奇妙な来客
インターホンが鳴るのが、深い眠りの中、遥か遠くから聞こえた気がした。
朝とは言ってもそれほど早い時間帯ではなく、むしろ遅い時間。そろそろ昼に近づいてきているという頃のこと。
本来ならば起きているであろうこの時間に、オレもシキも揃ってまだ夢の中にいた。昨夜は遅くまで本を読んでいたのだ。
夕食後、シキの許可を得て他の本にも目を通してみた。リビングに本を運び込み、テーブルの上につみかさねて。
その隣では、なぜかシキも読書していた。全く別の、日本の幽霊画に関する考察の本。興味があるのだろうか。日本の幽霊は美人が多いと言うけれど。非常に真剣に読みふける横顔を、少しだけ眺めて手元の本に視線を戻た。
二人とも読書に熱中してしまっていた。静かに流れる時が心地よすぎて。時間の経過に全く気がつかず、眠りについたのは真夜中を大分過ぎてからだった。そのせいか、最初のインターホンではどちらも目を覚まさなかった。
しばしの間の後、もう一度インターホンが鳴る。
先に目を覚ましたのは、ソファで寝ていたオレだった。半分寝ぼけたまま身を起こす。玄関の方に目をやり、次いでこの部屋の主の眠っている部屋の様子を探る。
起きてくる気配は、ない。
一度大きく伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。
例えばここは自分の家ではないんだとか、だからこの家の主を起こそうだとか、そういったことは一切考えつかなかった。当たり前のように、玄関に向かう。
相手が誰かも確認せず、チェーンを外し、鍵を外し、ドアを開く。見知らぬ女性が立っていた。うつむいているので顔はわからない。シキの知り合いかなと、そんなことを思った。
「……こ……こんな時間にごめんなさい。いきなり来たりしたら迷惑かとも思ったんだけど。でも、全然連絡つかなかったから、心配になって…ねぇ、昨日どうして……」
とつとつと言葉を続けていた女性が、そこで顔を上げ絶句した。目を驚愕に見開く。
「…あなた…誰?」
「椿」
どこか呆然とした問いに、簡潔に答える。まだ、寝ぼけているので頭がうまく働いていない。この場合、名前ではなくこの部屋の住人との関係性を答える方が適切だというのに。
あぁ、でもシキとの関係というは答えづらい。自分でもよくわかっていないのだから。端的に言ってしまえば赤の他人なのだけれど。どうなんだろう。
「な…何してるの?」
「……何?」
ゆっくりと首をかしげ、考える。それから答えた。
「寝てた」
女性の目に動揺が走るのを、ぼんやりと眺めていた。
「し……四季崎君は…?」
「………四季崎?」
「ここ、四季崎君の家でしょ?」
「………え?」
はじめて聞く名前に首をかしげる。玄関から身をのりだし表札を見ると、確かにそこには四季崎と書かれていた。
シキの名前、四季崎だったんだ。
住みついて数日たつというのに、一度も表札なんて見ていなかった。てか、外にすら出ていない。
最初に名前を聞いた時、夢うつつだったから、最初の二文字しか記憶に残らなかったのか。それでも、何も言われないところを見ると、あだ名がシキなのか。
目の前の女性に視線を戻す。とてつもない衝撃を受けたかのような顔をしている。どうか、したのだろうか。
「あぁ……今、寝てる」
「どうした?」
奥から声をかけられた。振り返ると起きたばかりなのだろうシキが近づいてくる。
「あ、おはよ」
「おぅ……客か?」
訝しげに眉をひそめたシキが隣に立つ。玄関の外を見ると、さらに眉間にシワを寄せる。
「………何やってんだ?」
見ると、外にいた女性は後退り、廊下の手すりに背をへばりつかせていた。大きく見開いた目で、オレとシキとを何度も見比べている。
「………ひどい」
ポツリと洩らされた言葉に、首をかしげる。
「……そ…そんな人がいるんだったら、期待なんか持たせないでさっさと断ってくれれば良かったのにっ………!」
瞳に涙を浮かべて、女性は走り出した。
「あんまりだわっ!!」
階段の踊り場へと消えていった後ろ姿を見送った後、シキと顔を見合わせる。
「………そんな人ってどんな人?」
「………何だったんだ?」
シキの問いに、あぁと答える。
「何か、昨日がどうとかいってた。連絡もしたって」
「………?……あぁ」
何か、思い当たる節があったのか盛大に眉を寄せた。
「どうしたの?」
「忘れてた」
何をかまでは語らず、難しい顔をしたままシキは室内に戻っていってしまう。その後ろ姿と踊り場の方を見比べる。
「ねぇ、追いかけなくていいの?」
「構わねぇ。それより飯」
「ん〜」
ドアを閉め、そして台所へと向かった。
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