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遅ればせながら




 シキにチョコはいらないと言われた。だからといって、作らなかったわけではない。けれど、それはシキに渡すためではなくて。

「遅くなってしまったけれど」
「ううん。ありがとう。早速開けてもいいかな?」
「どうぞ」

 嬉しそうに破顔した香さんが、丁寧に包みを開く。中を見て笑みを深め、一粒口に含みふふふと笑う。

 本当に嬉しくて仕方がないという様子で。こんなにも喜んでもらえたら、作った方もきっと嬉しいだろうに。いや、作ったのオレだけど。

「おいしい。ありがとう」

 感謝の意を伝えられ、笑みで返す。

 サエさんは貰う側だとシキに話したけれど、オレ自身は渡す側だったりする。なっちゃんからは貰えるけど、それ以外は。付き合ってる相手がいた時は貰えたけど、血縁者じゃない女子からの義理チョコは桜子ちゃんからのが初めてだった。だから、ちょっと、嬉しかったけれど。義理じゃなくて友チョコだと訂正されたけど。

 一般的には女友達に渡すのが友チョコで、男友達に渡すのが義理チョコになるはずだけど、性別で区切るのは好みでない。シキには義理があるから渡すけど、オレには友人だから渡すのだと言っていた。結構、嬉しかった。

 香さんには毎年渡している。たまに渡すお菓子と同じように。と、言えば自主的にのようだけど、実際は欲しいと素直に言われたから。香さんはアメリカに留学していたことがあって、向こうでは性別関係ないからとかなんとか。深くは考えまい。

「友也君、この後バイトだっけ?」
「はい」
「そっか。残念」
「………今日はそれを渡すのが目的だったから。次の時にゆっくりと」
「うん。近い内に」

 それじゃあそろそろとベンチから立ち上がる。香さんも立ち上がった。

「送るよ」
「………大丈夫。明るいし、それに自転車だから」
「じゃあ、自転車のとこまででも」

 まぁ、それくらいなら。

 並んで、公園の出入り口にある駐輪スペースに向かう。簡単に別れを告げ、そして自転車に跨がった。

 何を、しているのだろうとは思う。

 冷たい風が頬に当たる。自転車をこぎながら、ぼんやりと考える。毎年のことだし、今さらなんだけれど。でも、シキにはいらないと言われたから。やっぱり、それが普通なんだよなって思ったら、何か。

 考えたところで、何が変わるというわけでもないけど。

 だいたい、好きにしていいと言われても、シキに作ったかどうかはわからないし。元々、料理が好きというわけではない。自分で用意しなければ食べるものがなかった。手伝いをしていないと気が休まらなかった。頼まれたから。そういうことの積み重ね。

 今は、どうだろう。

 あまり、かわらないのかな。おいて貰うために、そばにいるために作っているのだし。あぁ…でも、ティラミス。

 あれは違った。

 作る必要はなかった。ただ、何となく、クリスマスらしいことをしたくて。それ用のではないけど、ケーキならまぁ同じかなって。シキも、ティラミスなら食べてくれるかなって。

 シキがシャーウッドの集まりに行くのは知っていた。そこで色々食べてくるだろうこともわかっていた。だから、わざわざ作る必要なんて、なかったけれど。それなのに。

 食べてくれたらいいな。口に合うかなって。あんな風に想いながら作ったのは、初めてだったかもしれない。

 チョコ。

 きっと、作っていただろう。自分の感情に気づく前だったら。作りすぎたからと口実に。今はもう、自覚してしまったからできないけれど。

 バイトから帰ると、シキは出かけていた。また、部屋にこもって絵を描いてるのかもと思ったけど、靴がなくなっていた。どこに行ったんだろう。

 何も聞いてないし、連絡ももらってないから夕飯いらないってことはないんだろうけど。まぁ、いい。少し早いけど、夕飯の準備を始めよう。

 後はご飯炊けるの待って、食べる前に簡単に手を加えるだけ。そこまで用意してリビングに戻ると、シキがソファでいつものように絵を描いていた。

 その姿を見つけて、少しほっとする。

 足早に近づくと、気づいたシキが顔を上げてこちらを見た。

「………おかえり」
「ただいま」

 いつ、帰ってきたのか知らないから、今さらかもしれないけど。でも、なんだか安心して小さく笑みがこぼれた。

 今日は、ちょっと疲れた。

 だからかもしれないけど、横になりたくて仕方がない。シキの隣のスペースに、身体を押し込むようにして丸くなる。

「………椿?」
「ん。ちょっと。疲れて」

 そういえば、前にもこうした記憶がある。あの時は確か、シキが髪を撫でてくれて。休んでいいと言ってくれて、その優しさに泣いてしまいたくなった気がする。

 また、髪に触れてくれるだろうか、なんて、そんな期待をしてしまう浅ましさに自嘲する。

 頭上で、シキが座ったまま何か動く気配がした。

「ちょうどいい。やる」

 次いで、頭の上に何かがポスンと置かれる。手をのばしてそれをとり、顔の前まで持ってきて確認すると、チョコレート菓子の箱だった。

 箱を見つめたまま、のろのろと起き上がる。

 すでに開封はされているけど、振ってみた感じ、中身はほとんど残っている。

「甘いの平気か?」
「平気だけど……どうしたの?これ」

 シキは肩を竦めた。

「糖分ほしくなって買ったが、一粒二粒で十分だったからな。捨てるの、もったいねぇし」
「そう、なんだ。……ありがとう」

 疲れたときには糖分がほしくなるっていうし、だからちょうどいいなのだろう。

 何か、まだちょっと呆気にとられてる。タイミングがよすぎて。

 だって、チョコ。

 バレンタインは過ぎたといえ、過ぎたばかりだしまだ二月だし。しかも、遅くなったけれどとバレンタインとしてのチョコを他の人に渡した日に、意中の人からチョコをもらえるだなんて。

 それ用でないのはわかってるけど。シキにしてみれば、いらないのを押しつけただけなんだろうけど。でも本当にタイミングがよくて。

 どうしよう。すごく嬉しい。

 まだ、食べてもいないのに、疲れが癒されてしまった。

 顔に出てしまっていたのだろう。シキがおかしそうにクツリと笑う。

「そんなに喜ぶほど、チョコ好きなのか?」
「どう、なんだろう?………そうかもしれない」

 好きに、なったかもしれない。単純だけれど。





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あきゅろす。
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