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落ち着く場所




 □□□□□

―――もしもし、友也君?

 耳に優しいバリトンの声。それだけで、どうしようもなく胸が暖かくなる。

 連絡があるのは久しぶり。だから、聞いて欲しいことがたくさんある。なのに、何から話せばいいかわからなくて。胸が詰まって言葉が出てこない。

 ただ、名前を呼ぶだけで精一杯だった。

「…………右京さんっ」

 舞い上がってる自覚がある。

 つかえながらも、これまであった楽しかったこと、嬉しかったことばかりを話していく。自然と話題は、シキのことが多くなった。

 夢中で話していて、不意に聞こえた笑い声に我にかえる。

「右京さん?」
―――あぁ、悪い。そのシキ君のことをあまりに嬉しそうに話すものだから、つい

 そんなにだっただろうか。

 思い返してみるけれど、よくわからない。冷たい風がそよぎ、ほんのりと高くなっていたテンションを落ち着かせる。

―――悪い意味ではないんだ
「わかってます」
―――そうか

 姿は見えないけれど、優しく微笑するのが容易く想像できた。それに、心が暖かくなる。

―――そう言えば、まだあいつの所でバイトを?
「はい。接客はせずに、裏方の仕事をやらせてもらってます。たまに、京君の勉強を見たり」
―――そうか……なら、その内に顔を見に行くから
「はい。でも、無理はしないでください」
―――ああ。友也君こそ、風邪には気を付けて
「はい」

 気に留めてもらって、こうやってたまにでも話すことができればそれで十分なのに。わざわざ顔を見に来てくれると言う。

 申し訳ないと思いつつも、嬉しいという感情を止められない。

 閉じた携帯を両手で握りしめ、ゆっくりと息を吐く。どうしよう。きっと今、しまりのない顔をしてる。シキに、変に思われる。

 もしかしたら、もう変に思われてるかもしれない。あんな風に携帯に飛び付いたりして。リビングを見ると、シキの姿は見えなかった。首をかしげながら中に入る。

 室内に入って見回しても、やはりシキの姿はない。どこに行ったのだろうと、とりあえずソファに腰を下ろすけど落ち着かない。

 カチコチと時計の音が響く。手の中の携帯を弄ぶ。

 さっきまではここにいて、しばらくのんびりしてる風だったのに。気が変わって、部屋に閉じ籠り何か描いてるのか。それとも、どこか出かけてしまったのか。

 ぼんやりと、時計の音を聞く。

 何となく、携帯を置いて立ち上がった。玄関に向かってみる。普段、シキがはいている靴はあった。だから、多分出かけてはいない。

 じゃあ、やっぱり絵をかいてるんだ。なら、邪魔はできない。

 手持ちぶさたになってしまって、所在ない。さっきまで何をやっていたのか思い出せない。寝てしまおうか。

 そう思ったものの、いつものようにソファで横になる気が起きなくて。まぁ、いいやと寝室に向かった。

 ドアを開く。

 ベッドの上に横たわる人がいた。

 考えるまでもなくそれはシキで。ドアが開いたのに気づいたのか、上半身を起こした。休んでいたのを邪魔してしまったかとも思ったけど、何も言われないし、再び寝る気配もない。

 少し迷って、中に入り隣に腰かけることにした。

「寝てた?」
「いや……どうした?」

 どう。

「何か、戻ったらいなかったから。どっか出かけたのかと思った」

 そうではないと、わかったけれど。だからどうというわけでもないけれど。こうして、隣にいられることで、どうしようもなく安心した。

「……やけに」
「ん?」

 ポツリと、溢れたような言葉。ぼんやりと前を眺めながら、その耳に優しい声を聞く。

「嬉しそうだったな」
「あぁ、うん」

 先程の電話を思いだし、頬が緩んだ。

「何て言うか……憧れの人からだったから」

 他に言いようがない。憧れてやまない人。

「左京の友人なんだけど……忙しい人で滅多に会えないから」

 たまに、左京に会いに来るついでに顔を見せてくれる。今度は、バイト先に来てくれると言っていたから、丁さんに何か用があるのだろう。

 それでも顔を見にと言ってくれたのだから、わざわざいる頃を見計らって来てくれる気なのだ。

「どんな奴なんだ?」

 どんな人。

 その姿を思い浮かべながら、ゆっくりと言葉を探して紡いでいく。

「すごく、かっこいいよ。オレも、将来あんな人になりたい」

 見た目も、中身も、本当にかっこいいとしか言いようがない。あんな素敵な人と知り合えてよかった。左京が紹介してくれてなかったら、きっと今ごろは、

「…………椿」
「ん?」

 呼ばれた名に答える。

 ただ並んでいるだけのこの空気がひどく心地よいから、続く言葉をのんびり待った。

 けれど、いつまで待っても続きはなくて。不思議に感じて隣を向く。何か考え込んでるようにも見える。どうかしたのだろうかと、首をかしげた。

「シキ?」
「…………いや」

 絞り出すような、何かを吹っ切るような声。本当に、どうかしたのだろうか。

 視線を前方に戻し考えてみるも、わかるわけなどなくて。寝起きで、少し寝惚けてるだけなら良いのだけどと考えてみる。

「なら、良かったな。連絡あって」
「うん」

 シキのことを考えていたらかけられた言葉に、反射的に頷く。頷いてから、言葉の内容が頭に届いた。

 どのみち、返事は肯定だから問題ない。

 連絡があって嬉しい。会えればもっと嬉しい。憧れの人。オレにとってのヒーロー。

 捕った獲物を飼い主に見せにいく猫のように。喜ばしいことは、何から何まで報告してる。もう、大丈夫だと知ってほしくて。

 だからその内、シキのことを紹介できたらなどと思った。深い意味はない。今まで報告してきたのと同じように。この人がオレの……なのだと。

 オレの、何なのだろう。

 憧れというわけではない。好意的な感情を抱いているけど、続く言葉が思い付かなかった。

 一体、何なんだろう。何と言って紹介したいと思ったのだろう。確かに、何か適した言葉があったはずなのに。

 そんなことを考えながら、ふと視界の端に握りしめた手がうつった。いつか、触れてきた手。

 その、かつて触れられた所が、なぜか熱を帯びた気がした。





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