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いない人




 明るい音楽に暖かな空気。楽しげに賑わう人々。カウンターに腰かけたまま、店内の様子を眺める。

 最初はごく身内だけで行っていた。だが、気づけば常連客も参加するようになり、現状に至る。マスターの人柄によるものなのだろう。

 椿は朝から出かけた。七里塚の家に顔を見せに行き、その後サキの手伝いに向かうのだと言う。一人で家にいても意味はないので、共に出た。

 悟の所で時間を潰すか、シャーウッドにて手伝うか。考えた結果、後者を選んだ。常ならば、どこかそこら辺でスケッチでもしているところだが、今は街の賑わいが煩わしい。

 手伝うと、顔を見せれば驚かれた。当たり前だ。普段は避けているのだから。オレから会いに行くことなど、そうそうない。ただ、あまり避けすぎると、余計構われるのではと椿に言われた。

 思い当たる節は嫌と言うほどある。試しにと、月の始めに訪ねてみた。丸一日、家を開けることにより逃げ切れたあの後に。

 その時も、ひどく喜んでいた。せっかく色々準備してたのにとも詰られもした。それでも、平素よりはあっさりしていたように思える。珍しい行動に、どうしていいかわからなくなっていたようだ。

 テンションを無駄に上げつつも、戸惑いを見せる様は小気味良い。普段、迷惑をかけられているからなおのこと。

 そんな、どうしようもない兄は、今は人の輪の中に入り会話している。

 パーティーの準備中のやりとりで、満足したようだ。

 元々、人目のある時は抑えぎみだが、あくまでも比べての話。鬱陶しいことには代わりない。それが、パーティーを開始してから二言三言しか交わしていない。

 下手に避けようとするよりか、こちらから多少でも接触しといた方が面倒は少ないのだと納得した。

 グラスに口をつけ、カウンターに置く。人の輪から抜け出してきた悟が、やって来た。

「隣、いいか?」

 肩をすくめて肯定の代わりにする。

 カウンターに背を預けるようにして腰を下ろした悟が、手にしていた小皿を寄越してきた。皿は受け取らず、のっていたサンドイッチを一つ、手にとる。

 悟が持ってきたサンドイッチは、中身が生クリームだとかフルーツだとかチョコだとかの物ばかり。いわゆる、甘味に分類されるそれに、かぶりつけば甘ったるい味が口内に広がる。

 あまりの甘ったるさに思わず苦い表情になるが、黙々と咀嚼した。

 隣では同じように悟がサンドイッチにかじりついている。先程までは、猫を被り他の常連客と会話をしていた。何でも、話のネタを集めるため、と言うのは参加し始めた当初に聞かされたこと。相手の懐に入り込み、色々聞き出すために愛想よくしてるとか。

 にこやかに話す姿を初めて見た時は、気色悪くて鳥肌がたった。

「………今日はずいぶん大人しいんだな」
「あ?」

 突然の問いかけの意味をのみ込めず、隣に視線を向ける。しかめっ面の悟が顎で指した先にいたのは、楽しそうにしている兄だった。

「………ああ」
「めずらしいな。心境の変化でもあったのか?」

 肩をすくめて返事の代わりにする。説明するのが面倒だ。

「お前こそ、サキに用がなかったらこっち来ない気だったんだな」
「………気になるのか?」
「は?」

 めずらしいと感じただけのこと。このパーティーに参加するようになってから、こいつは女がいても顔を出しに来ていた。

 だが、サキに対する入れ込み様は今までにないほどだ。そもそも、家に上げなおかつ合鍵を渡すなど知る限り初めてのはず。

 遅まきながら春が来たのか。年貢の納め時かと、トメが遠い目をして呟いていた。

 だから今年はここに来ずサキと過ごすのだろうと考えていた。サキが別に用を入れているとは思わずに。椿がそれに付き合うとは知らずに。

 手をのばし、甘いサンドイッチをもう一つとる。

「用がなかったら…」
「あ?」
「ここに誘うつもりだった」
「………」

 確かに、ちょいちょいここに顔出して、マスターとも顔見知りになっているようだから問題ねぇが。二人でだとかは思ったりしないのだろうか。

 うろんな眼差しを向ければ、顔をしかめられた。

「………何だ?」
「いや」
「彼女だってよくここに来ているんだ。問題はないだろう。ここには様々な人が来るからなるべく顔を出しておきたいんだ」

 肩をすくめて返事の代わりにする。理由など、別段興味はない。こいつがわけのわからない言動をするのは、今に始まったことじゃないのだ。

「もちろん、遅くなる前にきちんと送るつもりだった」
「遅くって……あいつ朝まで騒いでるつってたろ」

 ならばここに来たとしても、早く返す必要はないだろうに。

「若い女性が遅くまで出歩いていていいわけないだろ。ましてやサキちゃんは未成年なんだぞ」
「了承得たんだろ。室内にいりゃ問題ないじゃねぇか」
「そういう問題じゃない」

 第一、今現在の参加者には女もいる。悟の言う‘遅い時間’まで参加する予定だ。未成年じゃないからいいと言うのだろうか。

 それなら六郷は。今年は成人しているが、去年は未成年だった。それでも最後の最後までいた。まぁ、最終的にはあれが家まで送ったが。

 今年も、そうなるのだろうか。

「………つか、それ本人に言ったのか?」
「うっ」
「言ってねぇのかよ」
「いや…言った。言ったんだが……」

 歯切れの悪さに眉をしかめる。苦々しげに悟が先を続けた。

「危ない目にあっても、返り討ちにするから平気と」
「………」
「確かに…女性としては強い方だが……」

 聞き入れてもらえなかったと、がっくり肩を落とす。

 そういや、ガキ大将だったとか聞いた覚えがある。それはつまり、当時男子よりも強かったということなのだろう。そして、悟の言い様を聞く限り、今もか。

 親分子分な関係と言っていたのも納得できる。

 どう考えても、椿よりは強いだろう。いや。むしろ下手をすれば、

「………あいつ、お前にも勝てるんじゃねぇか?」

 腕力で。

 びくりと、隣の肩が震えた。心当りあんのか。

 気落ちしている悟は、放置しとけばいい。グラスを手にし、再び店内の様子を眺める。

 簡単な飾り付け。小さなツリー。楽しげに賑わう人々。こういう空気も悪くはない。悪くは、ないのだが、何か物足りなさを感じる。例年と何ら変わりのないはずなのに。

 何が足りないのかと、ここにはない姿を探す。何を探しているのかは自分でもわからない。

 諦め、息を吐いた瞬間、カランと鈴の音が響き、店のドアが開かれた。





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あきゅろす。
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