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写真




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 布団をはぎ取られ起こされた時は、何か起きたのか理解できなかった。混乱した頭のまま起き上がれば、そこになぜか母親がいた。

 告げられた言葉に、そういや昨日の内に実家に帰ってくるよう命じられていたのだと思い出す。従う気などなかったが、まさか力づくでくるとは。

 はっと、後ろを振り返る。いるはずの椿の姿はなく、モヤのようなものを感じながらもほっとした。後ろ暗いことがあるわけではないが、なぜか後ろめたい。

 強引に連れ出されそうになり、ふと頭をよぎったのは椿のこと。もし、母親に椿のことが知れたらと。何も、不味いことがあるわけではない。それでも、興味を持たれてしまうのは不快で。

 大人しく着いてきゃそっちに気をとられるだろうと、渋々降参した。

 洗面所にいた椿に聞けば、すでに接触してしまっていたようだが。

 そうして連れ帰られた実家は、滅多に寄り付かないせいでほぼ他人の家の空気。紋付き袴に着替えさせられ、式典の会場へと連行された。

 やたら写真をとろうとしてくる母親から逃げ、とっととロビーに入る。入場チェックをしているのは講堂の入り口で、このままここで終わるまで時間を潰そうかとも考えた。

 時間を潰せるものなど持ってきていないが。

 それに、たしか入場だか退場だかの際に土産を配られるんだっけか?それがなきゃバレるだろう。後から何を言われようがどうしようもないが。

 まぁ、ここまで来てしまったことだし、腹をくくるか。

 開場までにはまだ時間がある。観葉植物の横の壁に寄りかかり、ぼんやりと辺りを眺める。

 椿は、どうしているだろうか。慌ただしく出てきてしまったが。

「四季崎?」
「あ?」
「あぁ、やっぱり四季崎だ。一ヶ月ぶり」

 声をかけられ視線を向ければ、約一ヶ月ぶりに見る姿があった。スーツ姿で、手にはカメラを持っている。

「ああ。お前も午前の部か?」
「ううん。午後」
「あ?」

 ならばなぜそんな格好でここにいるのだ。眉をしかめれば、あぁと笑って手にしてたカメラを示した。

「友達が午前の部で。その写真を別の奴に頼まれた」
「………ヤロウの写真なんか欲しがる奴いるのかよ」
「欲しがってるのは一応女の子。二人元々付き合ってたんだけど、お互い未練たらたらでねぇ。とっとと元サヤ戻ればいいと思ってたんだけど……」

 けど何なのか。続く言葉はなく、ただ呆れたようなため息を吐くだけ。どうせ関係のない話で、興味もない。流すことにした。

「………まぁ、いい。それよか、結局クリスマスどうなったんだ?」
「それ訊くの?」
「くくっ」

 からかいを含んで問えば、顔をひきつらせる。本気でいやがる様が愉快でならない。

「あー…うん。まぁ、良かったんじゃない?ホントに。ねぇ」

 はーぁと重苦しいため息をこぼした後、じとりとした視線を向けられた。

「四季崎は?喫茶店のパーティーだっけ?」
「ああ。まぁ、途中で抜けたが………」
「ふぅん?」

 思い出したのは、息せって帰ってきた椿の嬉しそうな顔。つい浮かべかけた表情を抑えるように、片手で口許をおおって隠す。

「四季崎?」
「いや。つーかもう写真とったのか?」
「あ。探してる途中だったんだ。デカイからすぐ見つかるはずなんだけど………じゃあ、その内また」
「ああ」

 軽く手を振り、人混みに消える姿を見送る。

 思い出したら、描きたくて堪らなくなってきた。売店、ねぇかな。ノートとペンぐらいは売ってるだろ。最悪、メモ帳でもいい。

 壁から背を離した。




 式典を終えれば解放されると思っていたが、昼食後に親戚を回ると告げられた。ふざけんな。見世物じゃねぇと反論したが、逆らいきれるわけがなく。

 さらに腹立たしいことに、アレまで顔を出していた。滅多に実家に寄り付かないくせに、なぜこんな時ばかりいる。

「だって!シキの袴姿だよ。見たいに決まってるじゃないか。どんなにここが胸くそ悪くても!」

 などとほざき、母親にしばかれていた。いい様だ。

 隙を見て、抜け出すことができたのは昼過ぎ。親戚回りなどをしていたら、帰れるのは遅くなる。椿に、連絡しとかなくては。メールでも事足りるのだろうが、とにかく声が聞きたかった。

 使うことのない部屋の前の縁側で、電話をかける。聞こえてきた声に、心が安らぐのがわかった。

 通話を切り、閉じた携帯を眺める。早く戻らねばならないのに、もう少し余韻に浸っていたい。振りきるように一度瞼を閉じ、踵を返した。

 ら、なぜかそこに長男がいた。ニヤニヤと笑っている。

「…………あんた、仕事はどうした」
「えー?だってかわいい弟の晴れ姿だぜ?抜けてきたに決まってんだろ」

 決まってねぇよ。サボんな。ダメな大人め。

「なぁ、それより今の何?彼女?」
「…………うぜぇ」

 ぐいと肩を引き寄せられる。うっとうしくて顔をしかめるが、ケタケタと笑われて終わった。

「つーかどこから聞いてた」
「ん?写真見せるってトコから?どうせなら一枚と言わず見せてやれよ。なんならベストショットとってやろうか?」
「うっぜぇ」

 押しやって身体を離すが、今度は力任せに背中をベシベシ叩いてくる。いてぇんだよ。馬鹿力が。

「大体、彼女なんかじゃねぇよ」

 付き合えるわけなどない上に、あいつは男だ。

「またまたぁ。振り袖の絵を描くって約束してたじゃねぇか」
「だからって、付き合ってるわけじゃ、ねぇ」
「ふぅん?お前、オレに似てモテそうなのにねぇ」
「…………あんたに似たくねぇよ」
「でも志渡よりマシだろ?」
「それは、まぁ…」

 確かに。

 思わず肯定してしまえば、そいつは大声をあげて笑い出した。その笑い声に、顔をしかめる。

「おい。いい加減仕事戻れよ」
「ん?あぁ…そうだな。そろそろもどらねぇと」
「…………電話のこと、誰にも言うなよ」
「ん?」

 目尻の涙を拭き取り、立ち去ろうとした背中に声をかける。色々と勘違いしてるみてぇだし、変に話されるのは面倒だ。

 振り返ったそいつは、一度瞬いた後、不思議の国の猫のような笑みを浮かべた。

「かわいい、かわいい弟のお願いだもんなぁ?りょーかい」

 椿の声を聞いて少し癒されたはずなのに、どっと疲れた。これから親戚回って見世物にされるのかと思うと、気が遠くなる。

 早く帰りたい。





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