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菓子トーク




「今年は悟、チョコ受け取ってくれるかなー?」
「いや、去年断られたなら今年は止めとけよ」
「何で?心変わりしたかもしれないじゃない」
「去年渡したの?」
「うん。いらないって言われちゃったけど。だから今年はリベンジ。腕によりをかける」
「溶かして固めるだけじゃねぇか」
「溶かして固めるだけのチョコじゃないよ。愛情たっぷり込めて……ザッハトルテでも」
「うわ。めんどくせぇ。せめて混ぜて焼くだけので良いじゃねぇか」
「んなこと言ってー。トメだって昔作ったんでしょ?」
「トメ、お菓子も作るんだ」
「あー…そりゃ弟らにせがまれてだな。好きこのんで作ったりはしねぇよ」
「えー?何で?良いじゃん作ろうよ。東子さんに。逆チョコ」

 何の話をしてるんだ。あいつらは。

 何となしに寄ったシャーウッド。カランと鈴を鳴らし入店したら、見知った姿があった。話に夢中になっているようで、こちらにはまだ気づいていない。

 声をかけようと近づきかけ、聞こえてきた会話に眉を寄せた。

「作らねぇよ」
「じゃあ、オレが渡しちゃおうかなー」
「……あいつ、他人の作ったもん食うより、自分が作ったもん食わせる方が好きだろ……って、何だよ」
「んーん。別にー?ね?」
「ん?うん」

 にこにことご機嫌なヤエに、すでに疲労の色を見せるトメ。そしてなぜかいる椿。どういう組み合わせなんだ。

 何だか面倒くさそうで近づきたくなくなる。

「四季崎。いらっしゃい」
「あ?………ああ。あいつら何してんだ?」
「何って………コーヒー飲みながらお喋り?」

 盆に水を乗せた六郷が近づいてきた。僅かに首をかしげながらの返答に眉を寄せれば軽く笑われた。

「八重垣君と椿君は勉強してたのよ。そこに五月女さんが来て。引きずり込まれて今に至る、と」

 話ながら、はいと水の入ったコップを手渡される。

「すぐ用意するから」
「……注文とらないのかよ」
「聞く必要ないでしょ」
「怠慢」
「どうせいつも同じなんだから。ほら早く座った座った」

 肩を叩かれ、ため息を吐く。楽しそうに笑う後ろ姿を何となしに見送った。

 やっぱり、声をかけた方が良いのだろう。別の席に腰かけて見つかった時の方が面倒だ。コップを受け取ってしまったから、このまま回れ右して出ていくわけにもいかない。それに、

 それにと向けた視線の先。振り返りこちらを見る椿と目があった。すぐに前を向きそらされてしまい、苦いものが広がる。

 僅かに眉間に力を込め、ふとその向かいに座るヤエが目に入った。奴は喜色を浮かべていた。

「あ、シキだ」

 手招きされ、渋々と近寄る。顔をあげたトメが、疲れきった表情をしていた。ので憐れみの眼差しを向ければ、頬をひきつらせる。

 四人がけの席の空いているところ、椿の隣に腰かけようとしたら、椿が僅かに身体をずらした。それは、場所を空ける意味合いなのだろうけれど、先ほどの視線をそらされたことと合わさり、まるで避けられているように感じてしまって。

 こちらを見ないからなおのこと。

「どうかした?」
「………いや」

 首をかしげるヤエに何でもないと答え、腰を下ろす。

 今朝のことが気づかれたのだろうか。いや、そんなはずはない。大丈夫。朝は普通にしていたじゃないか。勘ぐりすぎてるだけに決まっている。

「シキ聞いて。トメ今年もちゃんと東子さんから手作りチョコもらうんだって」
「へぇ?」
「んなこと言ってねぇだろ」
「言ったよ。自分の作ったもの食べてもらうのが好きだって。それってつまりそういうことだよね?」
「そうなるね」

 ヤエの言葉に、椿が応じる。さらりと髪が揺れたのが、視界の端にうつった。

「いいなー。今年は何作るんだろ」
「………ヤエは去年、何作ったの?」
「ん?生チョコ。パリの石畳だっけ?」

 ふふふと楽しそうにヤエが笑う。それにトメが呆れの眼差しを向けた。

「で、今年はザッハトルテ作るんだと」
「悟にか」
「うん。もちろん。あ、でも義理チョコ?友チョコ?そればらまくのもやりたい。シキもいる?」
「男からもらっても嬉しくねぇよ」

