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 あつい、あつい、あつい。

 火傷してしまいそうなほどに、手があつくて仕方がない。

 シキが触れた。ハンドクリームを塗るために。マッサージをするために。どうしていきなりと問いかければ、手の荒れが気になっていたようで。

 自分では、全く気になっていなかった。けれど描く身としては、当たり前だけどきれいな方が良いらしくて。わざわざ、塗ってくれなくても、理由と共にケアするよう言ってくれればどうにかしたのに。

 それなのに、わざわざ手ずから。

 ゆっくりと丁寧に。まるで大切な物を扱うような手つきに、どうして良いかわからなくなった。

 何も、変なことをしているわけじゃない。ただクリームを塗っているだけ。他意なんて、あるわけないのに。それなのに、呼吸が乱れそうになっていた。

 シキの手の感触が離れない。料理をしていても、勉強していても、本を読んでいても、その手が視界に入る度、意識してしまう度にシキの事を思い出す。シキの存在を感じる。

 自分の手じゃないみたいだ。

 どうしよう。匂いがって思っていたけど、それ以前の問題だった。

 シキの、手。

 ことさら優しい手つきで触れられて、優しい声色で話しかけられて。どうして良いかわからなくなる。溢れてくる感情があった。それを、心の内に留めとくことができなくて。伝えようとしたのに言葉にできなかった。

 形にしようとすればするほど、霧散していく。外に出せないのが苦しくて、必死に言葉を探していると、シキは待つと言ってくれた。

 いつまで、待ってくれるのだろう。思い出すまでだろうか。それなら、思い出さなければずっと傍にいられるだろうか。そんな、ずるいことを思ってしまう。

 ぎゅっと、両手を握りしめる。

 サエさんに対するような、絶対の信頼じゃない。右京さんに対するような、純粋な憧れでもない。それでも、特別で。

「…………イチ?何してんの?こんなとこで」
「サエさん?」

 公園のベンチでシキの事を考えていたら、いきなりサエさんが現れた。少し驚いたけど、でも驚くほどの事じゃない。ここはサエさんの高校の近くで、会えたら良いなとは考えていた。

「ヤエと待ち合わせしてて」
「ここで?」
「うん」

 一度首をかしげた後、サエさんは近寄ってきて隣に腰を下ろす。

「まだ時間結構ある?」
「うん。早く来たから」
「そう」

 膝の上に置いてた手に、サエさんの手がのびる。シキの触れたのとは別の場所、手首の辺りを握られる。特に会話も何もない。ただそのまま無言で時が流れる。

 遠慮なく、力の限りに掴まれてるから正直痛い。きっと血の流れが止まってる。うっ血して、痕が残ったら困るなと少しだけ考えた。洋装とは違い、和装だと手首の辺りは見えやすい。

 まぁ、後は仕上げだけでもう着る機会はなさそうだけど。

 ぼんやりと前を眺める。人気のない園内。葉の落ちきった桜の木。昔ながらの、代わり映えのない遊具。頬を刺す、冷たい空気。

 サエさんが隣でどんな表情をしてるのかは知らない。ただ、手首に強く存在を感じるだけ。反対の掌ではシキを思いだし、緩く握りしめる。

 やがて、手のしびれが消え、感覚がなくなり始めた頃、サエさんがゆっくりと息を吐き出し、掴む力を緩めた。それでも、離れはしない。

「…………手」
「ん?」
「どうかした?」
「あぁ……うん。ちょっと」

 ついと、視線をサエさんとは逆の方に泳がせる。

「何?シキに触られたとか?」
「…………何でわかったの?」

 思わずサエさんを見れば、くつくつと笑われた。その笑顔に、安堵する。

「そんなに分かりやすかった?」
「分かりやすいって。だってあんた、シキの事……」
「あれぇ?サキじゃん。何してんのー?」

 サエさんの言葉を遮り、ヤエがやって来た。

 シキが、何なんだろう。サエさんにはどう見えているのか。気にはなったけど、知りたくない気もした。とりあえず、意識をヤエへと向ける。

「えー?何って……逢い引き?」

 わざとらしくサエさんが肩にしなだれかかってくる。

「えー?何それ。サキの浮気者」
「アハハ」
「で?何してたの?」
「んー?」

 もたれ掛かったままのサエさんに、ヤエが不審そうに首をかしげる。その様子に苦笑した。

「サエさんの高校、この近くだから。登校途中」
「それは見ればわかるけど……制服だし」
「椿が暇そうにしてたから。ヤエ来んの遅い」
「えー?」

 不服だと言うようにヤエが声を出す。それはそうだろう。こうして到着したこの時間だって、待ち合わせ時間よりは早いのだから。

「オレが早く来すぎただけだから」
「そーなの?」
「うん。シキが……」

 シキが大学行くんで出る時に一緒に出た。早く着くことはわかっていたけど、何か、何となく。

 ただ、先ほどシキの名が出たばかりだし、何か言いづらくて言葉を濁してしまった。ヤエが不思議そうに首をかしげる。

「シキがどうかした?」

 曖昧に笑って首を振る。隣からの視線が怖くて、向くことはできない。だって何か、変な態度とったら色々勘づかれそうで。別に、何か隠してるとか知られたくないとかではないけど。

「てかサキ完璧遅刻じゃん」
「だって気分悪かったし」
「えー?」
「サエさん、体調不良だったんだよ」
「え?嘘。サキが具合悪くなるとか、天変地異の前触れ?」
「え?何?椿の言葉ならあっさり信じんの?」

 両者同じように信じられないと言う表情を作る。まぁ、サエさんはヤエの真似をしてるだけだけど。

 てか、天変地異の前触れにツッコミはなしなんだ。

「本当にヘドが出そうだったんだって」
「そこはせめて吐き気がするって言おうよ。吐き気がするって。てか本当に風邪かなんか?大丈夫?」
「へーき、へーき。もう良くなったし」

 そう言ってサエさんが立ち上がる。手首をずっと掴んでた手も離された。

「ヤエは椿と何か用あんの?」
「うん。買い物付き合ってもらうんだー」
「へぇ?じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。じゃあ」

 立ち上がって、サエさんに手を振る。姿が見えなくなってから、ヤエに向き直った。

「待たせてごめんねー」
「ううん。外の風に当たりたくて早く来たから」
「そう?でも寒いでしょ?」
「ちょうどいいよ」

 そっと手を握りしめる。それだけでシキに触れられた時の感触がまざまざと蘇る。手が、胸が、身体が熱を帯びる。





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あきゅろす。
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