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スキンシップ




 絞った台布巾を広げ、たたむ。テーブルを拭く。お盆を運び、食器を配膳していく。イスを引き、座ってから両手を合わせる。箸をとり、茶碗を持ち上げる。箸で、摘まんだものを口許に運ぶ。そして時おりコップにのびる。

 帰ってから、どことなくぎこちなさを感じる。昨夜のことがバレたのかとも思ったが、悪いことをしたわけではない。なんらおかしくない行動のはずと言い聞かせ、気にしてないフリをした。

 椿の行動は普段と同じで、それでも何かが気になって仕方ないようも見えて。どうしてかと観察する内に、気づけば視線は手ばかりを追っていた。

 どうかしてるのはむしろ自分だ。

 ぎこちなく感じるのも、やましさがあるせいだろう。いや、やましいことは何一つしてないが。

 食後、集中できる気がしなくて、ソファに腰を下ろす。習慣的にスケッチブックを開き、鉛筆を手にとった。それでもちらつくのはやはり椿の手。

 深く考えることは止め、思うままに手を動かしていく。

 やがて、洗い物を終えた椿がリビングにやって来る。一瞬だけちらりと視線を向ければ、一瞬だけ動きを止めた。すぐに、何事もなかったように本を手に取り、隣に座る。

 本を、開きはしたが、なかなかページを捲らない。気になって様子を見れば、椿の視線は本ではなくスケッチブックに向いていた。

「椿?」
「ん?何?」
「…………いや」

 それはこっちの台詞だ。とも言えず、言葉を濁す。それからふと、あることを思い出した。

「あぁ……そうだ」
「ん?」
「ほら」

 目当ての写真を表示させた状態で、首をかしげたままの椿に携帯を渡す。

「あ」
「約束、守れよ?」

 見たいと言われた袴姿。写真ではなく写メだが大差はない。凝視している椿に、数年後の約束の確約を求めれば、勢いよく顔を上げた。

 その表情はどこか必死で。まっすぐにこちらを見つめたまま、唇が開きかけ閉じる。ただ微笑を浮かべて言葉を待てば、迷いを見せた後、再び唇が開く。

「……シキ、こそ…忘れないでよ」
「忘れるわけ、ねぇだろ」

 椿の絵を描くチャンスを、関係を持ち続ける口実を忘れるわけがない。

 即答すればわずかに表情が歪む。それは決して嫌だとかといった負の感情によるものではなくて。喜んでいいのかどうしたらいいのかわからなくて、気持ちを無理矢理押さえ込んでいるように見えた。

 開いた唇が何か言いかけ、けれど言葉が紡がれる前に顔が伏せられてしまう。向けられたつむじを眺める。

 顔を隠すように前髪を整える。その流れで髪を一筋つまんですぐに離れる。そこはちょうど、いつだったかに触れた所で。

 指先がチリリと焦げた。手を、握りしめる。

「…………シキ」
「ん?」

 ふいと視線を外した瞬間、声をかけられた。すぐに戻せば変わらず椿は俯いている。

「えっと……どうだった?成人式」
「退屈」
「退屈て」

 こちらに視線を向けた椿が、呆れたような表情をした。それに、くつりと喉の奥で笑えば、つられたように椿も笑む。

「騒いでる連中もいたが。座ってるだけだからな。暇だ」
「そっか………いくら暇でも、最中に絵、描いたりしないか」
「…………」

 軽い冗談として告げられた言葉に、フッと笑みを深める。

「…………シキ?」
「ん?」

 訝しげな声。じっと探るような視線は、気づいているからだろう。何も答えずに受け止めていれば、やがて呆れたようなため息が吐かれた。

 クツクツと、笑いが溢れる。

「何してんだか」
「いいじゃねぇか」

 売店で目当ての物を購入できた。すぐに開場し、どうせならと席について描き始めた。式典が開始され、一度は手を止めたがほどなくして再開した。

 聞いているだけで、手持ちぶさただったのだ。

「………ありがとう。これって、誰かにとってもらったの?」
「ああ」

 受け取り、すぐに消去する。下の兄に勝手にとられて、都合がいいからとっといたまで。用が済めば必要ない。

 椿に見せるためだけに、消去せずにおいたのだから。

「………シキ」
「ん?」
「………お茶に興味ある?」
「…………ん?」

 唐突な問いかけに視線を向ければ、椿はわずかに困ったような表情をしていた。つい、眉をしかめるが、とりあえず続きの言葉を待つ。

「お茶。茶道なんだけど、知り合いがやってて。今度、誘われて、よかったら、どうかなって」
「いつだ?」

 告げられた日に用事はないからと了承する。元々、用などそうそうありはしないが。

 大体、こっちは大した用がなくとも連れ出したりしているのだ。遠慮する必要などないだろうに。断るわけなど。

 だが、なぜか椿の表情は晴れなかった。

「椿?」
「ん?」
「………あー…どんな奴なんだ?その知り合いって」
「どんな。どう、説明したらいいのかな」

 困ったように微苦笑を浮かべ、首を傾ける。さらりと髪が揺れた。

「昔、世話になった人で。それ以来の付き合いなんだけど」
「へぇ?」
「いい人だよ。ちょっと…」

 不自然に途切れた言葉に首をかしげれば、椿は言いよどんでいるよう。少し悩むそぶりを見せてから、続きを口にする。

「スキンシップが、好きな人?」
「スキンシップ?」
「うん」

 思わず眉をしかめると、椿が苦笑した。

 人物像を訊ねてそういう返答がくるということは、椿自身も触れられることが多いのだろう。サキや光太のような触れ方のはずはないが、それでも面白くない。

 けれど、そうやって触れる奴がいるならば、少しぐらいなら許されるのだろうか。

 手を、のばそうかと考え、止める。

 許されるとか、許されないとか考えてる時点でおかしいだろうが。他の奴相手なら、そんなこと考えなどしない。触れることを意識したりなどしないのだから。

 気づかれぬよう、そっと息を吐いた。





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あきゅろす。
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