 ヤエの笑顔が一瞬固まった…気がした。気のせいかと眉をしかめる内に、隣から小さな呟きが。

「………まぁ、そうだよね」
「ん?」

 聞き取りそびれ、視線を向けたが椿は静かに首を横に振るだけ。気にはなったが、ようやくこちらを向いたことに安堵した。

「………シキは、お菓子作ったりする?」
「いや。……あーぼた餅や白玉作るの手伝ったぐらいだな」

 記憶を辿りながら答える。椿はそうなんだと微笑んだ。

「和菓子?」
「そもそも洋菓子食う機会があんまなかったな。こいつが作ったやつぐれぇか?」

 こいつ、というところでトメを指す。

「そういや、弟らに作ったやつ、よくお前や悟にも配ってたな」
「ああ」
「えーいいなー。オレも食べたい。ザッハトルテも?」
「いや。それは知らねぇ」

 名前を聞いてどんなのか思い浮かばないから多分だが。よくわからないものを受け取った覚えはないから、食べてないはずだ。

 案の定、トメが同意を示した。

「あれは弟どもが食い尽くしたからな。ボウルに残ったコーティング用のチョコも舐め尽くして……」

 遠い眼差しで回想し始める。それを引き戻したのは椿だった。

「………トメの弟さんて甘いもの好きなの?」
「まぁ好きだな。何かと理由つけちゃ食べたいってねだられた」
「オレもトメのお菓子食べてみたいー」
「何でだよ」
「だっておいしそう。ね、どうだった?」

 どうだったと訊ねられても。

 ヤエの問いに顔をしかめて記憶を辿るが、特に印象には残っていない。食べられないものでなかったのは確かだが、味となると。

「………不味くはなかったな」
「えー何それ」
「よく覚えてねぇよ」

 肩を竦めたところで、ちょうど六郷がやって来た。目の前にコーヒーのカップが置かれる。

「お待たせしましたー。ではごゆっくり」「ああ」
「あ、待って。追加でパフェお願い。チョコの方。なんか話してたら甘いもの食べたくなった」

 戻ろうとした六郷に、ヤエが追加を頼む。トメが、ついでとばかりに口を開いた。

「オレはコーヒーおかわり頼む」
「はい。チョコレートパフェにコーヒーですね。他はあります?」
「椿も何か頼む?」
「ううん。まだ残ってるし、お腹も空いてないから」

 見れば確かに、椿の前のカップの中身はほとんど減っていない。オーダーをとり終えた六郷が去ってから、トメがヤエに呆れた眼差しを向ける。

「つーかお前ら勉強してたんじゃなかったのかよ」
「嫌だなぁトメったら。頭使ってたから余計に糖分欲しいんじゃん」
「そーかよ」
「集中力切れちゃったしね」
「あぁ…うん。ごめん。椿」

 笑顔を一転、申し訳なさそうな表情に変えるヤエ。それに椿がううんと笑いながら首を横に振った。

 そんなやり取りを眺めながら、カップに口をつける。

「昨日はオレのせいで集中力切らせちゃったし」
「………昨日?」

 思わず零れた疑問に、椿が答える。

「昨日もヤエと勉強してたんだ」
「あぁ、会ってたつってたな」
「うん」
「昨日は途中でサエが来てさ。今日はトメだよ?明日は悟に出会したりして」
「明日もかよ」

 そう連日会うつもりなのか。

 何となしに面白くなくて顔をしかめる。すると何故かヤエが喜色を浮かべた。楽しそうに口を開きかけたが、その前にトメが口を挟む。

「………つかよく勉強する気になれるよな」
「………えーだって最低限の学力は欲しいし。今さらだけど」
「最低限つったって、卒業すれば忘れちまうけどな」
「えーそんなもんなの?シキも?」
「………人によるだろ」

 大体、卒業したらつっても、オレはまだ一応学生なんだが。

「そういや椿」
「ん?」
「お前、学校は?」
「あれ?トメには言ってなかったっけ?留年決定したって」
「いや、それは聞いた。来年は行くのか?」
「うん。春からはちゃんと通うよ」

 椿とトメの会話に、溢しかけていたため息が止まる。

 春からは。ならばその頃には向こうの家に戻っているのだろう。今の、距離ではいられなくなる。その事実に苦いものが広がる。

 誤魔化すように、コーヒーカップに手をのばした。





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あきゅろす。
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