決定事項になっているようだ。話し合うことすらなく。

 そうか。

「気にすんな。まぁ、元気で」
「うーん……本当に、ごめんなさい?」

 そうやって謝るなら、気移りしたわけでないなら、別れる理由なんてないではないか。そう思いながらも、口にすることはなかった。

 …………なんて、こんなこと椿に話せるわけない上、高校関係ない。高校時代の話ではあるが。

 他に、何か。

 そういや、別れ話で思い出したが、奇妙な出会いもあった。やはり高一の、あれは秋口だったろうか。美術の、外での写生の授業中の事。人気のない場所で、画板の上の紙に鉛筆を走らせていると、すぐ近くで声が聞こえた。

「あ、ここいいな」

 振り返ると一人の生徒が立っていた。脇には画板を抱えているので、同学年の同じく美術選択してるやつなのだと知れた。

 そいつはこちらを見るとわずかに目を見開き、それから首をかしげる。

「隣、いい?」
「…………」

 眉間にシワが寄る。はっきり言って、歓迎はしない。けれど、どこで何を描こうが、それは個人の自由だ。口を出せることではない。

 答えず、前に向き直る。そいつはそれを肯定ととったようで、腰を下ろした。おそらくこれが最初の接触。

 その後も、外での写生の際は傍によって来た。

「…………何で毎回近くに来る」
「四季崎の描いてるトコって、いい風景だからさぁ。やっぱ才能ある人は、そういうの見つけるのも上手いもんなんだね」
「才能なんかじゃねぇよ」
「ふぅん」

 どうでもよさげな返事に、ため息が溢れる。

「つか、噂知らねぇのかよ」
「あーうん。知ってるよ。でも初めて声かけた時、殴りかかってきたりしなかったから平気かなって。年上の人ととかは関係ないし。オレ男だから犯される心配もないし?」

 そう言ったそいつの横顔には、酷薄な笑みが浮かんだように見えた。つか、どんな噂が回っているんだ。

 少しずつ話をするようになり、名前と、隣のクラスだということを知った。美術の授業以外で見かける姿は、大抵友人と一緒。弟と、呼ぶ奴もいたので、兄か姉がいるのだろうとわかった。

 時折、外の非常階段などで、人目から隠れるようにしている姿を見かけた。そういう時は、洋書のペーパーブックを手にしていることが多い。理由を、訊ねてみたことがある。

「いや、こういうの、人目あるとこで読むの気が引けるし」
「へぇ?」

 たまにその近くでスケッチブックを開いたり、少し話すようになっていた。この距離は、高三になってクラスが同じになっても変わらない。

 軽く、挨拶はするものの、教室内で話すことはない。隠しているわけではないが、何となく、話をするのはそいつが一人でいる時だけだった。

 連絡先を交換したのは、卒業式後でのこと。

「…………まぁ、たまに連絡はとってるな」
「へぇ」

 適当にかいつまんで話したが、こんなんでよかったのだろうか。カップに手をのばして、コーヒーを一口飲む。

 長い話になるわけではないけれど、記憶を辿るのに時間がかかるからと、夕食を済ませ、洗い物が終わってからリビングのソファでとなった。

 他に、何かあっただろうか。

「……シキの友達との話が聞けるとは思わなかった」
「あ?」
「……友達でいいんだよね?」
「まぁ、そうだな」

 それほど親しくしているわけではないが。いや、顔と名前が一致して、たまにでも話せば親しい方だとか言ってたな。

 隣を見れば、椿はうっすらと嬉しそうな笑みを浮かべていた。こんなんでもよかったのか。

「文化祭楽しかったとか、体育祭頑張ったとかの話はないだろうなって思ってたけど、交遊関係の話になるとも思ってなかった。絵、描いてたって話だけかと」
「…………そんなんでもよかったのか?」
「シキの話なら、何でもいいんだよ」

 それは、どういう意味なのか。

 そっと盗み見れば、椿はカップに口をつけていた。どうせ、深い意味はないのだろう。

「まぁ、大抵何かしら描いてたな」
「今の話でも、そうだったしね」

 言われてみれば確かに。

 コーヒーを一口飲み、もう一度記憶を辿る。

「昼休みも、教室の外で食ってたからそのままスケッチしてたな」
「それは、なんか想像できる」
「授業中も、教室内の風景とか、窓際の時は外の様子も。教科書の写真を模写したり」
「……そのノート、ちょっと見てみたい」
「とってねぇよ」
「そっか」

 残念そうな呟きに、クツリと笑う。

「……お前は?」
「ん?」
「お前の話も聞かせろよ」

 不思議そうに、数度瞬いた椿が首をかしげる。

「さっきも言ったけど、一学期しか行ってない上、出席不足で留年になる出席率だったから」
「中学」
「……あまり、話せることないよ?」
「お前の話なら何でもいい」
「…………」
「オレだって、興味ある」
「……それ、ずるい」
「……くくっ、自分が言ったんじゃねぇか」





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あきゅろす。
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