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unconsciously




 遅くなるから先に夕飯済ませて寝てるようにとメールがきたのは、夜が更けてからだった。忙しいのかな。大変そうだな。そう思いながら、わかったと返信した。

 ゆっくりと、ソファに倒れ込む。

 残念に思いながらも、少しだけホッとしてる。昼間、香さんにシキのことがバレて………隠してたわけではないから、バレたという表現はおかしいけど。ただ、言ってなかっただけで。

 とにかく、夏以降の出来事を洗いざらい、全てではないけど、話すはめになってしまった。そしたら、やっぱりと言うかなんと言うか、興味を持たれて。

 一席設けるから、と。

 会う必要性などないはずなのに、何かあった時のために顔を知っておきたいと言われてしまい。何かなんて、あるわけないのに。だって、

 脳裏に浮かんだのは、いつか光太の頭の上に置かれた手。

 だって、シキは、

 無意識の内に、髪を一筋つまむ。胸が苦しくなって、息を吐いた。楽には、なれなかったけれど。

 そもそも、香さんをどう紹介したらいいのかもわからないのに。考えがまとまっていないから、シキが遅くなるときいて、少しだけホッとした。

 指に毛先を絡めながら、ぼんやりと思考を巡らす。けど、何だかとても疲れていて。瞼が重たくなってきた。

 もう、このまま寝てしまおうか。ここだと風邪をひいてしまうから、ベッドに移動して。でも、ダメだ。

 夕飯を食べてと言われて、わかったと答えてしまったから。ちゃんと食べないと。のろのろと起き上がって、台所に向かう。

 二人で食べるはずだった夕飯を一人で食べ、片付ける。シャワーを浴びて、ベッドに入る頃には眠気は少し薄れるかと思ったけど、そんなことはなかった。

 重たい身体を引きずり、布団を被る。何となく、今朝の事を思いだし、身体の向きを変える。いつもシキが寝ている方向。朝、シキはここにいた。こっちを向いて、眠っていた。

 少し迷って、かなり迷って手をのばしてみる。触れてみたって、温もりが残ってるわけでもないのに。それでも。

 気がつけばいつの間にか眠りについていて。うつらうつらした意識の中、シキの声を聞いた気がした。名前を呼ばれて。それがすごく嬉しくて。

 しみじみと思った。シキのことが……だと。

「…………んっ」

 ぎゅっと身体を小さく丸め、ゆっくりと息を吐く。何度か呼吸を繰り返し、それから瞼を開く。数度、瞬きをして、ぼんやりと前を眺める。

 少しずつ意識がはっきりしてきて、でもまだ覚めきってなくて。後ろを向いて、もう一度前を向く。

「………あれ?」

 いない。

 もう一度後ろを確認してから、のろのろと起き上がる。辺りを見回してみても、やっぱりいない。ぼすんと倒れ込む。ゆっくりゆっくり頭を動かす。

 少しずつ覚醒してくれば、むしろなんでいると思ったかの方が不思議だった。朝、起きた時にいたことなど、昨日が初めてだったのに。

 結局、いつ帰ってきたのか。そもそも、帰ってこれたのだろうか。そんなことを考えながら、のろのろと身体を起こす。

 触れたベッドの片側は、冷たいままだった。

 けれど、

 洗顔を済ませ、水を飲もうと向かった台所で首をかしげる。何だか様子がおかしい。何かが違う。

 じっくりと、見回す。

 水切りの中に洗い終えた食器が入ってる。中身が残ってたはずの鍋やフライパンも片付けられている。お釜の中は、空にはなっていないけれど、減ってはいた。

 帰ってたんだ。

 そしてご飯食べていったんだ。

 いつ帰ってきたのだろう。起きて待っていればよかった。寝てるよう言われて、わかったと答えてしまったけれど。ならばせめて、もう少し早く起きていれば。

 伝えたいことが、あったのに。

 ……………………何をだろう。今自分は何をシキに伝えたいと思ったのだろう。はっきりとそう思ったくせに、伝えたい内容はひどく朧気だ。

 さっき、夢うつつの状態では確かにはっきりとわかっていたはずなのに。

 いくら考えても思い出せず、ため息を一つついた。何となく、髪に手がのびる。





「うぁーうっちゃんヒドイ」

 ぐてーとテーブルの上に突っ伏してしまった丁さんに苦笑する。

「オレ、後ろめたいこと何一つないのにー」
「…………後ろ暗いことは?」
「それはちゃんと裏でやってる」

 それは威張れることではない。

「グレイゾーンだから目をつけられてるんじゃ」
「失礼な!限りなく黒に近い白と言ってくれ!」
「…………それ、灰色ですよね?」
「あれ?」

 首をかしげてしまった丁さんを横目に、茶碗を紙にくるみ箱に入れていく。

 先ほどまで右京さんが店に来ていて、丁さんに探りを入れてというか、苦言をていしというか、最終的には懇願になっていた。とても大変そうだった。

「…………あまり、右京さんに迷惑かけないようにしてくださいね?」
「むしろ苦労してるのオレなのにー。半君はうっちゃん贔屓だからなー。オレ味方いないー。寂しいー」
「そんなことない…よ?」
「そんなことありますよーだ」

 あぁ、拗ねちゃった。どうしよう。てか拗ね方が子供っぽい。おかしいな。この人、左京と同い年のはずだけど。

 まぁ、ほっておいても問題ないか。

「半君、うっちゃんと話してる時、目ぇキラキラだよ?自覚ないの?」
「ある、けど………でも右京さん、かっこいいし」
「半君のかっこいい理解できない!あれはかっこいいんじゃなくて怖いって言うんだよ。京君なんてうっちゃん来ると怯えるからね。なまはげと同じだよ」

 それは言い過ぎじゃあ。言いたいことはまぁ、わかるけれど。

「でも半君、今日は心ここにあらずだったよね」
「え?」
「うっちゃんと話してても時々違うこと考えてたでしょ。めずらしいよね」
「そう、かな?」
「そうだよ」

 別のことに気をとられていたと言うなら、思い当たるのは一つだけ。ぼんやりと思い出しながら、何となく髪を一筋つまむ。

「あ」
「え?」
「それ。また」
「ん?」
「最近多いよね、それ。何かあんの?」
「…………どれ?」

 心底不思議そうに問われたけれど、何を指してるかが皆目検討つかない。

「髪。つまむの」
「…………あぁ」

 指摘され、思わず離してしまった。

「…………特に意味は。何となく?」
「ふぅ〜ん?あ、お客さんだ。何の用だろなー」

 聞こえたベルの音に、丁さんは意気揚々と店頭に向かう。その後ろ姿を見送りながら、何となく落ち着かなさを感じた。

 気になって、時おり触れてる自覚はあった。でも、他人に指摘されるほどだとは思ってなかった。

 理由なんて、シキが触れたと、たったそれだけなのに。





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あきゅろす。
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