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いつもと同じ




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 クリスマスプレゼントだと渡されたのは、本と絵本が一冊づつ。絵本は洋書で、英語で書かれた文字を追えば、先日聞いた歌の歌詞だとわかった。

 もう一冊はその時代背景や歌詞を読み解く解説本。歌を、気に入ったと言ったから選んだのだろう。絵がよかったからと、どこかで聞いたような言い訳をしていた。

 思いがけない贈り物に気をとられている内に、椿は逃げるようにして眠ってしまった。

 何となく、渡そうと思っていた物があった。プレゼントと言うほどの物でもない。本当に、ただ何となくあった方がいいんじゃないかと購入した。それを結局、渡しそびれた。タイミングを逃して。

 ベッドの縁に腰掛け、寝姿を眺める。やはり、反対側を向いているので顔は見えないけれど。さらさらと、指触りの良い黒髪。指の先がチリリと痺れる。胸が熱を帯びる。

 ゆっくりと、息を吐く。

 寒空の下、思い出したのは幾日か前の事。ポケットの中の指先が、その時と同じようにチリリと痺れた気がした。

 もう一度息を吐き、それから裏木戸をくぐる。正面の玄関から入る気にはなれない。勝手口から入り込み、まずは洗面所に。

 次いで向かった部屋で上着を脱ぐ。換気のため、窓を開き深く息を吸い込んだ。見回した室内の様子は何一つ変わっておらず、頬が緩む。

 棚の中の絵本を物色する。興味のある様子だったし、数冊、持ち帰ってみよう。どんな反応をするだろうか。きっと、驚くだろう。

 どれが良いだろうかと読み返す内に集中しすぎ、気づけば大分時間がたっていた。遅くなるとは伝えてあるが、まさかこれだけで一日を使うつもりはない。

 椿の気に入りそうな物、ではなく当時の自分が気に入っていたのを選ぶことにした。好きだった物を、知ってほしい。興味のないことかもしれないが。

 窓の外に視線をやる。飽きるほどに見慣れた風景。知らず、微笑が溢れる。

 選んだ絵本を文机の上に置く。懐かしさに一度瞼を閉じ、他の絵本をしまう。庭は、どうなっているだろうか。

 昔々、長く感じた廊下。どこを見ても懐かしさだけが募る。まだ多少の辛さはある。家主が変わったせいで、家の持つ匂いも変わった気がする。苦い思いが広がるが、それでも朽ちてしまうよりはましだった。

 以前と変わらない庭の様子に、安堵の息が溢れる。同じ植木屋に頼んでいると聞いてはいるが、どうにも不安が付きまとっていけない。何も言えた立場じゃないんだが。

 縁側に腰を下ろし、スケッチブックを開く。自室から持ってきた色鉛筆で色を重ねていく。毎日のように描いていた風景。けれど同じ‘絵’、同じ‘時’はないのだとあの人は言っていた。

 移ろう時は留まることを知らず、刻々と姿を変化させていくのだと。

 厳しく、美しい人だった。

 絵を描く時の真剣な表情が好きだった。初恋はと問われれば別の名を答えるが、それでも特別な人だった。唯一の人だったのだ。

 寂しげな笑みが、印象的だった。

 ふと、手を止める。遠くに視線をやり、思い起こす。そうか。似ているんだ。時おり見せる表情が。他は何一つ似ていないというのに。

 不意に浮かべる悲しげな笑み。何かに耐えるようなその空気に、惹き付けられたのも事実。けれど、

 嬉しそうに笑っている方がいい。幸せそうな表情が好きだ。絵をやった時。起きてすぐ傍にいた時。そして、会いたかったと駆けてきた時。

 胸に広がる感情があった。

 色鉛筆を、脇に置く。サンダルを引っかけ、庭におりた。馴染みの草花を眺め、冷たい空気を吸い込む。

 ストンと、その言葉が落ちた。

 特別だと、自覚はしていた。ただ性別のせいで、その意味合いは違うと認識していた。違いなどはない。‘椿の絵を描く’事がではなく、‘椿’自体に感情が向かっている。

 今さら過ぎる。いつからなんて、考えても定かではない。

 自嘲が溢れる。

 どうしてこうも望みのない相手ばかり。恋人がいる上に同性。いや、そこはもう気にする必要はないのか。どうせ、想いを伝えることなどないのだから。いつものように。

 何となしに、目に入った千両に手をのばす。指の間に収まる赤い小さな実。

 同性に、こんな感情を向けられるなど気味が悪いだけ。それはよく知っている。どうせ、伝えることなどできない。

 ぷちりと、赤い実一つ、もぎ取る。

 一度だけ見せた、激昂した姿が思い出される。伝えればきっと出ていってしまうだろう。今度こそ。

 せっかく、あの場所を望んでくれているのだから。どうせ、もうじき出ていってしまうのだから。自分でその時期を早めることはない。

 いつもと同じ。

 ただ、いつもより傍にいるだけ。距離が、少し近いだけ。好意を向けてはくれている。けれど、無駄な望みは持たないようにしなければ。その感情の性質は、全く違う。

 描けるだけでいい。傍にいるだけで、満たされる。それ以上を望むのは、欲張りすぎだ。

 もぎ取った赤い実を、指先で転がす。

 描きたい。

 それくらいしかできない。少しでも多く、色んな姿を残したい。この手で、あの空気を描きたい。

 今度、機会があったらここに連れてこようか。この庭に佇む姿を描いてみたい。大切なこの場所に。春の穏やかさ、夏の眩しさ、秋の優しさ、そして冬の静けさを。どのような表情で、受け止めるのか。

 どんな絵に、なるのだろうか。

 そんな機会はないかもしれない。そう、思いつつも胸は踊る。

 着物は何色がいいか。下駄も必要になる。雨や、雪の中もいい。傘は赤い蛇の目で。太陽の下、月明かりの元、夕闇や朝焼けの中も捨てがたい。

 椿がいつまで傍にいるかわからない。この家も、いつまで残されているかわからない。そもそも一体、何を口実に連れてくればいいのか。

 自分の育ったこの家に。

 指の間の実を弾き、地面に落とす。

 遅くなるとは言ったけれど、少し早めに帰ろう。顔が見たい。今日は向こうの家に行くようだったから、帰ってもまだいないかもしれない。それでも。

 空を、見上げる。

 今ごろ何をしているのか。顔を合わせて、変わらず接することはできるだろうか。大丈夫。今までだってうまくやってきたのだから、今度だって。

 これまでの誰よりも近くにいるけれど、何もかわりはしない。いつものように、望みなどない。





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あきゅろす。
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