梅
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図書館から出ると、なぜかヤエがいた。それは、まぁ、いい。何でだろうとは思ったけど、でも、公共の場だし、わりと近所だし、いておかしくはない。
ただ、シキの手を握りしめてて。
その光景を目にした途端、少し高くなってたテンションが一気に下がった。あぁ…何だか前もこんなことがあったなとぼんやりと思った。
その時の相手はヤエではなかったし、触れていたのも手ではなかった。それでも、この感じには覚えがあった。
ずるいだとか、いいなだとか。
そんな思いが占めて、持て余して、ヤエにそっけない態度をとってしまった。ヤエは、何てことないように流してくれたけど、やっぱりあからさますぎて。シキに、どうしたのかと問われるほどだった。
誤魔化すほどのことじゃない。それでも、言いづらさはあって。本当に、端的に答えたら、少し勘違いをされた。
ただ、まぁ、確かにその事に関しても羨ましいとか思ってしまっていた。だから、あながち勘違いとも言い切れない。そしたら、シキが連れていってくれるって。二十歳になったら、だけど。
今すぐでも良いぐらいだ。けれど、そんなことしてバレたらシキの責任になってしまう。そんなわけにはいかない。
それに、未来の約束をくれた。成人式の絵をと言っていたから、確かにその頃にはまだ関わりがある予定のはずで。本当になるかはわからないけど、でも、まるでその事を補強する様に感じられて。
気分が上昇した。
我ながら、現金だなと思う。でも、嬉しくて仕方がなかった。しかも、ついでのように指切りするかなんて問われて。
それはつまりシキの指先に触れられるということ。ヤエに触れているのを見たせいで気分が沈んでただけに、テンションが上がらないわけがない。
本当に、どうしようもないほど単純だ。
変に上昇してしまった気分を落ち着かせるため、帰ってすぐ夕飯の準備を始めた。とりあえず、何かいつも通りの事をしておかないと、おかしな言動をとってしまいそうで。
どうにか平静を取り戻した頃には、シキがスケッチブックに熱中していた。その姿を見ているのもいいのだけれど、何だかおいてけぼりをくらった感じで。気を紛らすために勉強道具に手をのばした。
結局、指切りをしたのは風呂を上がってから。忘れられてしまったかと思ってたから、安心した。でも、その流れで、貰ったハンドクリームを使ってないことがバレてしまった。
一度、二度は使ってみようとしたのだけれど、やっぱり使えなくて。どうしよう。使いはしたいのだけど、でもと悩んでる内に時間だけが流れていた。
その理由に、シキは呆れた様子を見せていた。そして、気にすることなく、また、塗ってくれた。その上、毎晩だなんて。嫌なわけがない。
申し訳ないなとは思う。でも、そしたらもう他の人に対して羨ましいだなんて思わなくてすむんじゃないかって。慣れてしまえば、特別なことのように感じなくてすむようになるんじゃないかって。そう、思った。
シキにしてみれば大したことのない、ただの気まぐれなんだろうけど。
そんなことを考えながら、自販機のボタンを押す。
遠い未来ではなく近い未来の約束。花見に行こうとの言葉通り、梅を見に来ていた。言っていた梅林は、公園へ少し遠回りする形で。のんびりと歩きながら、花見をして公園にたどり着く。
公園の梅も、途中のもすでに咲いていて、少しだけ残念だった。まだ、咲いてなければまたシキと出かけられたのにと。
ついてしばらくは一緒に見て回っていたけれど、気づいたらシキはベンチに腰かけ絵を描き始めていた。そばに行こうとして、ちょうど冷たい風が吹いた。少し考えて、足を自販機の方に向けた。
そうして今、取り出し口から二本の缶コーヒーを取り出している。
熱い缶を握りしめ、ゆったりとシキの元に向かう。切りのよいところだったのか、シキがスケッチブックの紙を捲っている所で。近付いたらこちらに気づいた。
缶を渡し、隣に腰かける。告げられた礼には緩く頭を振って。缶で暖をとりながら、並んで梅を眺める。何だか、とても幸せだと思った。
しばらくそうやって過ごし、やがてシキが口を開く。
「………そろそろ、行くか」
「ん。そだね」
少し、名残惜しいけれど。でもそろそろ帰らないと暗くなってしまう。結構、距離あったし。
空き缶を捨て、来た時とは違う道を行く。
「シキって、移動は基本歩き?」
「あ?…あぁ、遠けりゃ電車だが。それ以外は大体そうだな。……お前は自転車か?」
「うん。まぁ、場所にもよるけど、自転車か歩きかだね」
今日のこの距離なら、普段は自転車だ。だけど、元々歩くのは好きだし、ゆっくりとしたペースだから苦にはならない。何より、少し楽しい。
それはきっと、隣にシキがいるからなんだろうけど。
「そういや、通学は電車か?」
「電車はたまに。普段は自転車通学」
あ、でもシキの所からだとその気になれば徒歩でも大丈夫だ。
「………シキは?駅から大学まで少し距離あったけど、歩き?」
「だな。一応、バスも出てるが。………前、来たときはどうしたんだ?」
「ん?歩いていったよ」
「そうか」
ふっと、シキが笑った気がして隣を見る。まっすぐ前を向いていたシキの視線が、ふと何かをとらえた。
「椿」
「ん?」
「ちょっといいか?」
「うん」
何だろうかと思ったら、シキは脇にあった花屋に足を向けた。その後をついていく。
「梅?」
店頭に置かれていた梅の枝を、手にとっていた。
「飾るの?」
「ああ。………生けてみるか?」
「ううん。やったことないし」
「オレだって習ったわけじゃねぇし。適当にやりゃどうにかなる」
「………遠慮しとく。よく、わからないから」
習ったわけじゃないと言っても、シキはよく見て育ったわけで。いわゆる門前の小僧だろう。オレは、そういった物に触れることなくここまできた。適当にやって、形になるとは思えない以前に、何だか気後れがある。
「それに、シキが生けたの見たいし」
「大したもんでもねぇだろ」
「でも、この前のやつ、雰囲気がなんか好きだったから」
他のもとのばしかけていたシキの手が止まる。視線があう。
「よく、わからないとかいってなかったか?」
「それとこれとは話が別だよ。技術面だとか良し悪しはわからないけど、自分が好きかどうかはわかる」
まっすぐに、シキを見上げて告げる。
「だから、また生けるならちょっと見てみたいな、って」
あ、笑った。
どうしてだかはわからないけど、嬉しそうな、優しい表情をするから。何も、言えなくなった。何だかとても満たされて、溢れ出してしまいそうなぐらいだ。
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