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違う。




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 二人きりにさせるのが面白くなくて、なかなか家を出る気になれなかった。出かけるからと来られたのだから、それで出かける気が失せてしまえば本末転倒だというのに。

 ノロノロと支度をすれば、椿にいってらっしゃいと見送られた。何てことのないように。心乱されているのが自分だけだと思うと、事実そうなのだが、ため息の一つも吐きたくなるというものだ。

 約束の時間にはもう間に合わない。わかってはいるが、ゆったりと歩む。急ぐ気にはなれない。大体、これぐらいの時間にといった大雑把なものなのだ。ずれたって、構いはしない。

 のんびりと行く内に、住宅地を抜け繁華街にたどり着く。しばらく通りを進み、聞いていた目印を見つけると脇道へと入る。途端、人通りは減り、喧騒は遠く離れた。

 教えられていた、ありきたりな名前の店のドアを開く。ざっと見回せば、すぐにトメの姿が見つかった。目立つから便利だ。

「遅かったな」
「ああ」
「わかりにくかったか?」
「いや」

 答えながら、悟の隣に座る。適当に飲み物と食事を頼み、すでに来ていたつまみに手をのばす。

「聞いたか?」
「何をだよ」
「また口説かれたそうだ」
「へぇ」
「その言い方、やめろ」
「いい加減、観念しちまえよ」
「冗談じゃねぇ」

 ヒクリと、トメが頬をひきつらせる。それを軽く笑い、再び皿に手をのばした。

「悪い話ではないんだろ?」
「悪かねぇよ。重てぇだけで」
「小心者」
「わりぃかよ。それにガラじゃねぇ」

 グイッとグラスを空にしたトメが追加を頼む。

「重いだのガラじゃないだの言いながら、辞める気はないんだな」
「そりゃ……世話なってるからな」
「ならその恩返しとして受けてしまえばいいじゃないか」
「いやいやいや」

 二人の会話を聞き流しながら、店内を見回す。外から見るよりも中は広く感じた。天井が高めだからだろうか。奥にはカウンターもあり、落ち着いた雰囲気になっている。居酒屋と比べることが間違いの気がするが。

 二十歳になったら呑みに行こうと約束した。

 賑やかな所よりは、こういった静かな所の方がいいのだろう。それとも落ち着きすぎだろうか。最初はもっと気楽な方が………。

 ………最初は?

「そこまで気に入られることなど、滅多にないぞ。むしろ棚ぼたじゃないか」
「うまい話には裏があんだろ。いや、ねぇよ。ねぇんだよ。あった方が気が楽なんだっつの」
「何をワケのわからないことを」
「大体、何でオレの仕事の話になってんだよ。おい。シキ。何か別の話題ないか」
「………あ?………あぁ、そういや上のが去年食いに行ったつってたな」
「そりゃどうも。ってだから掘り下げんな」

 トメの言葉にぼんやりとした思考が停止させられる。緩く頭を振ったところで、頼んでいた飲み物が届いた。

 一口飲み、ふぅと息を吐く。

「オレの話はいいんだよ。それよか………そういやお前、今年はヤエからの受け取ったのか?」
「は?」
「いや、どんな手ぇ使ってでも食わすって意気込んでたからな。確か、ザッハトルテか」
「いいや。今年は誰からも………ザッハ…トルテ…だと?」

 トメの言葉に悟は嫌そうに顔をしかめ、けれどみるみる内に強張らせる。しまいには顔を抑えて項垂れた。

 どうやら、心当たりがあるようだ。

「………アレか」
「食ったのか」
「いや、違う。違うんだ。アレはそういうんじゃない」
「食ったのか食わなかったのか」
「食べたのはただのデザートだ」

 面倒になり畳み掛ければ、勢いよく顔を上げた悟が力説する。

「だから違う。バレンタイン関係ない。たまたま、その日のデザートがチョコだっただけだ」
「………たまたまじゃねぇだろ、それ」

 明らかに狙ってやったに決まってるじゃないか。なぁ、とトメに視線を向ければ、ひきつった笑いを浮かべていた。

「気づかなかったのかよ」
「……しばらく前から、やたら甘いものを用意するようになってて……最初の内は、警戒していたんだが……」

 ガクリと項垂れた。

 わざわざ油断するよう下準備してたのか。計画的な。

「……あ、しかも連日のように菓子作っときながら、チョコは十四日だけじゃないか」
「………来月ちゃんと返してやれよ」
「だから、そうじゃないんだ」
「いやいやいや。違うって言い張るの無理があるだろ。なぁ?」
「だな」

 恨めしそうな視線を向けられたが、気づかぬふりでグラスの中身を減らす。

「アレをバレンタインチョコとしてカウントするぐらいなら、ゼロのままの方がましだ」
「そこまで……ってか、ゼロ?サキから貰ってねぇのか?」

 トメの疑問に、悟は視線をさ迷わせた。

 貰って、ねぇんだろうな。椿の言によれば、サエが用意することはなさそうだった。大丈夫だとも言っていたが、フォローはまだしていないのだろうか。

 まぁ、関係のないことだが。

「………貰ってねぇのか」
「うるさい。サキちゃんはそういった浮わついたイベントには興味ないんだ」

 聞いた限り、クリスマスだの花見だのイベントごとは楽しんでるようだったが。椿も、それに参加していたが。

「………楽しみに、してたのに」
「………だったら自分がやりゃあよかったじゃねぇか」
「は?」

 悟が間の抜けた声を出す。

「貰えなかったんなら、自分が渡せばいいだろ」

 オレみたいに。

 言いかけて止める。眉間に力がこもる。

 違う。あれはそんなんじゃない。手をぎゅうと握りしめる。そんなんじゃ、ない。

 糖分が欲しいから買っただけ。一粒二粒で十分だったから、捨ててしまうのがもったいなかったから。だから、渡した。ちょうど、椿も疲れているようだったし。

 第一、日が違う。だから、それなら気にせず受け取ってくれるんじゃないかと。そんなことを思っておきながら、一体何が違うと言うのか。呆れ果ててモノも言えないとはこの事だ。

「逆チョコか」
「………ああ」

 伝わらないように、覆い隠して。それでも、どうしても渡したくて。貰えるわけなどないのだから、事実貰えなかったから、だからせめて代わりにと。

 思考を振り払うように、アルコールを摂取した。

 頼んでいたメニューが届く。食事をして、軽い会話をして、酒を呑む。それでも、家に残してきた椿のことが気にかかって仕方がない。

 今頃、何をしているのか。夕食は何だったのか。ヤエと、何を話しているのか。

「………帰る」
「は?」

 食べ終えたところでガタリと立ち上がり、短く宣言する。

「まだ早いだろ」
「帰る」
「………酔ってんのか」

 酔ってねぇよ。

 トメの言葉を笑い飛ばす。財布から金をとりだし、テーブルの上に置いた。

「んじゃ、お先」
「あ、おい」

 制止の声は聞かず、店を出る。夜風が冷たく気持ちよい。心待ち早足で、帰途についた。





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あきゅろす。
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