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ふて寝




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 久しぶりのダイニングでの食事。目の前には椿がいる。ここしばらく、こいつの隣で食べていたので、前にいると少し奇妙な感じがした。

 他人に対してはきちんとした食事を用意するが、自分はまだ粥を食べている。量も極端に少ない。

 昼間パズルや本に熱中している姿は、完治しているように見えたが、まだ本調子ではないのだろう。随分と、長引いている。病人に料理をさせるのはどうなのかとも思うが、本人がやるというのだから問題ないのだろう。

 粥を一口、一口、ゆっくりと咀嚼して食べている。その動きを途中で止め、じっとこちらを見つめてきた。

「………さっきのって、シキの彼女?」
「いや」
「………じゃあ友達?」
「違う」

 名前すらろくに覚えていないのだから、友人どころか知り合いですらない。

 椿はじっと、凝視したまま首をかしげる。恋人でも友達でもなければ赤の他人だ。そんな人間がどうして家を訪ねて来るのかと思っているのだろう。自分は赤の他人の家に居座っているというのに。

「……例えば、一度だけでもいいからデートしてとか?」

 肩をすくめて肯定する。微妙に違うが訂正するほどの事ではない。その約束の日が昨日。すっかり忘れ去っていたが。

「何か……意外」
「あ?」
「もしかして結構モテる?」
「不自由はしねぇな」
「ふぅん」

 長く続く事もないが。

 納得したのかはわからないが、食事を再開した椿を今度は逆に見つめる。

「やけに聞くじゃねぇか」
「ん?」
「そんなに気になるか?」

 名前以外の個人的なことを訊ねてきたのはこれが始めてた。めずらしく質問を重ねた椿に興味を持った。

「あぁ、だってシキの知り合いって初めて見たから」

 確かに、この家に人が訪ねてくることはない。けれど、それを言うなら目の前のこいつだって同じだ。

「お前はどうなんだ?」
「え?」
「夏休みだろ?」

 はっきりと高校生だと聞いたわけではないが、妙な確信がある。働いているなら、こんな所でふらふらとしてはいないだろう。ニートという可能性も一応あるが。

「あぁ、うん。夏休みだね」

 肯定されたので、間違いではなかった。

「でも、友達いないし、具合も悪いからここで少しゆっくり休みたい」

 なぜ、ここでなのか疑問には思うが、訊ねることはしない。友達はいないとあっさり言い放つ姿に好感が持てた。いないのではなく、特に必要としていないのだろう。教室の中、一人喧騒から離れ席についている姿が容易に想像できた。

「彼女とは別れたし、元々用事なかったから」
「………彼女?」

 思いがけない言葉に箸が止まった。

「付き合ってた奴、いんのか?」
「え?うん。ダメになったけど」
「女に、興味あったんだな」

 女云々ではなく、他人に対する興味が薄いのだと思っていた。だからこそ、何も訊ねてこないのだと。特定の個人と、深い付き合いをしていたというのは、意外だ。

「な…に、それ」
「あ?」

 聞こえてきた、予想外に固い声に再び箸が止まる。見ると、椿が顔をこわばらせていた。

「…オレが、女と付き合ってたら変?」
「変つーか、興味があるようには見えねーな」

 眉をひそめながら答えると、椿は手にしていたレンゲを置いた。心なしか、血の気が引いているように見える。

「男に抱かれてる方が似合いだって言うの?」
「………は?」

 聞こえた言葉に耳を疑った。話の流れが全くわからない。一体どういう勘違いをしているのか。話が飛躍しすぎだ。

 青ざめた顔で、それでもまっすぐ睨み付けてくる。

 一瞬、あの雨夜の姿が脳裏を掠めた。

「足広げて、男受け入れてる方が合ってるって?」
「言ってねぇだろ」
「言った。腰振って、喘いでる方がお似合いだって」

 内容がエスカレートしている。話が、通じていない。

 ガタンと音をたてて椿が立ち上がる。テーブルについた両手が、微かに震えていた。

「ごちそうさま」

 まだ粥の残っている食器を手に台所へと入る。そのまま顔を見ないように背けリビングへと移動した。

 短い嘆息が漏れる。八つ当たりに対する腹立たしさよりも、呆れの方が勝った。何が気にくわないのかさっぱりわからない。

 食事を終え、食器を片付けてからリビングへと入る。椿はソファの上で、背もたれに顔を押し付けるようにしてふて寝していた。

「おい」
「…………」

 無反応。

「椿」

 名を呼べば、微かに肩が反応したが、振り返りはしない。面倒くさい。構ってられない。

「出てくる」

 外に出るなら鍵を下の郵便受けに入れるよう言い残し、部屋を後にした。





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あきゅろす。
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