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あたたかい家




「あ、もしもしー?今大丈夫?あのね、四季崎捕まえたから、これから連れてくね。ん、ヘーキ。じゃ、ちょっと待ってね」

 ピッと携帯を切ると、腕をひいて歩きながらこちらを振り返った。

「今サ店にいるって」
「……誰がだよ」
「四季崎に告白したいんだって」
「…………」

 それは今ここでお前が言っていいことなのか?てか、こっちの質問は無視かよ。

「……物好きだよねー」

 しみじみと言うな。

 連れていかれたのは、大学近くの喫茶店。中に入ると奥に座っていた一人の女が立ち上がった。見覚えは、ない。

 奴は戸惑いを見せる女から、何かチケットを受けとると嬉々として帰っていった。

 売られたのだと悟った。

「…………」

 さっさと聞くことだけ聞いて帰ろうと、とりあえず席について数十分。話の終わる気配は一向にない。

 協力してとは頼んだけど、こんなつもりじゃなかったのとの謝罪から始まって。その後延々と続くアイのコクハク。思いの丈をこれでもかと言うほど語り続けている。

 口を挟む隙間がまるでない。言葉を発しようにもすぐに遮られてしまう。返事を聞く気はないようだ。

 面倒になって、言うだけ言って気がすめば解放してくれるのだろうと聞き流すことにした。

 いつもと違う喫茶店なので、コーヒーの味もいつもと違う。

 結局、気がついたときには今度二人で会う約束になっていた。このまま付き合うことになっても特に問題はない。ただ、続くことはないだろうと思った。

 一人、席に残ったまま一休みする。疲れた。

 しばらくして、そろそろ帰るかと席を立つ。しかしすぐに足が止まった。

 さほど離れていない席に、とっくに出ていったはずの奴がいた。テーブルにつっぷして眠っている。

 無視をしてこのまま立ち去ろうかとも考えたが、向かいに座ることにした。一言、文句を言ってやりたい。

 頼んだコーヒーを飲みながら、目を覚ますのを待つ。待ちながら頭に浮かんだのは家にいる椿のことだった。あいつも今頃まだ寝ているのだろうか。

「四季崎が一人で笑ってるー」
「……起きたのか」
「んー、寝てはいなかったし」

 明らかに寝起きの顔で、目をコシコシと擦りながら言い放つ。説得力は皆無だ。

「もう一つ、用があったんだ」
「…………」
「夏休みの用事って何かある?」
「いや」
「だよね。写生旅行の話があるらしくて、声かけてって頼まれた。行かないよね」
「あぁ」
「わかった」
「てか、何でお前を通して話がくるんだ?」
「さぁ?なんか友達だと思われてるみたいだよ。違うのにね」
「だな」

 話をする事はあるが友人関係では決してない。

「……ホットケーキ頼んでいい?」
「あ?」
「写生旅行の話、代わりに断っとくから」
「…………」

 代わりに、のところを強調して言う。つまりはおごれと言うことなのだろう。しぶしぶとうなずいた。

「つーか、お前人を売っただろ」
「あーごめんねー。でもあのチケット欲しかったんだ」
「…………」

 悪びれもなく言い放つ。

「コンサートのチケット。恋人が興味あるって言ってたから」

 その後、今度はこいつののろけを延々と聞くはめになった。

 帰途に着くことができたのは日の暮れ始めた夕刻。一日の大半をあの喫茶店で過ごしたことになる。まともに昼食をとってすらいない。住宅地の中、漂ってくる料理の匂いが空きっ腹に響く。

 疲れた。本気で疲れた。

 帰って、飯食って、倒れ込むようにして寝てしまいたい。けれど、飯を作るのが面倒だ。もしくはゆっくり、風呂にも浸かって疲れをとりたい。温泉もいいよな。季節は冬の方がいいが。

 玄関を開けた瞬間、奥から温かい味噌汁の匂いが香ってきた。気のせいかとも思ったが、どうやら違うようだ。不信に思いつつ玄関を上がる。

 台所には椿がいた。軽やかに包丁の音をたてながら料理をしている。その姿に奇妙な錯覚に陥りそうになった。

「……あ、おかえり」
「……あぁ」

 一度振り返り、当たり前のように迎えの挨拶をする。つい返事をするとすぐにまた前に向き直った。近づき、手元を除く。手際よく、長ネギを刻んでいる。

「……何やってんだ?」
「夕飯作ってる」

 それは見ればわかる。そうではなくてと口を開こうとして、椿がこちらを見上げた。わずかに首をかしげる。

「………色々と世話になったから、お礼しようと思って。ダメだった?」
「………いや」

 疲れはてていたからむしろ助かった。

「……ん?」

 飯の匂いに気をとられていたが、わずかに石鹸の香りがする。気がする。

「………風呂、入ったのか?」
「あ…う…」

 気まずそうに顔をそらして、視線をさ迷わせる。

「……どうしても汗流したくて、シャワー借りました。でも大丈夫、風呂掃除しといたから」

 そういう問題ではなくて、風邪の方は問題ないのだろうか。

「……ダメだった?」
「いや……体はもういいのかよ」
「ん。ほとんど平気。でも、まだ心配だからもう少し休む」

 その休むというのは、当然ここでということなのだろう。当たり前のように言っているが。

「どうかした?」
「……いや」
「そう?もうちょっとでできるけどどうする?すぐ食べる?」
「あーいや、先にシャワー浴びてくる」
「わかった」

 まずは着替えを取りに行こうと台所を後にして、背中に椿が声をかけてきた。

「あ、お風呂ためてあるから」





 うっかり癒された。





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あきゅろす。
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