やぶ蛇
悟がソファで項垂れていた。
めんどくせぇ時に来ちまった。が、まぁいい。距離をあけて腰を下ろす。今度はどっちが原因なんだと思いながら、訊ねることはせずに雑誌に手をのばした。
「…………ヤエが」
「あ?」
雑誌を掴む寸前に悟が口を開き、手を止める。
今回はヤエか。
「花見をしたいと言い出した」
「…………で?」
だからどうした。したいならすりゃいいじゃねぇか。様子を見る限り悟は乗り気じゃないようだが、嫌なら断りゃいい。
「サキちゃんが、乗り気で」
…………両方か。
なら断りきれずに行うのだろう。関係ないとばかりに止めていた手を動かし、雑誌をとる。ゆらりと悟が顔をあげた。
「シキ。今月の予定は?」
「あ?」
「どうせ何もないんだろ?なら適当に決めとくからな」
「おい。ちょっと待て」
オレの予定など関係ないだろいがと睨めば、悟がふふふと笑い声をあげる。はっきり言って不気味だ。
「お前の予定を確認するよう頼まれた」
「断る」
「言付けもある」
「あ?」
―――梅もいいけど桜もいいよー。みんなで集まるのも楽しいから、お花見しよう。
「そういや、毎年のように梅を見に行ってたな。今年も行ったのか?」
「…………」
「シキ?」
「…………いや」
行きはしたが、一人ではない。わざわざその話を持ち出したということは、あいつは知っているのだろうか。なぜか椿は親しくしているから、何かの弾みで話したかもしれない。
「……わかった。予定、確認しとく」
「……めずらしいな」
「あ?」
「そんなすんなりと了承するなんて。それに、いつもなら予定なんて確認するまでもないだろ?」
「それは……」
オレのではなく、椿の予定を。
そう、言いかけて口を閉じる。当然のように椿もだと考えていた。けれど今予定を訊かれたのはオレだけ。椿の予定を確認する必要など、なかった。
ヤエが企画し、サキが乗り気だと言うのだ。椿も参加のはずだろう。そう考えて不自然などないはずだ。
「……いや、文句言いてぇし、直接連絡しとく」
「そうか?」
どこか釈然としない様子を見せているが、これ以上説明するつもりはない。雑誌を開いた。
が、隣からの探るような視線がうざったい。
「……お前こそ、サキがいんのに嫌がるなんざ珍しいじゃねぇか」
「う」
ヒトの事言えねぇだろと話をそらせば、悟は言葉を詰まらせる。
「た……ただの花見なら、ここまで悩んでいない」
「……ただの花見じゃねぇのか」
ならばやはり参加したくなどない。
言いあぐねいている悟に、視線のみで先を促す。少ししてから重たい口を開いた。
「先月のバレンタイン。サキちゃんもヤエからチョコをもらったらしい」
「……で?」
「そのお返しとして、花見の話が出た」
「で?」
「それで、サキちゃんが」
―――悟もチョコもらったんでしょ?なら参加しなよ。もらったなら、何か返さなきゃ。バレンタインのお返しで花見だなんて楽なもんじゃん。……………………まぁ、無理強いはしないさ。悟が来ないなら、二人きりでやろうか?そしたら夜桜にしよう。
「…………と」
悟が両手で顔をおおった。
サキの奴、ヤエからももらってたのか。ヤエ、どんだけばらまいてたんだ。
「つまり参加すればヤエからのをバレンタインと認めることになり、参加しなければサキちゃんがヤエと一緒に夜を過ごすことになる」
「そうかよ」
つか、お返しとしてならそれこそオレは関係ない。ヤエに渡されていないのだから。
けれど椿は。
椿は受け取っていた。なおかつ嬉しそうにしていた。声をかけられれば必ず参加するはず。椿はもう声をかけられているのだろうか。まずはそれを確認したい。
桜。花見。夜桜。
まぁ、悪くはない。どうするかはっきり決めるのは、確認してからでいいだろう。
そう、判じて帰り道。携帯を取り出す。気乗りはしないが帰りつく前に済ましたい。一つ息を吐き、番号を呼び出した。
しばらくコールが響くが、出る気配はない。音を数えて待つが、十字路に着いたところで切った。その内、折り返しがあるだろう。車が目の前を通過するのを待ち、足を進める。
携帯をしまおうとして、着信が入った。自分ならかけといてなんだが、あまりで出たくない。
「…………」
―――もしもし?シキ?聞こえてる?
「……聞こえてる」
―――出たんなら何か言ってくれないとわかりずらいじゃん。てか珍しいよね。何?
「花見。悟から聞いた」
―――え?それでわざわざ?明日槍が降るかも
自分から連絡したことを、早くも後悔し始めていた。
―――で?花見がどうしたの?参加してくれるの?てかそれだけだったら電話してきたりしないよね。悟に言ってくれればいいだけだし
「……おとなしく三人でやりゃいいだろ」
―――えー、何?文句言うために電話してきたの?
「わりぃかよ」
―――だって人数多い方が楽しいよ。みんなでやろうよ。トメにはもう声かけたし。サキは乗り気だし、悟も参加するよ。シキもおいでよ
「ん?椿は?」
みんなと言いつつ、なぜか出てこなかった名に疑問を抱く。やたら親しくしているくせにと思わず訊ねてしまい、すぐにしまったと気づく。余計なことを言った。
―――えー?何?シキ、椿に来てほしいの?
楽しそうな笑い声が忌々しくて、舌打ちがこぼれる。
―――ならシキが椿に声かけといてよ
「…………」
―――予定訊いといて。シキからなら椿も絶対参加するだろうし
「…………んでだよ」
別に、オレからでなくても参加する。サエがいて、ヤエもいる。トメとも、それなりに打ち解けているようだった。オレがいなくたって、関係ない。
―――シキがいるなら、余程の事がない限り椿も来るよ。だからシキの返事聞いてから誘おうと思ってたんだけど……シキから言い出してくれてよかったー
「……そもそも、チョコのお返しなんだろ。なら、それこそ余程の事がねぇ限り断らねぇだろ」
―――んーそうだろうだけどさぁ。お返しとか口実だし。とにかく花見がしたかったんだよ。皆で騒ぎたいんだよ
「…………」
―――と、言うわけで、返事なるべく早めにお願いね
返事をせずに通話を切る。
本当に忌々しい。というかこれはもう参加で確定されたんじゃないのか。どうしてこうなる。
それにしても、ホワイトデーか。
チョコを渡した時の、嬉しそうな顔を思い出す。
まぁ、関係のないことではあるが。
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