しめくくり
気になっていることがある。
気になって、その結果によっては自分の行動も変わる。刻々とタイムリミットは近づくのに、どう訊けば良いのかわからない。
年末年始はどうするのか。
シキが実家に帰るなら、その間は七里塚の家に戻ろうかなとか。お節やお雑煮はどうしようかなとか。そんなこと。
クリスマスは、思いがけず一緒に過ごせた。思いがけずも何も、途中で抜け出して帰ってきて、それきりになってしまったのだけれど。最初は本当に顔だけ見て戻るつもりだったのに、シキが家にいたからそんな気はきれいに失せてしまった。
お陰で後々サエさん達と正座で並べられて叱られたけれど。
サエさんも、結局戻らなかったらしい。ずっとシャーウッドにいたわけでもないようだけれど。どこで何をしていたのかは、ただ笑うだけで教えてもらってない。
……………作るだけ、作っとこうかな。余るようなら、サエさんのとこに持ってけばすぐなくなるし。あそこなら、年末年始関係なく、誰かしらいるし。
そうしよう。確か重箱は奥にしまわれていた。それを出して、あと買い物もして。
「………椿」
「ん?」
まずは台所にと移動しかけたところで、シキに声をかけられた。振り返ると、シキが開いた口を一度閉じる。何だか珍しいなと、首をかしげた。
「あー…行くぞ」
「うん?」
言いづらそうに告げられたのは、何度か聞いたことのある台詞。どこに?とは思ったけれど、早くしろと促され支度をした。
黙々と歩くシキについていき、たどり着いたのは近所のスーパー。カゴを手にしたシキに、何がいるんだと問われ再度首をかしげた。
「何?」
「お節。作るだけ作っとけ」
シキの言葉に瞬く。
「どうした?」
「さっき、ちょうど重箱出そうとしてたから…」
あまりにタイミングよくて驚いたのだと告げれば、シキはわずかに目を見開いた後ふっと笑んだ。その表情の変化に、心臓が跳ねた気がして。
誤魔化すように口を開く。
「お節。中身、何が良い?」
「まかせる」
「え?」
「まかせる」
重ねて告げられて戸惑う。
大まかな中身はどこの家も変わらないだろうけど、家によって違いはある。だからシキの慣れ親しんだのに合わせようと思ったのたけれど。
「まかせられても」
「くくっ」
困るのをわかってて、シキが楽しそうに笑う。まぁいいかとため息をつこうとして、代わりになぜか頬を緩めていた。
シキの持つカゴの中に、必要な物をいれていく。自分で持つと言ったのだけど、渡してくれなかった。何より、良いからと言い聞かせるような笑みを浮かべられてしまえば、強く出ることはできない。
一人でお節を用意したことなどなかったから、何が入っていたかを思い出しながら食品を選んでいく。わからないことがあったら、未沙さんに訊こう。時折、シキと言葉を交わしながら、カゴの中を満たしていく。
それは、何気ない瞬間。
カゴに物をいれて、ふと視線を上げると、シキと目が合った。特に何かあったわけじゃない。ただ、シキが笑んでいて。
胸が、苦しくなるほどの感情が押し寄せた。
そんな表情で見られていたことが気恥ずかしくて。こうして、一緒に買い物をしていることがくすぐったくて。何だか、奇妙な錯覚に陥りそうになる。
ふりきるように視線をそらし、けれどその感覚はなかなか消えてなくならなかった。
結局、シキにいつ実家に戻るのか訊けないまま、大晦日を迎えた。シキは戻る様子を見せず、年越しそばも一緒に食べた。お節も、未沙さんに相談しながらどうにか完成した。
お汁粉とお屠蘇も用意した。
門松は飾らなかったけれど、シキが松などを花屋で買ってきて玄関に活けていたので驚いた。確かに、花器や剣山はあったけれど。
何か、不思議な感じだ。
他にも知らないことが沢山あるのだろう。もっと側にいて、知りたいとそう思った。いつまでここにいられるのかわからないけれど。
もう、半年近くたっている。まだ、追い出されてない。まだ、大丈夫。
いつもならとっくに寝ててもいい時間。もうすぐ今年が終わるせいか、気分が高揚して寝付けない。ベランダの窓から外を眺めていた。
一年。
実に色んな事があった。一年前はまさか他人の家に住み着くなんて、ましてやそこで年を明かすだなんて思い付きもしなかった。おかしくって、くすりと小さく笑う。
ガチャリと音がして、風呂から上がったシキが戻ってきた。振り向くことなく窓の外を眺め続けていると、やがてシキが隣に並んだ。
香る湯と石鹸の匂いに、くらりとする。
自分と同じなのだと思うと、目眩がしそうになった。
「まだ起きてたんだな」
「う、ん」
隣を見ることができず、ひたすら暗い外を眺めた。
「寝ないのか?」
「どうしようかなって。………シキは?」
「どうすっかな」
返事になってない。他人のことは言えないけれど。
シキが起きてるつもりなら、起きてようと思ったのに。一緒に、朝日が見れたら。そこまででなくても、もうじき年が変わるからせめてその時までは。
どうしたって、一年の最初に見るのはシキの顔になるのだけれど。どうせなら少しでも早い方がいい。
「椿」
「…何?」
外を眺めたまま、シキの呼び掛けに返す。続く言葉はなく、不思議に思って横を向くとシキがこちらを見ていた。
また、だ。
また、静かに笑んでいる。心臓を握りしめられたみたいに、息ができなくなりそうになった。
「………来年もよろしく」
「こちら、こそ」
どうにか返すと、シキは笑みを深めた。そして前を向いてしまう。外れてしまった視線を、残念に思いながら安堵している自分がいた。
来年も。
来年も側にいていいのだろうか。訊いてみたいけれど、答えを聞くのが怖い。いいと言ってくれるならいいのだけれど。
いつまで、側にいるのを許してくれるのだろうか。
静かな部屋の中に、時計の秒針の音だけが響く。ゆっくりと、けれど確実に時が進んでいく。
シキは動かない。何も言わない。オレも、黙って外を眺めたまま。
もうじき、年が変わる。
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