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『科捜研の華』




 昼を大分過ぎてしまっていたので、ノリを塗り終わってから昼食の準備をした。食べ終わって、片付けしてからダイニングに入るとシキが座っている。

 横向きに座っていて、片肘をテーブルの上につきアゴを乗せ、膝の上の画集をめくっていた。なぜかつまらなそうに眺めている。首をかしげつつ近づき、パズルの様子を見た。

 ノリはすでに乾いている。

「……これ、どうするの?」
「……ん?……あぁ、額縁がある」
「それも押し付けられたの?」

 軽く肩をすくめて肯定した。立ち上がったので、何となしについていく。入っていった部屋はこざっぱりとしていて、ほとんど物が置かれていなかった。

 クローゼットを開くと、下の段に大小様々な額縁が納められていた。覗き込むと、中には完成したパズルがすでに入っている。

「……それも?」
「あぁ」

 同じように押し付けられたのかと問えば肯定された。一つ一つ中を確認して、空の物を探している。

 そばにいても仕方がないので、少し離れて近くの棚を眺めた。本が並べられている。画集や写真集が多い。美術書や江戸から大正ごろにかけての史料もいくつかある。本棚を見れば人柄がわかるというけれど、一部場違いに思えるものがあった。

 小説の単行本が数冊。他の本とは傾向が違って見える。作者は全部同じだけど、首をかしげてしまう。

「……椿」
「……え?あ、何?」

 空の額縁を渡された。

「あぁ、ありがとう」

 礼を言ってから、棚の本を指し示した。

「こういうの、読むんだね」
「いや」
「え?」
「それも、押し付けられたやつだ」
「ふぅん」

 なるほど。妙に納得して、もう一度棚に目をやる。少し興味を引かれたタイトルがあったので、抜きとってみた。あらすじを見るとどうやらミステリーのよう。

「……読んでもいい?」

 てっきり、好きにしろと言われると思っていたのにシキはなぜか変な顔をした。まるで奇妙なモノでも見るような顔をしている。

 この反応は何なのだろうか。

「……………興味、あるのか?」
「……少し?」

 小説としての内容というより、扱っている題材に少しの興味が引かれた。

 シキは黙ってこちらを凝視している。なぜ、こんなに驚かれているのだろうか。それでも結局は好きにしろと言ってくれたので額縁と共に本を持ってダイニングに戻る。

 パズルを額縁の中に入れると、シキはすぐにしまいに行ってしまった。全く飾る気がないならどうして組み立て始めたのだろうか。まぁ、関係ないからいいのだけど。

 きれいになったテーブルを布巾で拭いていると、戻ってきたシキがじっと眺めて一言呟いた。

「これでようやく使えるな」
「…………あ」

 しまった。

 ソファで食事するシキの隣で横になっているあの距離感が好きだったのに。テーブルが使えるようになったらこっちで食事することになってしまうではないか。

 今からでもさっきのパズルばらして、また一から組み立ててしまおうか。

 半ば本気で考えた。







 ソファの背もたれに半身を預け、本のページをめくる。読み進める内にうーんと唸りたくなってきた。どうなんだろう。これは。

 警察の科学捜査を題材にしているのだけれど。盲点をついてというか逆手にとって犯罪が行われている。ミステリーとしてこういう計算されつくした話はいいのだろうけど。

 でも何か、小説じゃなくてルポかなんかとしての方が読みやすそうなんだよな。

 かなり詳しく科捜について調べあげている。話の筋は全く違うけど前にあった不祥事を連想させる内容だった。多分、あの事件に着想を得たのだろう。

 色んな科学捜査の手法が詳しく載ってたのは面白かった。巻末の参考文献に良さそうなものを見つけられたのには、得した気分だ。

 けれど、何となしに見た発行年月日にますます首をひねる事になる。

 所々読み返しながら悩みきっていると、シキがリビングに入ってきた。

「…………シキ、この本読んだ?」
「いや」
「……そっか」

 もう一度本に視線を落とす。ページをパラパラめくりながら考え込んでいると、少ししてシキがソファに座りかけた。コーヒーの香りが漂ってくる。

「………変なとこでもあったか?」
「ん?んー、変て言うかちょっと気になることが……あ」

 ふと、あることに気づき顔を上げる。

「夕飯、まだ支度してない。ちょっと待って」

 本に気をとられてすっかり忘れてた。外はすでに暗くなっている。本を閉じて台所へと向かった。

 夕飯の片付けが終わってから、やっぱり気になって仕方がなかったのでシキに聞いてみた。

「あの二階堂って人の本、全部揃ってる?」
「……そのはずだが?」
「読んでみてもいい?」
「…………」

 なぜかシキは絶句した。変なことを言った覚えはないのだけれど。まじまじと見つめられる。

「…………気に入ったのか?」
「ううん」

 嫌そうに訊ねられた問いに、あっさりと首をふる。てか、何で嫌そうなのだろうか。この本押しつけた人と仲悪いのかな。でもそれならとっておかないだろうし。

 不思議だ。

「確認したいことがあって。ダメ?」
「………いや」

 それでも、なお釈然としない様子のシキに、首をかしげるしかなかった。





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あきゅろす。
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