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一番のり




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 除夜の鐘を一緒に聞いた。

 朝日は眠くなってしまったので見ていない。起きたのは昼近く。シキはすでにリビングにいて、のんびり本を読んでいた。あまりにも日常的な光景だったので、一瞬正月だというのを忘れそうだった。

 軽く朝の、と言うか新年の挨拶をする。それからお雑煮とお節を用意して早めの昼食をとった。食後、一息ついてからシキが立ち上がった。

「行くぞ」

 どこにと、訊ねるまでもない。今日出かけるとなると行き先は限られる。そうしてやっぱり、連れていかれた先は近所の小さな神社だった。

 見よう見まねでお参りをして、売店には行かず社寺の裏手を散策した。広くはないから、何だか時間潰しのように。参拝客はお参りの後は売店に向かい、おみくじを引いたり絵馬を書いたりして帰っていく。

 だから、賑やかな声は聞こえてくるけれど、裏手に回ってくる人はいなくて、隔離された空間のように感じる。ゆっくりと歩く。寒いのに、何だか暖かく感じた。

 何をするわけでも見るわけでもなく時間を潰し、次に向かったのはシャーウッドだった。ちょうど道の先でマスターが札をかけかえている。

 いつもより遅い開店時間だけれど、それでも今日開店してるんだ。

 中に入ろうとしたマスターがこちらに気づき、手をふる。歩きながら、小さくお辞儀をした。

「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」

 わずかに不思議そうな顔をしたマスターに、もう一度頭を下げてきちんと挨拶する。

「今日、開いてるんですね」
「うん。他にすることないから。来てくれる人もいるしね」

 そう言って、柔らかく笑む。シキもマスターも実家に顔を出したりしないのだろうか。他人の事言えないけど。

「マスター、あいつは?」
「志渡くんなら、友達と新年会だって。遅くならないよう帰ってくるとは言ってたけど」

 困ったように首をかしげての言葉。シキは少し考えるそぶりを見せてから、ふっと笑う。

「マスター、コーヒー頼む」
「はい。いらっしゃいませ。……今年最初のお客様だよ」

 中に入り、カウンター席に腰を下ろす。いつも以上にゆったりとした空気の中。

 来る人がいると言っていた通り、他の常連客も来た。親しげにマスターに挨拶し、コーヒーを頼んでいる。いつもより圧倒的に人が少ないけれど、その分時間がゆっくりと流れている。音楽が流れているのに、ひどく静かだ。

 隣を見れば、シキはくつろいだ様子で。何だかのどかだなぁと思っているところで、カランと再び鈴が鳴った。

「マスター、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
「あ、椿だ。シキもいる。あけましておめでとー」
「あけましておめでとう」

 何故か息せって入ってきたのはヤエ。隣の席に腰を下ろして、息を整える。

「今年最初の客になりたくて急いできたんだけど、ダメだった」
「残念。今年は史規くんと椿くんだったよ」
「そっか。あ、コーヒーお願いします。あとハムサンドも」
「はい」

 水を飲んで一息ついたヤエが、こちらを向いてにっこりと笑う。

「二人が一番だったんだね」
「ちょうど開店したとこだったから」

 神社でぼんやり散策して時間を潰してたのは、シャーウッドが開くのを待っての事だったのだろう。ちらりと見ると、関係ないとばかりにコーヒーに口をつけていた。

「椿、年越しはやっぱサキんとこで?」
「ううん」
「じゃあシキんとこ?お節作った?」
「うん」
「聞いてよ。オレ、今年……去年?とりあえず今回お節三つも作ったんだよ」
「三つ?」

 首をかしげて問えば、ヤエはうんと頷いた。

「悟んとこと師匠んとこと、後バイト仲間の一人に。二つも作るって話したら、じゃあついでにって頼まれて。三つも作って自分のなしってどうよ?」
「お疲れさま」
「まぁ、悟のとこにいるからいいんだけど」

 そんな風に言いながらも楽しそうに笑っているので、頬が緩む。

「毎年作ってるの?」
「うん。椿は?」
「手伝ってはいたけど、ほとんど一人で用意したのは初めて」
「へぇ。じゃあ初体験だったんだ」

 その言い方はどうなんだろう。曖昧に笑って濁した。

 コーヒーを一口飲み、何となしにシキの様子をうかがう。そう言えば、昨年はどうしたのだろう。シキが作ったのだろうか。お節を。それとも実家に戻ってたのか。

 もう一口、コーヒーを飲む。

「……ヤエは今悟さんのとこに?」
「うん。年末から。松の内はいるつもりだよ」

 聞けば自分の所の掃除を早々に済ませ、悟さんの所の大掃除を手伝ってたんだとか。物が多いから大変だったそうだ。

 バイト先の大掃除もしたと言っているから、年末は大忙しだったようだ。

「じゃあしばらくはゆっくり休むんだ?」
「うん。椿は?」
「オレは、とりあえず向こうの家には顔出しに行くつもりだよ」
「ああ、光太くんとこ?」
「うん」
「ん?」

 ここに来てようやくシキが声を発した。見ればこちらを向いて眉をひそめている。どうしたのだろうかと、首をかしげた。

「お前、光太知ってんのか?」
「ん?うん。前に文化祭行った時に会ったよ」

 何か前にも似たような会話を聞いた気がする。気のせいだろうか。やっぱり光太の事で、確か相手はサエさんだったような。

 ヤエの返答を聞いたシキは、嫌そうに顔をしかめる。どうしたのかと口を開こうとしたところで、マスターがヤエの注文を持ってきた。

「お待たせしました……って、史規くん、どうかしたの?」
「……いや」

 何でもないと手を振ると、シキはそっぽを向いてしまった。マスターに首をかしげられたけど、何も知らないから答えられない。

 ただ、ヤエは心当たりがあるのか、楽しそうにクスクス笑ってる。

「ん?ちょっと待て。じゃあサキの事も知ってんのか?」
「サキの事?って、どれ?」

 ふと振り返ったシキの問いに、ヤエが首をかしげる。オレの知る限り、ヤエはシキ以上にサエさんの事を知っている。だからどれに関することかわからないのだろう。

 シキが知っていることで、今の話の流れからすると、

「サエさんと光太の関係の事?」
「ああ」
「それって、サエの姉と光太くんの兄の事?なら、聞いたよ」
「あれ?それも聞いてたんだ?」
「うん。あれ?言ってなかったっけ?」
「……………多分」

 文化祭の時の事ならあんまりよく覚えてないから、自信はない。けど、確か聞いてないはず。

「それってサエさんからじゃなくて、光太からなんだよね?」
「うん。文化祭の時に」

 二人で色々話してたみたいだし、その時に聞いたのだろう。何か、少し変な感じがするけれども。

 コーヒーを一口飲んでシキの方を見ると、考え込んでる様子だった。

「シキ?」
「いや……向こうに顔出すんだっけか?」
「うん」

 口を濁し、閉ざしかけたシキは、けれど口を開き訊ねてきた。恐らくは、別の話題なのだろう。そう思い、首をかしげつつも頷いた。

「なら、左京によろしく伝えといてくれ」

 告げられた言葉に瞬く。

「……ん。わかった。伝えとく」

 思いがけない言葉に、反応が遅れた。どうにか返したけれど、ふっと浮かべられた笑みに落ち着かない気分になる。でも、目を離すこともできなくて。

 ヤエに、左京ってと訊ねられるまで動けずにいた。





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あきゅろす。
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