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傍に




 昼前に香さんから連絡があって、時間があったらこれから会おうと誘われた。いつもより早く起きたから、いつもより時間はある。いると思っていたシキがいなくなってしまったから、なおさら。

「香さん、こんにちは」
「やぁ、こんにちは。友也君」

 待ち合わせと指定された、こじんまりとしたパスタ屋に着くと、香さんはすでに席についていた。声をかけると優しい笑みを浮かべ、読んでいた本を閉じる。

「はい」
「ありがとうございます」

 席に着くとメニュー表を渡される。ざっと目を通し、さっぱりしてるハーフサイズの物を選ぶ。香さんが店員に声をかけ、オーダーを済ませた。

「ごめんね。急で」
「いいえ。ちょうど時間をもて余せてたので」
「無駄にするのももったいなくて」

 今朝、お姉さんに行く暇ないと絵画展の招待券を押しつけられたのだという。しかも、今日が最終日のもの。捨てるのも忍びなく、せっかくだからと声をかけてくれた。

「最近、少し絵に興味あるから」
「そう言ってもらえると助かるよ。…………まったく」

 疲れたようにため息を吐く姿に、苦笑した。どんなやり取りがあったのかは知らないけど、仲がいいんだな。そしてやっぱり、姉というのは立場が強いんだなとも思った。

「………まぁ、こうして友也君に会う口実ができたからいいんだけどね」

 気をとりなおすように、嬉しそうに微笑まれた。曖昧に笑って濁す。

「落ち着きそうですか?」
「うん。もう少しかな?友也君の方は?最近どう?」
「かわらず。………知り合い、に絵本を借りて。最近よく読んでる」
「絵本?」

 はいと頷く。

 先日、出かけていたシキが何やら紙袋を抱えて帰ってきた。中には少し年季の入った絵本が数冊。訊けば、実家に帰ったついでに持ってきたのだと言う。

 何となく、懐かしくなったから。気になるなら、好きに読んでいいと。

「読んでいたっけ」
「…………ちょっと興味あって」
「そうなんだ」

 懐かしくなってという言葉が嘘だとは思わない。けど、出産祝いを買いに行った時、興味があると思われたみたいだから、それも少しは理由に含まれてるんじゃないかと。そうだったら、嬉しい、なんて。

 思い出したら、何だか落ち着かなくなった。水を一口飲んで、ごまかす。

「何かおすすめあるかな?」
「えっと……」

 とっさに浮かんだのはシキがくれた一冊。風の音色と題されたそれは、色合いが良いと言っていた通り、優しい色の、文字のない絵本だった。

 文字はなく、絵のみなのに不思議とあたたかな音が聞こえてくる。とても気に入ってしまって、同じ作者の別の絵本を買ってきた。そしたら、シキも興味があるようで真剣に読んでいた。

 けれど何となく、それを伝えるのは躊躇われる。

 どうしようかと思ったところで、タイミングよく料理が運ばれてきた。しばし会話が途切れる。

 店員が去ってから手を合わせ、フォークをとる。

「それで?」
「んー、色々あるから……香さんはどんなの読んでた?」
「僕?」

 フォークに巻き付けたパスタを、口に運ぶ。

「言われてみると、あまり印象に残ってるのは………昔話とか、童話ぐらいかな?」
「鶴の恩返しとか?」
「そうだね。あとは…あぁ、青い鳥とか」
「それって結構長い話じゃ」
「うん。でも子供向けに大分はしょってあるから」

