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Hurry,hurry,hurry up!




 カランとドアを開けば、中の暖かな空気や音楽、楽しげな会話が流れ出した。賑やかではあるけれど、先程までいたところと比べれば大分落ち着いている。

 中を覗き込むと、カウンター席に座っていた悟さんが目を見開いて立ち上がった。オレの横からサエさんがひょっこり顔を覗かせてるから、それのせいだろう。

 ガタンとイスに足を打ち付けながらも、こちらに駆け寄ってくる。

「えっ?なっ…サキちゃん?」
「ははっ。悟、驚きすぎ」
「えっ?なっ、何…?」
「えー?会いに来たげたんじゃん」
「こ、こんな時間に出歩くなんてっ!しかも何で…」

 そう言って、苦々しげにこちらに視線を向けてくる。一緒に来たのが気にくわないのだろうけど、わかりやすいなぁと苦笑してしまった。

「夜、一人で出歩くの危ないんでしょ?だから、さ。ほら、ボディーガード」
「だが……」

 ボディーガード。それはどちらのことを指すのかって…考えるまでもないけど。でも、今のは誤解を与える言い方だよな。故意にだけど。

「それでも、危険だ」

 オレじゃ頼りないってことなんだろう。確かにサエさんの方が強い。そして、サエさんに敵う人はそうそういない。だから、夜出歩くのは歓迎されることではないけど、安全ではある。

 ふと、サエさんが悪どい笑みを浮かべるのが見えた。次の瞬間、悟さんの襟をつかみ引き寄せ、耳元に唇を寄せる。

「危険でも……どうしても会いたかったんだよ?」
「っ!?」

 囁き、離れる寸前にコメカミに唇を押し当てる。悟さんが顔を真っ赤にして、耳からコメカミにかけてを手で覆った。

「なっ、なっ」
「くくっ」

 ああ。サエさんの肩が楽しげに振るえている。これは完璧にからかって遊んでいるな。まぁ、サエさんが楽しいならいいのだけど。

 ふと、視線をずらすと、奥にいる常連客の一人がこちらを凝視して固まっていた。きっと、今の出来事で、勘違いをしている。あながち、間違いではない。それにサエさんはより満足する。

 それよりもと、店内を見回そうとしたら先程まで悟さんの座っていた席の隣から、ヤエがやって来た。

「二人とも来たんだね」
「うん」

 どこか困り顔のヤエを、首をかしげて見つめる。

「えーっと、実はさ。シキ、もう帰っちゃって」
「え?」
「オレが来た時には、まだいたんだけどねぇ。まぁ、でもゆっくりしてってよ。今ちょっとマスター席外しちゃってるから……って、椿?」

 ヤエの言葉を最後まで聞くより前に、足は店の外に向かっていた。だって。何で。シャーウッドにいると思ってたのに。家に、いるだなんて。

 そんなの聞いてない。

 知ってたら、まっすぐに帰ったのに。どうして。マンションまでの道のりがもどかしい。駆けてしまいたいけれど、距離を思えば無理があって。

 それでも、早足になるのは止められない。

 いてもたってもいられなかった。シャーウッドのドアを開く時、いると信じて疑ってなくて。だからか、いないと聞かされたら会いたくて仕方なくなった。

 だって、いると思ってたのだ。それなのにいないだなんて。一人で、家にいるだなんて。

 マスターから、去年はパーティーの後、泊まっていったと聞いた。だから何となく、今年もそうするのだろうと思い込んでいた。それでなくても、もっと遅くまで参加してると思い込んでいたのに。

 一目だけ、様子だけ見ようって。シキが、どんなところにいるのか。だけど、家にいるなんて。

 おかしいと自分でもわかってる。べつにずっと会ってないわけじゃない。どころか、今朝も一緒にいたのだ。なのに、こんなに会いたくて仕方がないなんて。

 マンションのエントランスに飛び込む。幸いエレベーターは一階に停まっていた。乗り込み、すぐにドアを閉じる。階の表示が変わるのを、急げと念じながら見上げる。

 その間に、呼吸を整えようと落ち着かせるけど、エレベーターのドアが開いた瞬間に廊下を駆け出していた。部屋のドアに飛び付き開くと、靴を脱ぎ捨ててリビングへと急ぐ。

 リビングへ続くドアを開こうと手を伸ばし、触れる前にドアノブが回った。

「っ、椿?」

 よろめき、一歩後ずさる。そのまま、肩を廊下の壁に寄りかからせる。肩が大きく上下する。息が苦しい。それでも、驚き目を見開くその姿から、視線をそらせなかった。

「っはぁ、はっ…シ、キ…」
「どうし……大丈夫か?」

 ああ。驚いてるなぁ。仕方がないことだけど。いきなり、こんな息も絶え絶えに帰ってくれば。何かあったのではと思うに決まっている。

 苦しくて苦しくて、呼吸がうまくできない。けど、大丈夫だと伝えたくて、笑みを浮かべる。

「シキ、…がっ……帰っ…た、て聞いて……それで……はっ」
「シャーウッドに行ったのか?」
「ん……ごめ…っ」
「いや……来れたら顔見せろつったしな」

 それを言ったのは、シキでなくヤエだけれど。息が苦しくて、受け答えがうまくできない。

 自分の体力のなさが悔やまれる。やっぱり、光太と一緒に走っていれば良かったかもしれない。体力作りのために。ドクターストップをかけられたのだけど。もう、結構前の話だし。

「けど……サキの方はどうしたんだ?」
「……はぁ………抜け、て…きた……」
「……………椿」
「はぁ……はっ、な、に?」

 名を呼ばれたけれど、後に続く言葉はない。ただ、笑みを深めてて手が伸ばされた。

 ゆっくりと近づいてくる手を、シキを見つめながら待つ。髪に触れる寸前、足の力が抜け床にストンと腰が落ちた。

「っ!?大丈夫か?」
「ん。……へ、き……はぁ、ふぅ」

 壁に寄りかかり、シキに笑いかける。視線を合わせるように座り込んだシキは、わずかに安堵の表情を浮かべた。

「………サキんとこ抜けて、シャーウッド来たんだな」
「ん?……うん」

 呼吸は大分楽になってきたけれど、立ち上がるのはしんどい。何故か、リビングの入り口で二人して座り込んでいる。

「そし、たら……シキがもう帰ったって聞いて」
「で、走って帰ってきたのか?」
「………走ってはないよ」
「くくっ」

 楽しそうに笑うシキは、きっと信じていない。確かにこんなに息切れしてたら信憑性ないけど。本当に走ってはないんだけどな。早足だっただけで。

「お前、そんなに……」
「ん?何?」
「いや。……なんでもねぇよ」
「そう?………あ、そうだ。これ」
「ん?」

 忘れない内にと、手にしていた袋をシキに渡す。中を覗き込んだシキが、一瞬動きを止めた。

「………ティラミスか?」
「うん。作りすぎたから」

 故意にだけど。

 用意していた容器に、入りきらない分量をわざと作った。そして余った分を、別の小さな容器に入れて作ったのだ。それをせっかくだからと持ち帰った。

 シキに、食べてもらいたくて。

「シャーウッドの豆使ってるから、口に合わないことはないと思うけど」
「ありがとな」

 ふっと笑みを浮かべての言葉に、良かったと小さく息をついた。





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