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幽霊騒動




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 ガチャリという音で意識が浮上した。

 ペタペタと足音がして、再びドアの開く音。廊下に向かったのか。便所に行ったのだろう。

 どっちだろうか。起きてみようかみまいか悩む。椿なら、一声かけておきたい。いや、何か用があるわけでもないが。声をかけたところで、話があるわけでもなし。

 どうしてこんなことになったのかと、息を吐きそうになる。桜子とその祖母の確執など今さらだというのに。今までなら、叱られたとしてもここに来ることなどなかった。それがこうやって来るようになったのは以前に一度、いや二度上げてしまったからだろう。どうこう言うつもりはないが。

 桜子に任せれば無理矢理にでも連れていくだろうと連絡した。だがなぜか家出を公認するとか言い出して。あれは意見を変えやしない。そういうところが母親によく似ていて、だからこそ祖母の疎まれているのだ。

 労力の無駄になる上、椿が疲れた様子を見せていた。長引かせるのは得策でないと折れたはしたが。どうして、こうなった。

 息を吐き、狭い中寝返りを打つ。何となしに瞼を開くと椿の後頭部が目に入った。

「……椿?」

 ならば先程部屋を出ていったのは月都か。ぼんやりとその頭を眺めていたが、ちょっと待て。何でここにいるんだ。寝室で寝ているはずではないのか。

 なぜと、うまく回らない頭で考えていると、椿がわずかに動いた。ゆっくりと振り返る。覚醒していないのだろう、眠たげな表情には不思議そうな色が浮かんでいて。次いで、嬉しそうに微笑む。そんな顔を見せられたら、ここにいる理由などどうでもよくなった。

「椿」
「うん」

 呼べば答える。頬を膝にのせ、嬉しそうにこちらを見つめている。胸が満たされて、気づけば手が動いていた。

 けれどふと。これは夢でないかと。起きたら傍にいるだなんて、そんな都合のいいこと。手が止まる。椿の顔が寂しそうに翳る。

 あぁ、やっぱり夢だ。夢に決まっている。ならば躊躇う必要などない。再び手をのばし……悲鳴が聞こえた。

 …………あ?何だ?

 ゆっくりと身を起こす。声が聞こえたのは廊下の方向。そういやさっき、誰かがつか、月都が出ていった。何をやっているんだこんな夜中に。

 傍らに視線を戻せば、椿がぼんやりと見上げてきている。夢ではなかったのか。早まらなくてよかった。一つ息を吐き、立ち上がる。

 廊下に出ると、右手側のドアが開いていて眉をひそめた。何勝手に入りこんでんだと思うものの、すぐに寝ぼけて間違えたのだとわかった。泊まっていることを忘れ、自分の部屋に戻ろうとしたのだろう。位置関係としては、月都の部屋と同じ位置のドアだ。

 中を覗き込む。明かりは消えたまま。月都は床の上に尻餅をついていた。

「……おい」
「っ!?…………シキ?」
「何やってんだ」

 ビクリとした月都が、涙目で這うようにして近寄ってくる。足にしがみつくと、震える指で壁の一面を示した。

「ゆ……ゆ、ゆ、ゆ」
「あ?」
「ゆう……幽霊、が、」
「……は?」

 何馬鹿言ってんだと顔をしかめる。示された先を見て、すぐに合点がいった。そういうことかと、喉奥で笑いを堪える。

「どうしたの?」

 ゆったりとした声に振り向けば、様子を見に来たのだろう椿がいた。顔を上げた月都が、ヒッと悲鳴をのみ込む。おかしくって、肩が振るえる。

 月都のしがみつく力が強くなる。椿が首をかしげた。

「月都、よく見ろ」
「へ?」

 パチリと室内の電気をつけ、足を軽くふって促す。再び壁に目をやった月都が、あ、と間抜けた声を出した。

 壁にかかっているのは完成したばかりの一枚の絵。浴衣を着て座り込んでいる椿の絵だ。寝ぼけた月都は、これを幽霊と見間違えたのだろう。だとしたら出来は上々だ。

「何?」

 状況を理解できず首をかしげる椿に、肩を竦めてから絵を示す。室内を覗き込んだ椿が、あ、と声を漏らした。

「出来てたんだ」
「ああ」

 ほぅと息を吐いて絵を見つめる。その様子に気分がよくなった。

「こいつ、それ幽霊と見間違えたんだと」
「え?あぁ……って、え?」

 納得しかけた椿が驚き月都を見る。月都は気まずげに顔をそらした。

「じゃあ、さっきオレのこと見て変な声出したのって」
「うっ」
「はぁ……一体ヒトを何だと」
「だ、だって……」

 椿は呆れたようにため息を漏らした。居心地悪そうにしながらも、月都が立ち上がる。

「だ、大体、どこいたんだよ。起きたとき、いなかったろ」
「え?あぁ……」

 チラリと椿がこちらを見て、すぐに月都に視線を戻す。

「……水、飲みに行って。そのまま寝てた」

 水。それでだったのか。テーブルの上にコップがあったかは思い出せないが。

 とにかく、もう夜中だからとっとと寝ろと二人を追いやる。一度、絵をじっくりと眺めてから電気を消した。

 それにしても、変に目が冴えた。水分でもとろうと台所に向かうと、先客がいた。椿が流しの横におかれたコップに手をのばしている。こっちで飲んでいたのか。

 …………ん?水を飲んでいたのは台所で、寝てたのはリビング?

「シキ?どうしたの?」
「あ?あー、いや、水」

 あぁと微笑んだ椿が、棚からコップを取りだし水を注ぐ。

「はい」
「あぁ。ありがとな」

 何となく、そのまま壁に寄りかかりコップに口をつける。椿も、残っていた水をゆっくりと飲んでいる。

「……月都は?」
「ん?先にベッドに戻ったよ」

 そりゃそうか。

「……水、めずらしいな。寝つけなかったのか?」
「あー……うん。ちょっと」

 歯切れ悪く視線をそらされた。どうかしたのだろうかと眺めていると、チラチラとこちらの様子をうかがってくる。

「椿?」
「んー、その……やっぱオレ、ソファで寝たいんだけど、ダメかな?」
「……月都、寝相悪かったか?」
「ううん」
「寝言か?」
「違うよ。ただちょっと……寝つけないだけで。ダメ?」
「……いや」

 思わず答えれば、椿はほっと安堵して見せた。本当に、寝つけずにいたのか。

 そもそも、ベッドの方がゆっくり休めるだろうからと譲ったのだ。寝つけないと言うなら代わることに否はない。疑問は、残るが。

 時間をかけ水を飲む。その後、椿はソファに、オレは寝室へと向かった。

「……じゃあ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」

 寝室に入り、月都のいるベッドに潜り込む。まだ起きていた月都が、疑問の声を上げた。

「あれ?……シキ?」
「ああ」
「椿、は?」
「こっちじゃ寝れないってんで代わった」
「……オレのせい?」
「いや」
「そっか」

 納得したのかはわからないが、しばらくして背後から寝息が聞こえてた。いつもと同じはずなのに、いる人物が違うというだけで、何だか妙に座りが悪い。椿は、それで寝つけなくなったのだろうか。

 そういや、どうしてソファの横で寝てたのか訊きそびれた。





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あきゅろす。
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