 そう言って、ふと笑みを深めてまっすぐに見つめられる。

「幸せはすぐ傍にあるって。本当にそうだね」
「………」

 その視線の先にいるのは自分で。どう返せばいいかわからず、曖昧に笑う。

 その後は当たり障りのない会話をしながら、食事を終えた。お店を出て、絵画展の会場に向かう。

 道すがら、振り袖姿の人を見かけ、今日が成人式だった事を思い出す。ならば、シキが出かけた理由は成人式だろうか。今年、成人式だと言っていた。

 けれど、準備をしている様子はなかった。出席しないつもりなのを見越して、迎えに来たのだろう。

 スーツか、袴か。

 見てみたいな。

「…………香さん、成人式の時、袴着た?」
「ん。うん。羽織袴だったよ。友也君の時、着るなら貸そうか?」
「………大分先の話じゃ」
「そうだね。でもきっとあっという間だよ」
「それに、それって紋付きじゃ」
「うん。紋付きだね」
「………オレは千条寺家の人間ではないので」
「そっか。残念」

 残念がられても。

 とりあえず口を開こうとしたところで、携帯が振動したのに気づいた。バイブ設定をしてる相手は限られてる。

 断りを入れて取り出すと、シキからの着信だった。

「ちょっと、ごめんなさい…………シキ?」

 早口で詫びを入れ、着信に出る。

―――椿?
「うん」

 頷いて、続きの言葉を待つ。

 どうしたのだろう。何のようだろう。もう、帰ってきてるのかな。それはないか。

―――今、家か?
「ううん。ちょっと、ヒトと会ってて」
―――そうか。あー…

 どこか、言いづらそうな雰囲気に首をかしげる。

―――悪い。遅くなる
「…………っ、そっ、か」

 聞こえた言葉に、息を飲む。それでもどうにか、受け答えすることができた。

 でも。だって。早く帰ってくるって言ったのに。仕方のないことだと、頭の隅ではわかってるのに。

「わかっ、た。………何時ぐらいになりそう?」
―――はっきりしねぇ。なるべく急いで帰るが
「そんな…別に、急いで帰ってこなくても」

 思ってもない言葉を告げると、シキがくつりと笑った。

「シキ?」
―――その声でか?
「ん?」
―――いや………オレが、早く帰りたいんだ
「………そっか」

 何だか落ち着かなくなって。どうしていいかわからなくて、髪を一筋摘まんで、誤魔化してみた。

「………シキ」
―――ん?

 聞こえる声はひどく優しくて。じわじわとあたたかいものが込み上げてくる。苦しいほどのその感情を伝えたいのだけれど、うまく形にできない。

「えっと、成人式?」
―――ああ。式典は終わったが、親戚回りがな
「………袴?」
―――だな
「…………見たかったな」

 思わずこぼれた言葉。そんなこと言ったって、どうしようもないのに。

―――………写真
「ん?」
―――何枚か撮られたから、一枚ぐらいなら
「いいの?」
―――お前だって、見せてくれたじゃねぇか
「そっか。そだね。………楽しみにしてる」
―――んないいもんじゃねぇぞ
「そんなこと、ないよ」

 どうしよう。嬉しい。

 呆れたような声に返す言葉は、わずかに弾んでしまっている。

―――…………その代わり、お前ん時は描かせろよ
「っ何年、先の話を」
―――いいだろ。別に
「いいけど。別に」

 泣いて、しまいたくなった。胸が苦しくて仕方ない。色んな感情が溢れだしそうで、でもやっぱり形にならなくて渦巻いている。

 だって。それはつまり、その時に付き合いが続いてることが前提で。今のままの形じゃないだろうけど、いて良いって言ってくれてるみたいで。

―――椿
「………ん?」

 どんなにその言葉が嬉しいか、きっとシキは知らない。

―――…………じゃあ、そろそろ
「ん。そだね」
―――ああ
「うん」

 名残惜しくて、自分から切ることができない。シキが通話を切るのを待って、携帯を閉じた。

 身体が熱い。吐息が溢れる。ゆっくりと呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

「…………友也君?」

 あ、しまった。

 不意にかけられた声に、一気に現実に引き戻された。何か不味いことがあるってワケではない。ないけど、何か。

 何となく、笑顔でいるのだろう香さんの事を見ることができない。





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